修復・ぐちゃぐちゃバイオエクセル【KAC20233】
天野橋立
修復・ぐちゃぐちゃバイオエクセル
「ララ江先輩、せんぱあーい」
経理課の後輩であるミミ子が、泣きそうな顔で私のデスクに駆け寄ってきた。見慣れたオーガンパソコンを抱きしめている。
「何よ、またなの?」
ため息をつきながら、培養作業中だったバイオエクセルのセルクラスタ群を一旦凍結保存する。どうせまた、時間がかかる。
「今度はどうしたの?」
「またまた、先輩の作ってくれたエクセル壊しちゃいましたあ。もう動かなくて」
この子のエクセル破壊力は本当にすごい。ちゃんと保護を掛けていたはずなのに、そんな程度では防御できない。
「しょうがないわね、見せて」
彼女のオーガンパソコンを受け取り、ウインドウの状態を確認する。
やっぱりだ。ウインドウ面を覆っていた、ほのかに青く光る保護バリアーが、あちこち穴だらけになっている。ミミ子がその強力な指先で貫き、ぼこぼこにしてしまったのだ。
「反陽子素材のマニキュアは使っちゃダメって言ったでしょ? ナノミリ厚の亜空間層バリア程度じゃ、対消滅までは防ぎきれないんだから」
「でもー、操作してるとパチパチ光って綺麗なんです」
その「パチパチ」は超ミニサイズの爆発だ。確かにやみつきになる感じは分からなくはない。だけど、エクセル側の立場としてはたまったものではないだろう。
監理モニタを接続してコマンドを入力し、保護バリアを解除した。
それから、画面の向こうにぎっしり詰まったセルキューブの一つ一つを、検算鏡で慎重に確認する。
そもそもの並びがおかしかったり、キューブ内に封じられた螺旋関数が壊れていたり、中には汚染されて癌化したキューブさえあった。もう、ぐちゃぐちゃだ。
よくもまあ、今までこれで作業ができていたものだ。ミミ子の固有能力である、マージナル暗算ストームで強引に数字を合わせてきたのだろう。
修復可能な螺旋関数はデルタ演算ピンセットを突っ込んで整形し、手遅れのキューブは摘出して新しいものに置き換えた。
最後の仕上げに、ウインドウ面に純植物性コイルを当てて生体磁気を照射。これでセルはすっかり生き返る。結局、約一時間もかかる大手術になった。
「わー、エクセル元気になった! やっぱりララ江先輩ってすごーい!」
無邪気に喜ぶミミ子を見ていると、怒る気にもならなかった。最終的には、彼女の演算ストームに頼らなければわが社の決算は永遠に終わらないのだ。三次元格子簿記による経理業務はそれくらいに難しい。
「次壊したら、もう知らないからね」
「わかりましたあ! 絶対壊しません! 壊したら今度はチョコパイ・マークⅢ持ってきます!」
積んでも積んでも崩される、これがシステム監理者の宿命なのであった。
「……デラックスのほうでね」
かわいいミミ子の笑顔を見ながら、今度はちゃんとスイーツ持って来いよ、と私は内心つぶやく。
彼女は一度も、お礼のお菓子を持ってきたことがないのだった。
(おわり)
修復・ぐちゃぐちゃバイオエクセル【KAC20233】 天野橋立 @hashidateamano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます