第4話 結局わたしは何を求められていたんだろう
コウタとスカイプで対面した。ロンドンで検疫隔離のホテルで。きっとコウタはわたしがもう別れたいと思っていることには全く気づいていないだろう。ロンドンで最初にコウタと取り交わしたスカイプは本当に嫌な気持ちにさせられるものだった。
わたしは弱い。すぐに別れ話など切り出せそうにない。そもそも彼と別れるってこと自体が初体験なのだ。とっさにイギリスに入国してから、検疫のためのホテル住まいなど、道中の様子を彼にいろいろと話した。画面を通してではあれ、数日ぶりにコウタの顔を見て声を聞いているとなつかしい気持ちになってしまった。別れずにもう少し続けようかな、長距離恋愛だったら彼の嫌な面といい面とを冷静に区分けして、気持ちを整理できるかな、と。
ところが彼はわたしのロンドン話を早々に遮り、「ねえ、ユキのおっぱい見たいな」と単刀直入に切りだしてきた。私はとりあえずいろんな話がしたい、気持ちを整理したい、と思っているのにコウタはそっちか。コウタとはほぼ1年付き合ってるから気持ちはわかる。けれど、いきなり胸を見たいだなんて、それはないよ。「ねえ、シャツめくって見せてよ」と繰り返し言われて結局言われる通りにしてしまった。日本にいた頃もパソコン越しにこういうことを要求されたことはあったけれどいつも断ってきた。会った時にね、と。でも今回はそれが言えなかった。
私の胸を見たコウタが画面の向こうで興奮しているのがリアルに伝わって来た。コウタの要求はエスカレートした。「全部脱いでよ。久しぶりにユキのハダカみたいよ。全身のハダカの姿が見たいよ。しばらくは直接会えないんだから。お願い。」と。やだよ、そんなの、絶対に嫌。と言いたかったけど、いえなかった。結局いう通りに全裸になってしまった。コウタの画面越しにわたしを見る目がポルノを見ているかのようだった。わたしを見ているのではなくて、わたしの体を見ているような感じなのだ。本当に嫌だ、こんなの。けれどコウタの喜ぶことをしてあげてもいいかなと思ってしまっている自分もいる。でもこんなことではいけない。
パソコンのカメラの前で、一人ハダカになって全裸を晒している自分が情けなくなった。たまらなくなって、「もういいでしょ!」と、ばちん!とこっちから切ってしまった。こんな風に一方的にスカイプを終えてしまったのは初めてだ。初めてのことばかりだ。
やっぱり、もうコウタとは無理かも。
*** ***
翌日、テキストメッセージを交わした。わたしの本当の気持ちはやっぱり伝わってなかったし、反対に、わたしを求めてくれてるのだったら、彼の望んでることをしてあげてもいいではないか。ときどきなら。そしてある程度ならば。という心境になった。こうしてその翌日、またスカイプで話をすることになった。そしてもっとひどい目にあうことになった。
ひとしきり話した後、「ねえ、やっぱりユキのハダカみたいんだよ。ずっとセックスできないから欲求不満なんだよ。こないだみたいに脱いでみせてよ」と、ものすごく気持ちが冷めるタイミングで、これまたものすごく気持ちの下がる言葉で、そんなことを言ってきた。全然こっちの気持ちには気づいてない。もういやだ。
今回はきっぱりと、「やだよ」といってみた。自分でもびっくりするくらい、きっぱりと。こんな風に言えたのは初めてだ。今日は裸は嫌、と。でもコウタは「じゃあ下着姿だけでも」と。弱い私は仕方がない...と思ってしまった。シャツの前を開けて見せたがそれだけでは済まず、下の方も見たいという。仕方がない。立ち上がってジーンズを膝まで下ろしてみせた。
すると、こともあろうにコウタは自らのものを取り出してわたしに見せてきたではないか。上を向いてる。これまでは至近距離ではほとんど目を閉じていたので、握ったり口に入れたりしたとしても、こんなにはっきりと見たことはなかった。一年付き合っていても、こうしてまじまじと見せられたのは多分はじめてだ。「こんなふうになっちゃってるんだよ。お願い、ユキ。はだかになって見せて。」と泣き言のようにいってくる。
結局、今回も全裸になてしまった。自分の弱さが怖いくらいだ。今日は絶対にやめようと思っていたにもかかわらず、前回同様、パソコンのカメラ越しにコウタにはだかを見せてしまった。
