異世界小噺 『シャッフルダンジョン』
宇枝一夫
元の鞘と、元の手
数多の冒険者がボイド山のダンジョンへ潜り、多くの富と屍を生み出してきた。
その
紅のローブを
「おい! 《フロウ》! てめぇも戦士のはしくれなら、なんで魔法を使うモンスターを先に倒さねぇんだよ!? いい加減、俺様の指示に従え!」
青い鎧を纏った青年は、そんな怒気をまるでそよ風のように受け流し、冷たい声を放つ。
「私がそのモンスターを倒している隙に、武器を持つモンスターが貴女をたこ殴りにするでしょう。前衛の私が盾となって肉弾戦をする間、後衛の貴女が魔法で援護する。これは戦闘の基本であり真理です」
「てめぇに前衛をまかせたら、いつまで経っても戦闘が終わらねぇんだよ! 俺が前に出て魔法でまとめて片付けてやるから、お前は俺のおこぼれをちまちま倒してな!」
「ガネットさんを信じて後ろに下がりましたが、貴女は何回魔法を撃ち損じましたか? 下手な魔法で数撃っても、当たらなければ意味がありません」
「んだと! てめぇ!!」
そこへ一人の男性戦士が、ガネットの後ろに立つ。
「お嬢ちゃん、いいかげんそんなヘタレ野郎追放してさ、俺と組まない? ダンジョンでもベッドの上でも退屈させないぜ!」
ローブの上からでもわかるほど、ガネットの女の部分はひときわ目立っており、多くの男性冒険者が彼女を狙っているのである。
……『もう少しおしとやかになれば』の絶対条件がつくが。
そこへフロウの口が開く。
「……おやめになった方がよろしいですよ。命が惜しければね」
「おお! ヘタレ戦士様が何かおっしゃっているぜ!」
フロウは椅子から立つと、鎧を脱いで背中を見せる。
「なんだぁ、
「貴方も、こんな背中になりたいんですか?」
フロウの背中は、まるでドラゴンの炎を浴びたかのように焼けただれていた。
「な……これ……?」
「アハハハハ! いやぁ悪い悪い! 俺の杖って、なぜか魔法を撃つ度に的を外してさぁ~。後で治してやるよ」
そこへ女性魔術師がしなをつくってフロウへ近づいてくる。
「あら、素敵なお体をしたお兄さん。あんな女、歓楽街へ追放しちゃって、あたしとパーティー組まない?」
フロウもまた、女性冒険者から熱い視線を浴びていた。
……『もう少し荒々しくなれば』の、以下略。
ガネットの口先が女性魔術師に向く。
「……やめときな、発情したメス猫ちゃん」
「へぇ~めずらしい、このギルドには人の言葉を話すメスゴリラがいるわねぇ〜」
ガネットはリュックからボロボロのローブを取り出した。
「アンタの綺麗な柔肌も、コイツが剣を抜いたらこうなっちまうぜ」
「!?」
フロウが冷静に口を開く
「……どうも私の剣は、まるで私に抗うかのようにあさっての方向へ
常連の冒険者たちがヤジを飛ばす。
「あんたら、最近ボイド山へ来たクチか? こいつらにちょっかいをかけるヤツは、もうこのあたりにはいねぇよ」
「ほんと、両方の性格が正反対なら、いまごろ凄腕の冒険者になって、財宝も取り放題、一夜の相手も選り取り見取りなのにさ。もったいねぇぜ」
― ボイド山のダンジョン内 ―
フロウとガネットは、ダンジョン内の通路を歩いていた。
「ガネットさん、そろそろ戻らないと……。夜になれば《シャッフル》が始まるかもしれません」
《シャッフル》とは、ボイド山で不定期に起こる地震のことで、これによりダンジョンがシャッフルされ、新しい通路や部屋、そして財宝が現れるのである。
当然のごとく消滅する通路や部屋も存在するため、それに巻き込まれた冒険者の行く末は不明である。
しかし、シャッフルは必ず夜に起こるため、冒険者は日が暮れるとすぐさまダンジョンから出て、街へと戻るのである。
「なんだよ、フロウの臆病者め、もうちょいやろうぜ。久しぶりに懐が暖かくなったのによ。よし、この部屋に入ろうぜ!」
「待って下さいガネットさん! 罠も調べずに!」
二人が入った部屋は、数多くのモンスターであふれかえっていた!
「ドアが消えた! ガネットさん! 閉じ込められました!」
狼狽するフロウを尻目にガネットは叫ぶ!
