可逆性濃厚たまごサンド

鳥辺野九

美味しい可逆性濃厚たまごサンドの作り方より


「ああっ、もうっ、時系列がぐちゃぐちゃだよ!」


 あたしは頭を抱えた。




 マヨネーズはたっぷりと。遠慮なんて必要なし。カロリーは正義だ! それとちょこっとのお好み焼きソース。ほんわかしたたまご色が変わらない程度の。

 卵の茹で時間は12分間。それ以上でもなし、それ以下でもなし。

 耳を削ぎ落としたパンに(6枚切りよ。8枚切りは邪道!)贅沢にたまごサラダを挟んでトースターへぶち込む。カリッカリに焦げる寸前まで焼き尽くすのよ!

 彩りとしてドライパセリと粗挽き胡椒をパラパラって。黄色と白の淡いマーブル模様にポツポツと太陽黒点のようにまぶしてカルボナーラ模様に。パンに挟んだら模様見えないんだし彩りの意味なくない?

 鍋の茹で湯はお水から。

 食パンにはさらっとバターを敷いてお塩を一振り。擬似塩バターパンを用意しておく。

 卵が茹で上がったら、少し余熱で固めてやる。少しって何分? お好きにどうぞ。

 卵は冷蔵庫から出して常温に戻しておく。

 隠し味には粉チーズ。そっと忍ばせてもいいし、自己主張強めで隠しきれなくてもいいし。

 フォークの背を使ってゆで卵を荒くぐちゃぐちゃに潰す。フォークの曲がり具合を見ると膨らんでる方がお腹で反ってる方が背中ってイメージだわ。

 仕上げに開放式可逆時間調理器で時間遡行ビームを照射する。ピンポイントで内側に向けて。照射時間はお好みで!

 はいっ! 外はカリカリ黄金色、中は半生もっちり。熱々ゆで卵はトロトロ半熟、マヨネーズも攪拌直後のもったり感。チラつくパセリと胡椒はまるで生食感。ぐちゃぐちゃゆで卵のマヨたっぷりたまごサンドの出来上がりっ!




 須々木野那由多子すすきのなゆたこは天才である。漢字多めの名前でペンで書くの大変だけど。今時紙にペンで文字を書くなんて時代遅れ過ぎない?

 那由多子は天才女子高生で、常識に捉われない発想で数々の発明品を開発して、特許を取得している。

 無論、彼女の両親の地位や財力を利用したり、あたしという機械工学技術に優れたパートナーがいて、初めて彼女の天才っぷりは能力を発揮するのだけど。

 女子高生の分際で将来食べていくだけの特許料を得て人生薔薇色確定した那由多子は、その代償なのか、両脚の自由を失った。

 遺伝性変形膝関節症。彼女は遺伝子の病気で両膝の軟骨が固形変成して膝が動かなくなってしまった。中学生の時から車椅子生活だという。

 女子高に入学して、入学式の桜が散りきった通学路、あたしが那由多子の車椅子を押してあげたのが、二人の出逢いだった。




 あたしたちはすぐに仲良くなれた。何でかはわからないけど、昔からそうであると決まっていたかのように、あたしは那由多子の車椅子を押して、那由多子は閃いたアイディアをあたしに伝えて。

 那由多子とあたし、二人なら何だって出来た。不可能なんてない。ただ、那由多子の頭のネジはぶっ飛んでいた。

 普通の子じゃ理解できない理屈と発想でモノを喋る。順序立てて説明せずに思い付いた端からだーって喋りまくるから解説の時系列がぐちゃぐちゃになる。

 今回の特濃たまごサンドだってそうだ。思い付いたレシピはぐちゃぐちゃ。どこから手をつけたらいいかわからなくなる。ま、もともとたまごサンドは具のゆで卵がぐちゃぐちゃなのだ。時系列ぐちゃぐちゃレシピでもあたしだったら解読して再現できるさ。




 那由多子のぐちゃぐちゃレシピを再現するのは何も料理だけのことではない。あたしの得意分野、機械工学のスキルが大いに役立つ場面もある。


「キリコちゃんなら私の願いを叶えられるよね」


 車椅子に座った那由多子の膝は曲がったままもう動かない。飼い猫が丸くなるのにちょうどいい角度で固まっちゃった。那由多子は膝の毛布の白い猫を撫でながらよく笑ってた。

 白い猫の毛並みをぐちゃぐちゃにしながら那由多子は願った。風を切って走りたいなって。

 あたしに任せなさい。薄い胸をどんと叩く。

 ちょうど那由多子の車椅子が更新の時期だったのでこれを機に電動車椅子に切り替えるとのことだった。ちょっと重たくて筐体も大きくなるけど、手元のコントローラーで操縦できるから楽しそうって那由多子は笑った。

 操縦だけじゃ物足りないじゃない? 那由多子はそれ以上を望んだし、あたしも那由多子のためだったらスキルを使うのも惜しまないつもりだった。

 廃棄されたH社製電動スクーターのモーターをもらってきて、軽自動車クラスのEVバッテリーを繋いでやる。もちろん重バッテリーやモーターが搭載できるよう筐体も強化、タイヤだって太くインチアップして、史上最速の車椅子を作ってやったわ。

 パラリンピック車椅子100メートル走の世界記録を大幅に塗り替える9秒83をマーク。非公認ながら車椅子で10秒の壁をぶっちぎったのだ。あとでどちゃくそ怒られたけど。




 電動車椅子の改造は一度だけじゃない。

 老朽化が原因でボロくなった東京タワーを建て替える時に、解体記念として階段が無料開放された。那由多子がそれを見逃すはずがない。階段で東京タワーを登りたい。目をキラキラさせて笑ったものだ。

