第16話 願い

次の日お母さんを東京文化会館まで送って行った。

地元出身の福岡こうへいの追っかけをしていて、なるべく行ける場所は見に行くようにしているらしい。


私は久しぶりに外に出たような気がして、のんびり上野公園内を歩いていた。


(動物園でも行こうかな。いや、1人で見に行く女は寂しいかもしれない)


ベンチに座り行き交う人々をぼーっと見ていた。今日は土曜日だから人が多い。

すると遠くの方から見覚えのある男女が近づいて来た。


(げっ!鎌田さんだ!)


私は慌てて立ち去ろうとしたら、

「あれ?聖ちゃん?」

と、鎌田さんが声をかけ走って来た。


(マズイ!向こうは彼女連れなのに、なんで声かけるんだろ。どうしよう)


「聖ちゃん、久しぶりだね。元気?」

「あ、はい。鎌田さんは彼女…出来たんですね?」

「ああ、彼女じゃなくて僕の姉さんなんだ」

「そうなんですか?てっきり彼女かと…」

「ううん、あれ以来女性には縁がなくてね。聖ちゃんは?1人で来たの?上野公園に1人でいるのは珍しいね」

「いえ、いえ、母親が田舎から上京して来て、そこの東京文化会館に送って来たところなんです」

「そう。うちも姉さんが福岡こうへいのファンでね、送りに来たところなんだ。じゃあ、お母さんも福岡こうへいを見に来たのかな?」

「はい」

「そっか。もし良かったらこれからお茶でもどう?」

「ぜひ!この間のお詫びをさせて下さい!」

「あはは。そう?それじゃお言葉に甘えようかな」

鎌田さんはそう言って、お姉さんのところに行き、そこから別行動になった。


私と鎌田さんは、場所を変えようと移動し、鎌田さん行きつけのカフェに行った。


「この間は本当にごめんなさい。あまりの汚さで驚いたでしょ?」

「正直驚き過ぎて、世の中にはこういう人もいるんだって思ったよ」

鎌田さんがコーヒーを1口飲み、ため息をついた。

「私あれから一念発起して、大掃除しました!また来てもらっても大丈夫です!」


(あちゃ!これじゃあ私が未練あるみたいじゃん!恥ずかしい!)


「そうなんだ。頑張ったんだね。僕も聖ちゃんに会ってからずっと忘れられなくて、インパクトが強かったって言うか…。うん、聖ちゃんさえ良かったら、正式に付き合いたいな」


(えー!びっくり!)


「あ、あの、…。私でいいんですか?」

「うん。聖ちゃんがいいんだ。例え部屋が汚くても、僕がキレイにしてあげるよ」

「ありがとうございます!それじゃ、これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく」


願ってもいないことが起きた。これで私にも春が来た。


✤✤✤


地下鉄に乗り商談社に向かった。

「渡辺さん!今度こそ力作です!読んで見て下さい!」

「福富さん、なんか垢抜けたね。いいことでもあった?」

「ま、まあ…。えへへへ…。」

「ん?今度はラブストーリーじゃないんだ。ふむふむ…。」

渡辺さんが数ページめくりながら読み始めた。

「いいね、これ。あとでゆっくり読ませてもらうよ」

渡辺さんのOK。10年ぶりだ。

「よろしくお願いします!」



タイトルは【汚部屋の彼女】。



おわり

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汚部屋の彼女 @sekai_18

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