すると今日は今までになかったようなことを言ってきた。「スカイプ繋いだまま、お互いにしてみよう。お願い、」と。とっさには何を言っているのかわからなかった。しばらくして意味がわかった。そんな常軌を逸したことは全面却下すべきだと思った。けれど上を向いたコウタのものも見せられると、もうこうなったら最後まで付き合ってあげようと、なぜかそんなふうに思ってしまった。
自分を客観視すれば、悪夢のような恥ずべきことをしてしまっている。目を閉じてスカイプ越しに見られていることを忘れるようにがんばった。この部屋で自分を見ている人は誰もいないと思うようにした。コウタの声は聞こえていたけれど一人でするときのように手を動かした。ベッドに横たわって自分で胸を触るところから始めて次第に下に、という感じ。一人でする姿なんて誰にも見られたことがない。もちろんコウタにも見せたことはない。
途中から、いま、見られているんだということを忘れた。ほんとうに一人でするときのようにしてしまったと思う。そして達してしまった。しばらくして、おそるおそる目を開けてパソコンの画面を見てみると、コウタの方が先に終わってしまっていたことを知った。当たり前だけどじっと見られていたのだ。
いったいわたしは何やってるの。恥ずかしすぎる。服を着ようとベッドから起き上がると、「あ、まだ服着ないで、まだハダカでいて」と、コウタ。
「それでさ、あの包み開けて見てよ。きっと喜んでくれると思うよ」
「ええ?わたし、裸のままで?」「うん、そうだよ」というので、私は全裸のままクローゼットまで行って包みを出してきた。背中越しにコウタの視線を感じた。なぜか同じ部屋にいて見られるよりも強い羞恥心を感じた。
この「包み」というのは、わたしがイギリスへ来る前日にコウタが手渡してくれたものだ。「ロンドンについてから、俺が開けていいよというまで開けないでね。それから絶対に手荷物に入れないで、預け荷物に入れてね」と意味深な言葉とともにわたしに差し出した包みだ。あの夜のことは本当に嫌だったけれど、プレゼントをくれたんだ、と思うと少し嬉しい気持ちになったことを覚えている。
そしてコウタが画面の中から見守る中、包みを開けて見た。もしかしたら嬉しいプレゼントかもと、期待してしまったのが間違いだった。開けてみて愕然とした。中から出てきたのは、バイブではないか。あの電気で動くやつ。あれだ。
「ねえ、今からそれ一緒につかってみようよ」と、わたしのショックにも気づかずコウタはそんなことを言うではないか。
とつぜん涙が出てしまった。「コウタひどいよ。もう、私のことわからなくなっちゃったんだね。私もコウタのことわからなくなっちゃったよ。たった一週間会えないだけでこんなふうになっちゃうものかな。本当はしばらく前から、コウタのことちょっと違うなって思ってたんだ。もうやめようよ。わかれよう。じゃあね、ばいばい。」というようなことを言ったような気がする。今回も一方的に接続を切ってしまった。
パソコンの前で、全裸になって泣いたりして、わたし、いったい何やってるんだろう。もう無理だよ。絶対にいやだよ。わたしの何を求めてるの?カラダ?わたしはポルノじゃない。コウタとは別れよう。決心した。
*** ***
直後、コウタから山のようにテキストメッセージが送られて来た。ごめん。あやまる。俺の悪いことを全部教えてくれ。ユキの気持ちに気づかなかったことは本当に悪いと思ってる。ユキのこと好きだ。別れたくない。多分そんな言葉の断片がどんどん送られてくる。もう、なんにも心に響かない。気持ちも揺るがない。コウタとは別れる。
テキストメッセージはそのまま無視して、長文のメールを送ることにした。わたしの気持ちを書き綴って見た。へたくそな作文のようだったけれど、礼儀正しくしようと思った。コウタと関係を続ける気持ちはないけれど、人間として傷をつけたくない。そんな作文を書いてみて気がついたのだけれど、わたしは本当にコウタのことが好きだったのだろうか。観念で、彼氏が欲しい、とか性体験をしないと女は綺麗になれないとか思っていただけなのではないか。恋愛とか、気持ちとかそういうのではなかったのではないか。そしてコウタの方はわたしに何を求めていたのだろう。最後の数ヶ月は、文字どおり性的なことしかなかったように感じる。けれどコウタがわたしの気持ちを理解し得なかったのと同じように、わたしもコウタの気持ちをちゃんとわかっていたわけではないということは、ちゃんと認識しておくべきだろう。ともかく、たくさん文字を並べてたメールをコウタに送った。これで終わりにしよう、というのが、そのメールに書いた作文の結論だ。
