第3話 長距離恋愛の始まりのはずだったが・・・

 ロンドンへ行く日が決まった。二年生前期の定期試験が終わった直後だ。ビザも取れた。事前にイギリスに送る荷物の発送も終わった。コロナ関係の手筈も整えた。コウタは4年生になっていて、就職活動が山場を迎えていた。日本出発前、彼と会うとき、いつもコウタはスーツを着ていた。それは、何か新鮮な感じをもたらしたけれど、しかし会えば最終的に二人とも裸になる。一緒にいる時間は、裸くっついているときが一番長い。そうなると、やっぱり相変わらず、という感じが続いたという方が実際に近い。というか、スーツ姿の男の人には、どうも体がこわばってしまう。わたしがまだコドモだからなのかとは思うけれど、でも、コウタがスーツを着ているのは実はあまり好きじゃなかった。


 彼にはこの春からなんとなく違和感を感じ始めていたとはいえ、しばらく会えなくなると思うと、さみしいような気持ちも強く沸き起こって着た。それは嘘ではない。しかし正直にいえばロンドンに行って、長距離恋愛になって、コウタへの気持ちが続くのは難しいようにますます感じていた。でも、こうやってわたしがイギリスへ行くことでコウタと別れてしまうことには、強い罪悪感があった。え。罪悪感?恋愛感情じゃないの?なんだか自分の気持ちがよくわからなくなっていた。


 イギリスに出発する前日、親には成田空港に近い女友達の家に前泊する、と嘘をついてコウタの部屋に泊まった。そう、いままでこの一年間、コウタの部屋に泊まったことはなかった。ちゃんと夜には家に帰るというのが、よくわからないけれど何かのけじめというか、規則であるかのようにわたしを抑えていた。20歳になるかならないかの自分が週に三回も四回も「そういうこと」をしていると自分に感じさせたくなかったのかもしれない。社会通念的には、「性行為は夜」という定式がなんとなく共有されているので、それを踏まえると、「夜は帰宅」=「わたしはそういうことはしていません」という相貌をまとえると思っていたのだと思う。では、それはコウタへの愛ではないではないのか?自己愛ではないのか?わたしの気持ちは一体どこへ向いているのか?こうやって客観的に自分を眺めないと、自分のことがよくわからない。否、客観的に眺めてもわからない。「自分は最大の謎だ。」

 この自分に課していた規範を破ったのが、日本を離れる前の夜だった。コウタがそれを強く望んでいたということもあるけれど、単に、しばらく会えないのだから長くあっててもよいだろうといった程度の考えだったと思う。一晩一緒にいれば、コウタへの違和感は薄らぐかもしれない、との期待もあった。しかしそれどころか反対に、より違和感を強めてしまうことになった。その原因は、この春頃から見られた、コウタの例の「追加メニュー」だ。この「追加メニュー」がこの日、さらにエスカレートしたのだ。

 この日コウタの部屋に着いたのはちょうど12時を過ぎた頃だった。まずはお昼ご飯を、と思っていたのだけれど、いきなりベッドに倒された、キスをしながら。そして、めまいがするようなことをささやかれた。「ユキ、二人でしている様子をビデオにとりたい。三脚を立てて撮影したい。お願い。」え?ビデオ?三脚?そんなもの、彼が持っているなんて今まで知らなかった。「何をいっているの?やだよ。はずかしいよ。」「ユキと離れている間、さみしいんだよ。あとで見たいんだよ。」と。確かにスマートフォンで短い動画を撮られたことはあるけど、こういうビデオカメラで一部始終取られるというのとは訳が違う。絶対に嫌だ。

 うまい拒絶の言葉が見つからず頭がぐるぐるとしている間に、彼はものすごい手際のよさで三脚とビデオカメラをセットした。「ね。いいでしょ。おねがい・・・」と、今度はかなり一方的に言い放ったと思うと、ベッドに押し倒したわたしに強く深くキスしてきた。息ができないほどに。

 彼はいつもよりも手荒な感じがした。カメラが回り続ける前で、どんどん服を脱がせてきた。こんなのいやだ、と思う反面、いつもと違う脱がされかたや、ビデオカメラという第三の目が見ている状況に、わたしは歪んだ興奮を感じてしまっていたかもしれない。しかし、そうは思いたくない、と、もしかしたら感じてしまっているかもしれない興奮を振り払おうとした。