 あたしに任せなさい。

 さすがに歩行補助パワー松葉杖を使っても、車椅子生活で那由多子の両脚は筋力が衰えて小枝みたく痩せ細っている。東京タワーどころか学校の階段すらきついものがある。

 そこで那由多子の頭脳とあたしの機械工学スキルの出番だ。あたしたちに出来ないことはない。

 運送屋さんの階段登坂台車ギミックを利用して、電動車椅子を合計七輪駆動車にバージョンアップさせてやる。七輪駆動ってどういうタイヤの配置って気になるだろうけど、そこは企業秘密って奴よ。想像に任せるわ。

 階段幅に合わせて車軸が自在に伸縮して、六軸駆動の球体タイヤは階段のエッジだろうと噛み付く柔らか素材だ。

 どんな階段だろうとするする昇り降りできる改造電動車椅子の完成は、東京タワーの解体開始にぎりぎり間に合った。

 東京タワーメインデッキ、約150メートルの600段階段を那由多は見事15分で登り切ったのだ。付き合わされたあたしはもう二度と階段は使わないと誓った。

 これもあとでめっさ怒られたっけ。




 で、可逆性濃厚たまごサンドだ。


「ああっ、もうっ、時系列がぐちゃぐちゃだよ!」


 あたしは頭を抱えた。


「キリコちゃんのやりたいようにやればいいんだよ。これは実験段階なんだもん」


 那由多子は余裕だ。曲がらない膝の上の白猫をうりうりともふってる。

 というわけで、あたしなりのやり方で濃厚たまごサンドを作ってみた。かぶりつきながら次の計画を練る。那由多子の言う通り、たまごサンドは実験なんだ。


「私がやるって言ったんだよ。キリコちゃんは仕方なく手伝っただけ。責任は私が取る」


 カリカリにトーストされてるくせに黄金色の表面が割れればもっちり生感覚のパン生地が口の中に現れる。味わう暇もなくたまごサラダが今だっとばかりに溢れ出してくるし。


「それはいいよ。責任を取らない仕事はどうしても手抜きになるし。あたしが作った道具だから責任はあたしにある」


「道具のアイディアは私だよ」


 たまごサラダが演出する濃厚トロトロ具合のあまりの美味しさにもう一口かぶりつきたくなる。するとたっぷり挟んだたまごサラダがお尻の方からはみ出てくる。お尻ってのはあたしのじゃなくてたまごサンドのお尻。


「ああ、もう、わかった。やるよ、やるよ」


 那由多子が一度こうだと決めたらもうおしまいだ。人の話を聞かないし、妥協点を見つけ出そうともしない。実験はうまく行った。たまごサンドはこれ以上ないくらい美味しい。開放式可逆時間調理実験は成功だ。


「うん。それでよし。はい、君はちょっとどいててね」


 那由多子は膝掛けの上で丸くなっていた白猫を床に放った。心地良い睡眠から強制移行されて機嫌悪そうな琥珀色の目であたしを睨む。あたしじゃない。どかしたのは那由多子だ。


「はい、いい子。たまごサンドあげるからちょっと待っててね」


 那由多子のたまごサンドの匂いを嗅いで、ぺろっと舐めた。猫って卵食べるの?


「はい。どうぞ」


 スカートを捲り上げ、細く骨張った膝を露わにする那由多子。いつものように、天才は笑ってる。あたしも笑うしかない、か。

 可逆時間調理は食材の時間を退行させる調理技術だ。普通の可逆調理はボックス型を使う。それだと素材の表面にしか時間遡行ビームは照射されず、中身まで時間遡行しない。ボックス型の欠点はそれだ。

 熱により硬く変容したタンパク質を元の柔らかな組成に戻したり、メイラード反応で変質したアミノ化合物を変質前の新鮮な化合物に戻す調理技術。それが可逆調理だ。

 つまり、茹で過ぎたゆで卵を半熟トロトロに戻したり、焼け焦げたウェルダンなお肉をレアで真っ赤なお肉に戻したり、タイムマシンさながら時間遡行ができるのだ。ビームが照射された表面だけ。

 那由多子がぐちゃぐちゃに設計してあたしがパーフェクトに組み上げた開放式器具ならその欠点を補える。上下左右四方から指向性のある弱い時間遡行ビームが照射され、食材を透過した弱ビームは四方の焦点となる中心部の素材のみを時間退行させる。外側はカリカリに焼けて、中身はトロトロ半熟卵のたまごサラダのたまごサンドの出来上がりっ!

 それを那由多子の膝関節に照射しようってプランだった。

 遺伝子の異常で硬質化した膝軟骨組織を、石灰化してしまった筋繊維を元の柔らかなコラーゲンたっぷりの軟骨に戻してやる。言うなれば人体の一部分だけをタイムマシンに乗せて過去の新鮮な組織に取り替えるのだ。


「行くよ、那由多子」


「来て、キリコちゃん」


 開放性時間遡行ビーム、照射。可逆時間調理、開始。




 あたしと那由多子はあとからめちゃくちゃ怒られた。

 白い猫の最高の寝床であるお気に入りの場所がなくなってしまったからだ。

 那由多子は立った。

 そのため、白い猫は琥珀色した目を剥き出しにして居心地の良い膝の上の寝場所を奪われたと激怒した。車椅子100メートル走で世界最速を一緒にマークした時よりも、車椅子で東京タワー600段の階段を一緒に走破した時よりも、めっちゃ怒ってる。

 あたしと那由多子はぎこちない足取りで走って逃げた。白い猫は尻尾の毛を逆立てて怒ってる。那由多子を危険な目に合わせるニャってまだ追いかけてきてるし。

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