*** ***
ここまでであれば、わたしには落ち度はないと自分にある程度の自信を持つことができただろう。でも、そうはならなかった。自分でも今まで知らなかったようなおぞましい側面を晒し、醜態を演じてしまった。
コウタからメールで返事が来た。同じく長文で、礼儀多正しく書いてあった。ユキの気持ちがそこまで固まっているのなら、俺は身を引く、と。それが返事の結論だった。そして末尾に、あと一度だけでいいからスカイプで話しがしたい。もうこないだみたいなことはしないから。最後のお願い、とあった。
ここでわたしは自分でも知らなかった己の邪悪な要素が沸き起こってしまったのだ。コウタがよこしたあの包みの中身を、最後のスカイプのときに、コウタにの前で使って見せてやろうではないか、と。こんなことを思いついたのは、自分でも驚くべきことだった。
スカイプに出てきたコウタは、今回は神妙な様子だった。コウタがなにか話をしようとするのを遮って、「こないだやって欲しいってコウタが言ってたこと、やろっか。最後だから、やろうよ」と一方的に言って、わたしはゆっくりと自分の服を一枚ずつ取り去った。一方的に裸になった私を見て、最初は唖然としていたコウタも慌てて脱いだ。わたしはコウタから手渡されていたその物体を胸にあて、口に入れ、そして最終的なところへ押し込んだ。
なにしろ初めて手にするものなのでよく使い方がわからないが、とりあえず間違った使い方はしていないだろう。わたしの中に入ったこの物体は彼のものよりは随分と大きなものだった。それは押し広げられる感覚でもわかった。そのことに興奮していたかもしれない。「スイッチを」とコウタが言ったような気がする。わたしはその通りにしてみた。すると、こわいくらい短時間で登ってしまった。たぶんこれまでの最短時間だったかもしれない。そもそも挿入によって達したのは初めてだったと思う。
今まで見せたことないわたしの姿にコウタはものすごく興奮しているようだった。その様子を見て不意にもう一度入れてみたくなってしまった。今度はパソコンの方に正面に向き合って、物体を押し込んでスイッチを入れた。目を合わせることは恥ずかしくてできなかった。目を閉じた。見られていて、わたしも興奮していたかもしれない。いつもより激しくなってしまった気がする。先ほどよりは時間がかかったけれど、もう一度激しく達してしまった。声も出してしまった。
しかし、もう別れるというのになぜこうやってコウタを無駄に刺激しているんだろう。わたしは、ほんとうはおぞましいくらい意地悪で性格が悪いのではないか。とにかく、なぜかそうしてしまった。そんな自分が嫌になる。それ以上に、こんな変態なことをしてしまうなんて、未知の自分に驚いた。性的なことにはあまり関心がないと思っていたのに。性的に乱れる自分を見ることには嫌悪を感じる。なかったことにしたい。 いってしまったあとの余韻が残ったまま、バイブを入れたままの状態でコウタの顔を見ずに、バチっとスカイプを切った。
ごめん、コウタ。もう君とはこれが最後。さようなら。っていうか、こんな変態な姿を晒してしまってとても合わせる顔ないよ。生まれて初めての彼氏が君だった。大学に入って初めて彼氏ができて嬉しかった。でも、長距離になった途端、君はちょっと違っちゃったよ。いやわたしが変になったのかもしれない。
それにしても最後がスカイプだなんて。しかもこんなシチュエーションだなんて。最後にわたしの中からこんな変態な要素を引っ張り出すなんて。コウタ、ひどいよ。でも、1年間ありがとう。もっといい彼女見つけてください。
こんなことをしてしまったわたし、大嫌い。こんな自分と、今後どうやって向き合っていけばいいの。
女子大生日記:初めての恋愛 岡玲南 @okareina
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