 この日は万事「手順」が全くいつもと違った。わたしだけが裸にされた。コウタはまだ一枚も脱いでいない。いつもは同じペースで脱いでくれていたのに。わたしだけ裸。とてつもない羞恥を感じた。わたしの胸をわしづかみにしたまま、彼はわたしの両脚の間に顔を埋めた。そしてあっけなく、口でいかされてしまった。すると服を着たままのコウタは立ち上がって、その前に裸のままのわたしを膝立ちにさせたうえで、「ねえ、取り出してくれる?」「え??」とわたしが混乱していると、わたしの手を取って、ズボンの前を開けさせた。で、それを取り出してくわえさせられた。まるでポルノ女優なことをさせられている。しかも彼はこれをビデオに撮っている。そんな状況で強引に続けさせられた。しかもわたしの顔をぐいぐい引き寄せ口に入れられた。喉の奥につまり苦しくて涙が出た。やっとひきぬいてくれたと思ったら、今度は四つん這いにさせられて後ろから入ってきた。このポーズをさせらたことは今まで一度もなかった。わたしが絶対にやだと言い続けてきたからだ。こんな手荒に、こんなことさせられるのは屈辱だ。涙が出そうになる。私が四つん這いにさせられている後ろの方で、彼はいったん終わった。

 依然、コウタは着衣のまま、わたしだけが全裸だ。「なんでわたしだけ裸なの?こんなポルノみたいなのはいやだ。映像、絶対消して。保存しないで。」と、今までコウタにはみせたことがないくらい強い調子でいっていた。しかしコウタは「すごくよかったよ。ユキ、かわいいよ、好きだよ」とはぐらかし、わたしはそれ以上抗議できなかった。


 そのあとも裸で過ごした。そのこと自体はいつもと一緒なんだけれど、この日は和やかな抱き合いみたいのではなかった。いままでしていないことばかりさせられた。わたしがコウタの上にのって動く体位、胸でコウタのものをはさんで上下させるとか。いままで、やだよ、といってやらなかったことばかりやらされた。この日はどうしても断れなかった。コウタの喜ぶ顔を見ていると、つい言われた通りに頑張ってしまう。挙げ句の果てに、わたしの口の中にコウタが出してしまうということまで。しかも飲み込むことになってしまう。もちろんこんなことも初めてだ。この一部始終が録画されている。涙が出そうなほど惨めだった。明日からしばらく会えないのに、その前日の貴重な時間なのに、こんなポルノ劇みたいなことをわたしにやらせて、なんのためにわたしと会ったの?そんなふうに言いたかった。でもいえなかった。ビデオの録画は絶対に消してね、ともう一度言おうと思ったけれど、これも言えなかった。


 こうしてコウタとの最後の親密な時間は、わたしにとっては苦痛な時間になってしまった。距離を置くのはちょうど良いタイミングなのかもしれない。そしてふと思ったことは、本当にコウタは今でもわたしのことが好きなのだろうか?ということ。いつもセックスばかりだし。今日もこんなことをさせるし。それよりもわたしはコウタのことが本当に好きだと思ってるんだろうか。


 翌朝、成田行きのバス乗り場まで送るというコウタの申し出を断った。「わたし英語できないから心配なの。ヒースローで係官の質問に答えられないとやばいから。道中は勉強したいの。あっち着いたら連絡するから。スカイプとかで話そうね。」と、適当なことを言ってかわした。

 本当は両親と妹が見送りに来てくれることになっていたので、家族とコウタを会わせたくなかったのだ。本当は会わせようと思っていた。でも、わたしに前夜にポルノまがいのことをさせた男と両親の前で会うことは、わたしにはどうしても嫌だったのだ。


 長距離恋愛の始まりのはずだったが、たぶん、恋愛の終わりだろう。今日で終わり。そんなふうに感じた。もうコウタとは別れたい。


 悲しくて惨めな気持ちを引きずってロンドン行きの飛行機に乗った。ヒースロー到着後、コロナのための検疫隔離が行われることになっている。隔離が終わった後、アーダが迎えに来てくれることになっている。彼女と2年ぶりに会うのは楽しみだ。もう今日のことは忘れよう。先のことだけ考えよう。



 

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