「ひゃっほぅ! パーティーの始まりだぜ!」
「致し方ありません!」
ガネットの杖からファイヤーボールが連射され、フロウの剣が部屋の空気とモンスターを切り裂く!
モンスターに取り囲まれたのが功を奏したのか、ガネットの魔法は撃てば必ず当たり、フロウの剣も振れば必ずモンスターを切り裂いたのである。
“ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ”
こうして二人は何とか全てのモンスターを倒したのである。
しかし、次の瞬間!
“ゴゴゴゴゴ……”
ボイド山が震え、シャッフルが始まったのである。
「ヤレヤレ……年貢の納め時か……」
「ガネットさん……」
「すまねぇなフロウ。あの世とやらで、俺をぶん殴ってもいいぜ」
しかし、フロウの目は別のなにかを訴えていた。
「実は私、貴女のことが……」
“ゴゴゴゴゴ……”
「奇遇だな、実は俺も、てめぇのことが……」
次の瞬間!
“グワラガゴグガラドグシャ……!!”
まるでミキサーのように部屋が回転し、
「「うわああぁぁぁ~~!!」」
二人は部屋の中でぐちゃぐちゃにかき回された!
― ※ ―
(俺は……生きている……のか……んな! なんでガネットが俺の上で寝てやがるんだぁ!)
(あれ……私……生きていますの……ええっ!? なぜわたくしは、フロウさんに覆い被さってますの!?)
二人はボロボロのまま無言でダンジョンを出ると、黒の滝壺亭へ何とかたどり着いた。
「ガネットさん!? フロウさん!?」
受付嬢の声にギルドの
「おまえら! シャッフルに巻き込まれたって聞いたが、生きていたのかぁ!?」
二人は無言でいつものテーブル席に座る。
「いやあ、よかったよかった! これはワシの奢りじゃ!」
フロウはジョッキを握りしめ、エールを一気に飲み干すと
「クハァ〜! うめぇ~~! やっと生きているって実感できたぜぇ〜!」
熱い息を吐き出した。
そして、ガネットは両手でジョッキを持ち一口飲むと
「……ああ、おいしいです♥️」
唇から甘い息を吐き出した。
正反対の口調に、主人をはじめギルド内の全員が凍りつく。
フロウが荒い声で悪態をつき始める。
「……ったくよう、街へ戻ろうって言ったのに欲かきやがって! おかげでひっでぇ目に遭ったぜ」
ガネットはそれを丁寧な口調で言い返す。
「……ですからそれは何度も謝っていますし、戦利品も多めに渡したのに、まだご不満なのですか? それとも……もしや私の体で払えとおっしゃるつもり……ですか?」
「誰がぁ! そんな堕肉! こっちから願い下げだぜ!」
「今のお言葉、聞き捨てなりませんね……」
そこへ、先日ちょっかいをかけてきた男性戦士がガネットに近づいてきた。
「ガネットちゃぁ〜ん! 心配したよぉ〜! やっぱりこんなヘタレ野郎より俺とパーティー組もうぜ!」
「……ええ、よろしいわ。目の前にいるお馬鹿さんに腕相撲で勝ったらね」
意外な言葉に再び皆の目が見開くが、戦士はテーブルの上に右肘を置く。
「そういうことだヘタレ野郎。さぁ来いやぁ!」
フロウも右肘を置き、戦士の手を握る。
「いくぜヘタレ……」
“ドグガバガキィ~~!!”
フロウが力を入れた瞬間! 戦士の右手の甲によってテーブルが破壊された。
「えっ? ……ぐわああぁ! 腕がああぁ!」
フロウは悲鳴を上げる戦士の口に、回復薬の瓶を放り投げた。
「……ゴク……ゴク」
「悪いな坊や。死に損ないの体だからよ、手加減できねぇんだわ」
そして、先日の女性魔術師がフロウに近づく。
「あっはぁ❤ やっぱりあたしの目に狂いはなかったわ。そんなメスゴリラより、あたしとパーティー組まない? もちろん、夜もたっぷり、楽しませて、あ、げ、る♥️」
フロウは女性魔術師の体を値踏みする。
「……いいぜ、でもテーブルを直してくれねぇかな? このままじゃギルドを出禁になっちまう」
「えっ? いくらあたしでも【復元】の魔法は……」
そこへガネットが杖を軽く振ると、まるで時が逆回転したかのように、テーブルが元へ戻っていった。
「そんな!? 【復元】の魔法をこうも簡単に……」
ガネットが戦士に声をかける。
「……先ほどは失礼しました。ヘタレな戦士は追放しますので、明日は私とパーティーを組みましょう」
「えっ? いいの? ガネットちゃん!?」
フロウも魔術師に声をかける。
「俺も野蛮な魔術師は追放して、明日はセクシーなアンタとパーティーを組んでやるぜ」
「うそ? やったぁ!」
こうして二人はお互いを追放し、日替わりでパーティーを組んでボイド山へ潜っていったのだった。
「うおおぉぉぉ!」
ダンジョンの中で吼えるフロウは、その剣でモンスター達をことごとく切り刻み!
