第11話:死体の袖口

 東京タワーに着く。

ジェットくんとサテライト……伊織ちゃんと話してから少し調子がいい。

自分では気にしていないつもりだったんだけど、どうも罪悪感みたいなのはあったみたいだ。それを晴らしてくれた。心が軽くなったみたいだ。

雪も降っていない、晴れた空に真っ赤な夕暮れ。時間的にはちょうどいいだろうか。たぶんボイドは先に居るだろう。待ち伏せしたいところだったけどしょうがない。

……それにしても、周囲の様子がおかしかった。車は最初めっちゃ渋滞してたんだけどこの近くには一切なし。歩いてる人はさらに皆無になっていて、壊されている施設まであった。

「さては誰かまたテロとかしたんかな……?」

残ってたのは慧人くん辺りだろうか。あの女の子もまだ捕まってないハズだけど……なんか違いそう。

さっきも確認したけど東京タワーを見上げる。

あれから2日、さすがにもう居ないみたいだな。使えない左手と、武器を装備した右手の指を確認。結局公園で準備したけど使わなかった靴下に石を詰めた”ブラックジャック”も一応ポケットに入れて、警戒レベルも少しの余裕が残るくらいに上げていざ、入り口に入る。

自動ドアを通ると、そこには誰もおらず荒らされた跡だけがあった。そのクセ4つ小さな四角があるのが目に入る。丁寧に床のチリまでどかされているその形はちょうど長机が置かれていたようだった。さらにその辺りにケーブルが1本、放置されている。HDMIケーブルだ……。

さっきの外の様子を思い出す。

普通車が入らない所まで乱暴な轍が何本もあった。規格の揃ったごついブーツの足跡も。

……見ないことにはなんとも言えないけど、機動隊が入ったんじゃないだろうか。このロビーに基地を構えて……エレベータ前にも足跡がある。上に突入したんだ。

這いつくばって足跡に目を凝らす。

「濡れでら……」

そんなに前じゃない。

にもかかわらずここはもぬけの殻だ。絶対におかしい。他に何かあったような痕跡はない。……撤退したんだ。

特殊部隊のルールは知らないが、何が起こったかおおよその予測は必要だ。こういうものは準備で大部分が決まる。

上に突入したってことはたぶんボイドが居るそれは間違いないだろう。1人だろうか?……あの女の子はいるかもしれないと思った方がいい。

エレベータの前の足跡……降りてきたものはない。突入チームが階段で降りてくるこたないだろう。となると、上で全滅。方法は分からないがボイド1人、か2人に訓練された特殊部隊が殺された。今さら生かすこともないだろうし。

そしてそれを受けて地上チームは撤退。……うん、あり得るんじゃないだろうか。じゃあ撤退を余儀なくされたその全滅理由は。……少人数で、あの地形で、1部隊を倒す手段は1つしか思いつかない。エレベータ前に罠。間違いないだろう。

だったら部隊を再編成してまた機動隊が来るだろう。急がなくては。


結論。念のため階段から上がり展望台付近では特に警戒。2人はいると想定して、可能ならボイドだけを殺し素早く立ち去る。


じゃあ行くか。ダルいけど。エレベータを素通りして真っ赤な階段に足を掛ける。



 カンッ…カンッ…カンッ…カンッ…

ああ……高い。疲れる……。この4日間ホンッットに歩きっぱなしだ。東京に住んでる人より歩いたんじゃないだろうか。帰ったら地図で距離でも計算してみようかな……。

カンッ…カンッ…

結局九郎には会えなかったな……。ジェットくんは会ったらしいけど、上に居るはずもないし、これが終わったら俺はなんとか誤魔化して、荷物を貰ってしれっと帰るつもりだ。さすがに何にもしてない顔で遊んでられないもん。

カンッ………。

ふと外を見る。夕陽に照らされたビル群、不気味なほど誰も居なくなってしまった街、東京。ところどころで煙も上がっているのが見える。もうずっと何かしらのサイレンが響いていて。なんというか、空虚だ。夢の跡……って感じがする。

カンッ…カンッ…カンッ…

この街が元通りになるのはいつになるんだろう。あのフレアちゃんも何かやらかしたみたいだし、この有様ならしばらく大混乱が続くだろう。ず~っとニュースとか見ていないから分からないけど。じさまも知ってんのかな?

カンッ…カンッ…カンッ…

あぁ……マジで疲れた。そろそろ着くし、ちょっと休んでから……?

なんかあるな?鉄骨に何かある。ロープと、狙撃銃?となんか入ったジップロック。切られた落下防止ネットを越えて見に行く。誰かがここにいたみたいだけど、あの女の子だろうな……。このロープで鉄骨に体を固定していたんだろう。

狙撃銃は室内で取り回しが難しすぎるのでいらないけど……、ロープは貰っていこう。なんかに使えるかもしれない。

…………それにしてもよくこんなところに。最初に撃たれたときから思ってたけどあの子とボイドは他のメンバーとは違った空気がある。思いもよらないなんかがあるに違いなかった。僕には関係ないけど。

ヒュウウゥウーー……!

