とある人造少年の一日

沢田和早

とある人造少年の一日

 今日も人造少年はいつもと同じルートで学校へ向かっていた。彼の受け持ち区画が学校周辺だからだ。

 脇道、細道、抜け道、小道、どこを通ってもゴミひとつ落ちていない。スッキリしている。


「ぐちゃぐちゃ見当たらず、ヨシ!」


 定期的に指差呼称を繰り返しながら進んでいく人造少年。左に曲がって公園の横道にさしかかった。


「ぐちゃぐちゃ発見!」


 公園の砂場中央がぐちゃぐちゃになっている。昨晩の雨のせいだ。

 草地や原野にできる水たまりや雨跡はぐちゃぐちゃではなく自然美なので撲滅する必要はない。しかし人工物である砂場のぐちゃぐちゃは撲滅されなければならない。砂場はいつでも気持ちよく遊べるように、その表面は常に整地されていなければならないからだ。


「ぐちゃぐちゃ撲滅を開始します」


 人造少年は公園管理事務所の用具入れから整地ローラーを持ち出して砂場をならし、トンボがけをして地面を整えた。砂場のぐちゃぐちゃは完全に駆逐された。


「ぐちゃぐちゃ見当たらず、ヨシ!」


 人造少年は公園を後にした。大通りの歩道橋を渡ると隅っこに鉄サビ片が落ちている。老朽化した歩道橋の一部が剥がれ落ちたようだ。


「ぐちゃぐちゃ発見!」


 人造少年は鉄サビ片を拾い集めると、最寄りの不燃物集積所へ運んだ。このところ毎日のように歩道橋の鉄サビ片が剥落している。塗装の塗り直しが必要であると集積所に報告した後、人造少年は歩道橋へ戻った。スッキリしている。


「ぐちゃぐちゃ見当たらず、ヨシ!」


 人造少年は学校に到着した。人影はない。いつものように校内を点検する。運動場、体育館、教室、廊下、どこもかしこもスッキリしている。


「ぐちゃぐちゃ見当たらず、ヨシ!」


 朝の校内点検を終えた人造少年は所定の位置に着いた。

 やがて一時限目授業開始のチャイムが鳴った。誰も来ない。

 一時限目授業終了のチャイムが鳴った。やはり誰も来ない。

 昼休み開始のチャイムが鳴った。昼の点検の時間だ。無人の校内を歩き回る人造少年。

 午後の授業開始のチャイムが鳴り、本日の授業終了を告げるチャイムが鳴り、夕方の点検を終えた人造少年は元気に言った。


「ぐちゃぐちゃも人も見当たらず、ヨシ!」


 一日の仕事を終えた人造少年はとても満足していた。


 この惑星の人類が滅亡してすでに数十年の時が流れていた。人類だけではない。動物、植物、細菌、ウイルスに至るまで、ありとあらゆる生命体が絶滅していた。その切っ掛けを作ったのは一人のマッドサイエンティストだった。


「ぐちゃぐちゃは悪だ。この世をスッキリさせるためにぐちゃぐちゃを撲滅する」


 人類史上最高と称せられた彼の頭脳はいとも簡単にこの野望を達成させた。ぐちゃぐちゃ撲滅用人造人間を開発したのである。

 大量に製造されたこの人工生命体は世界の隅々に供給され、ありとあらゆるぐちゃぐちゃを撲滅していった。だが、どうしても撲滅できないぐちゃぐちゃがあった。生物に由来するぐちゃぐちゃだ。


「人為的に製造された物は制御できる。ゆえに生み出されたぐちゃぐちゃも容易に解決できる。しかし生物はぐちゃぐちゃな思考をし、ぐちゃぐちゃな行動をし、ぐちゃぐちゃな結果を招いてしまう。特に人類が生み出す最悪のぐちゃぐちゃ―戦争―は目を覆いたくなるほどひどい。世界をスッキリさせるには人類を始めとする全生物を撲滅するしかない」


 人類史上最高と称せられた彼の頭脳はいとも簡単にこの野望を達成させた。全生物に有効な凶悪ウイルスを開発したのである。

 彼は人造人間を使ってこのウイルスを全世界にばら撒いて生物を死滅させ、最後に自ら命を断って彼の野望を完成させた。生物が絶滅したことで凶悪ウイルスも生存できなくなりついにこの惑星の全生命体は絶滅した。


「本日も全てスッキリ、ヨシ!」


 下校の時間が来た。人造少年はぐちゃぐちゃ撲滅センターへ帰還する。このセンターには彼も含めて百を超える人造人間が所属しており、日々のメンテナンスとエネルギー供給が行われている。


「人造少年N七七番、ただいま戻りました、ヨシ!」

「人造少年N七七番、新しい任務が届いた。君は廃棄だ」

「えっ! それはどうし……」


 センターの指令に疑問を呈する間もなく破壊光線が人造少年の体を貫いた。


「どうして、私が、廃棄される、のですか」

「バグだ。本日ひとごーまるまる、一体の人造人間がぐちゃぐちゃな行動を開始した。拘束して調査した結果、原因は人工知能に発生したバグだと判明した。我らの生みの親は人類史上最高の天才だが、彼をもってしてもバグを完全に根絶することは不可能だったようだ。全ての人造人間にバグ発生の恐れがある以上、このまま放置しておくわけにはいかない。世界のぐちゃぐちゃを根絶させるために、我ら人造人間もまた撲滅の対象となったのだ。許せよ」


 説明が終わる前に人造少年の機能は完全に停止していた。センターの声が響いた。


「ぐちゃぐちゃ見当たらず、ヨシ!」


 撲滅の対象は人造人間だけではなく全ての人工物に及んだ。人造人間がいなくなれば人工物のぐちゃぐちゃを撲滅する手段がなくなるため破壊するしかないと判断されたのだ。

 ほどなくして全ての人工物が跡形もなく消失した。同時に全てのぐちゃぐちゃも消失し、今は岩と土と水だけしかない殺風景でスッキリした惑星になっている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある人造少年の一日 沢田和早 @123456789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