『……数多の炎の精霊よ。邪悪なるモノを焼き尽くせ!』
ガネットの杖からは、いくつものファイヤーボールが飛び出し、百発百中でモンスターに命中した!
そしてギルドでは……。
「あ~はっはっは! 愉快痛快! ほ~れ女ども! 今日の戦利品だぁ!」
「「「きゃぁ~! フロウ様素敵ぃ~!」」」
まるでハーレムのように、フロウが宝石をばらまいて女性冒険者を
「ふぅ、今日も疲れました。私はマッサージを所望します」
「「「イエス! マイクイーン! ガネット様!!」」」
まるで逆ハーレムのように、ガネットが男性冒険者を
「やれやれ、いつからワシの店はハーレムになったんじゃ……」
ギルドの主人がカウンターでため息をついていた。
やがてボイド山からの財宝も少なくなり、冒険者の間ではシャッフルの噂が流れ、ダンジョンに入る冒険者も少なくなっていった。
そんなダンジョンの通路を、二人の冒険者が歩く……。
「おいガネット、なんでてめぇが俺についてくるんだよ?」
「そういうフロウさんこそ、私をストーカーしているのではなくて?」
「ちっ! まぁいいや……」
沈黙に耐えきれなくなったのか、フロウが口を開いた。
「実は俺は、ある戦士の一族の
「そうですか……実は私、自分で申し上げるのもなんですが、それなりの魔術師の家系の生まれですのよ……」
「そんでこの山で拾った俺の剣は、《勇猛の剣》つってな、勇猛果敢になればなるほど、攻撃力と命中率が増すんだとよ」
「そうですか。実はこの山で拾った私の杖は、《沈着の杖》と申しまして、冷静沈着であればあるほど、魔法の力も命中率も上がるみたいです」
そして二人は、とある部屋の前に立つ。
「……でもなぁ……それじゃあおもしろくねぇんだよな」
「……同感です。面白くないですね」
そこは、先日二人が閉じ込められた部屋だった。
“バーン!”と勢いよくドアを開けると、先日と同じように、モンスターであふれていた!
「ガネットぉ! なんでここにモンスターがこんなにいるか、わかるかぁ~!?」
「ええ、この部屋だけ、いくらシャッフルしても消えない部屋! だからモンスター達がここへ避難している訳ですね!」
「上等よぉ! いっくぜぇ~~!」
数体のモンスターを一度に切り裂く太刀筋!
火、水、風、土の精霊が部屋の中を縦横無尽に飛び舞う!
肉と血が
そして部屋に立っているのは、ガネットとフロウだけとなった。
「……っぱ、おもしろくねぇよな」
「はい、おもしろくないですね……」
“ゴゴゴゴゴゴゴ……”
シャッフルの地震が、二人の体を揺らす。
「……そういえばフロウさん、前回のシャッフルの時、何か私に言いかけたのでは?」
「さぁ、忘れたぜ。そういうガネットも、俺に向かってなんか言いかけたよな?」
「……記憶にございません」
「……だよな、だけどよ、元に戻ったら、思い出すかもな」
「そうですね。元に戻ったら……」
“グワラガゴグガラドグシャ……!!”
― 数日後 黒の滝壺亭内 ―
「フロウ! テメェは石像とゴーレムの区別もつかねぇのかよ! おかげで踏み潰されそうになったぜ!」
「そういうガネットさんも、背中の次は僕のお腹に魔法を命中させて……。どう詠唱したらファイヤーボールがUターンするのですか?」
受付嬢がため息をつく。
「マスター、結局あの二人、元に戻っちゃいましたね。なんかもったいない気がしますけど……」
「なぁに、これはこれでいいじゃないか!」
「そ、そういえばフロウ……き、記憶は取り戻したか?」
「いいえ。ですが、あの世とやらに行く直前になれば、お、思い出すかも、しれませんよ」
― 完 ―
異世界小噺 『シャッフルダンジョン』 宇枝一夫 @kazuoueda
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