ぐちゃぐちゃ

宿木 柊花

ぐちゃぐちゃ

 ぐちゃぐちゃ。

 朝起きるとぐちゃぐちゃだった。

 部屋もぐちゃぐちゃ。

 本棚もぐちゃぐちゃ。

 タンスもぐちゃぐちゃ。

 中の物の話ではない。

 部屋の壁も天井も本棚の棚板もタンスの引出しまでぐちゃぐちゃだった。ついでに言えばベッドから足を下ろそうとした床の木目もぐちゃぐちゃだ。

 私は大丈夫そう。あ、髪がぐちゃぐちゃ。

 最悪、寝癖なんて何年も見てなかったのに!

 とりあえず着替えようとしたら、制服のサイズまでぐちゃぐちゃ?

 シャツなんてボタンが止まらないのにスラックスはゆるゆる。

 早くしないと朝練に送れちゃうよ。


 床から生えた照明をまたいで扉を開ける。普段通りなら廊下、その先に階段があるはずだ。

 結果はトイレ。

 まぁ入るけど。

 違和感があるけどないのでトイレから出る。


 トイレの扉を開けたらリビングだった。

 両親と同居の祖父母、姉が揃っていた。

 気持ち悪いことにスマホアプリのように

「早く食べちゃいなさい」

 ここにいない妹の声に驚いてキョロキョロする私に「 母さんよ」と続けた。

 しゃべったのは誰か分からない。

 だって外見母さんの顔はお爺ちゃんだから。

 朝食は意外にもトーストだった。うちはいつも朝は白米派だから。

 ……炊飯器から出てきたところ以外は普通のトースト。ジブ○映画のように目玉焼きの上に乗せて食べた。

 食べにくい。結局目玉焼きを先に食べてからトーストという流れになった。

 食卓は暗い。

 みんな各々頭を抱えて今後のことを話している。

『こんな体で大学に行けない』

 お爺ちゃん声の姉が崩れ落ちた。単位も落ちるそうだ。

『会社になんて説明したら』

 お姉ちゃん声が嘆く。

『パート休めるかしら』

 妹声の母が言う。

『お爺ちゃん起こさないと』

 私の声がする。こんなに低かったかな内容的にお婆ちゃん?

『今日学校ヤダ』

 お父さん声の妹が言う。


 私は朝練に急ぐ。

 玄関の扉を駆け抜けるとベランダだった。

 仕方ない、そのまま飛び降りようとして気付く。

 地面がない。


 空を見上げると、ドでかい目玉と目があった。

 光彩の収縮や毛細血管が無数に伸びて、角膜を覆うコンタクトレンズまでよく見える。まつげらしきものも一本一本電柱のように太く、毛穴は見たくないほどくっきり大きく見える。


 感情も思考もぐちゃぐちゃな私は頭を回転させることなく叫ぶ。

「朝練!」

 多分違うことを言いたかった。

 ちなみに私の声はお母さんだった。


 大きな目玉は少し赤い気がする。

『ごめんね、ぐちゃぐちゃにしちゃって』

 誰かの声が聞こえる。空気を伝って鼓膜を振動させている感覚はない。

 不思議な声だ。


 フェ、フェ、フェクシュッ!

 目玉が強くまぶたを閉じる。


 地面、空、家、家、人、家、人、人、人、家、犬、人、人……全てが宙に浮いた。


 フェクシュッ!


 もう一度すると構成要素がバラバラになる。

 ここで初めて分かった。

 この目玉のこそが今日の異変の元凶なのだと。


『ごめんね、この辺が緑少ないなって思って杉っていうの植えたらくしゃみが止まらなくて』

 フェクシュん!


 あ……感覚から解放される今までにない浮遊感があった。少しピリリとする。




『あ! あーあ。最初からやり直し……』

 目玉は散らばった分子を集めて撹拌しはじめた。


 これから宇宙が生まれることを私たちはまだ知らない。

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