―――風の音がする。いや、さっきからだけど、ちょっと違う。どこかに吹き込む音だ。見上げると展望台。……その一ヶ所から何かが1本飛び出ている。あのガラス割れてるのか。さっき下から見たときとは違う面だった。

丁度いいな……。

エレベータに罠があるなら階段にも何かあるかもしれない。あそこから入られるなら裏を取れるだろう。

尺取虫みたいに逐一命綱代わりに自分と鉄骨を巻き付け、左手に体重をかけないよう慎重に上がっていく。

割れた窓から垂れ下がったソレは、人の腕だった。

黒いプロテクターの付いた肘と硬そうなグローブ。たぶん特殊部隊だろう。

うっすらと血が滴り、ピクリとも動かない。死んでいる。

展望台を支えている鉄骨から身を乗り出して掴んでみる。思いきって引っ張ってみるがびくともしない。手の雰囲気から察するに体重は80kgはある大男に見えた。装備も合わせればめちゃめちゃ重いだろう。一瞬体重かけるくらい許してくれそうだ。

…………よし。

命綱を一番上に固く結び付ける。

行くぞ。

「……ふっ!」

右手でできるだけ死体の肩付近を掴む一瞬僕の体が宙に浮く……!!やっば……!

すぐに死体の袖口に噛みつき、左手は添えるだけ。右手を離し、すぐさまガラスの残っていない淵を掴む。片手と少しの顎の力でむりやりに上がるッ…………!!

肘まで上がってすぐに、死体の腰のアーミーナイフを抜き取り命綱だったロープを切る。

ああ……!ここらでいっちばん死ぬかと思った!!

「フーッ……!」

落ち着いてはいられない。ここにボイドが居るはずだ。

物音を立てずに低い姿勢のまま周りを確認する―――!

「ギェヒ……!」

―――普通に居るじゃーん!

目の前だった!!

「ギヒッ……ギャハハハハハハ!!ブフッ…!!アーーッハハハハハ!!!」

うるさ!きったな!

……一見油断して笑っているだけに見えるが、それだけのはずはない。動かず慎重に観の目ってヤツで観察する。

「エレベータで待ってたら、ふと目を向けると死体がピクッと動くじゃないか!まったく!偶然気づいてなかったら侵入されていたよ!!」

爆笑しながら涙を拭く。……隙だらけでは?

「とはいえ……もう関係けどね。ハロー賽ノ助くん、聞こえてないだろうけどね!?」

…………ん、なんて?

「あれだけ煽ったんだ!!キミも配信を見たんだろう?だから……キミには僕が認識出来なくなっているのさ!!ギャハハハハハハ!!」

…………何か重大な誤解があるみたいだ。ちょうどいいので喋らない。目も合わせてないから興奮状態の彼にはバレてることがバレてなかった。

「ハハハハハ!!…………ハァ」

あっ、急に落ち着いた。

「あれだけやったのに……肝心な部分は妨害された……。タイミング的にはあの名前を言うと自動で検閲される……ってことかもしれない」

なんか言ってる。僕はわざと周囲を見回す。そして彼は懐からバタフライナイフを取り出した。

「もはや賽ノ助くんも邪魔なだけ……殺して、ポラリスと新しい道を考えようか」

カチャカチャ。

僕にその刃を向ける。


「じゃあね、賽ノ助くん」

「へばな、ボイド」

アーミーナイフを彼の腹に突き立てる。


「………………え?」

「いや、わりばってなずっと聞こえてたし見えてた。おめがなん抜かしてるが、なんもわがらんがってな」

「…………いや、え?」

「いやだから、ずっと何言ってんだろうって思ってたんだけど……なんだったの?」

コポッ…っとボイドの口から血が溢れる。終わった。

「……ガフッ。……いやいや、ダメだよこんなのまだ目的も…さ…」

「知らね。僕さ手ぇ出したおめがわりーな」

「クソッ……クソッ!せめてッ……!!」

依然放していないバタフライナイフを構える。が、もう死にかけだ。そのバタフライナイフを右手ごと蹴り上げ彼方に押しやる。

そしてダメ押しに、穴をあけて右手の親指と人差し指に銅線で巻き付けた、研いだハトのくちばしで喉笛を抑える。すぐに皮膚が破れ血が滲みだした。

「…………ゲハッ……!何なんだッ……!お前…………!!」

「おめさば関係ねーな。お前の事情が僕に関係ねーみたくな」

「………普通じゃ……ないッ……!」

お前が言うか。

警察が来る前に逃げとかなきゃならないな……。

「最後に言うことは?それくらいはいいよ」

「……ッくッ…………ポ、ポラリスを、あの女の子を頼めないッ……かな?」

「あ?」

ちょっと緩めてやるか。もうしまいだし。

「……ゴホッ!!あの子はッ……特殊な能力のせいで…ある組織に暗殺者として育てられたんだ……僕もだけどね…。そこから逃げ出したんだけど、1人じゃあ生きていけない…。必ず、捕まる。キミが田舎に連れてって、そこで穏やかに過ごさせて欲しい……うっ!」

ダバダバと口から血があふれ出した。腕にかかる。

「キミならそれもできそうだ……。これを……僕を殺した責任、取ってもらうよ……!」

「……ほへ~……。色々あったんだなぁ。……いいよ約束しよう」

野生動物を殺したら食べるように、殺した命には平等に敬意を払うべきだ。となると、探さないといけないな……。

「……ありがとう……!それさえあれば何もいらない……喜んで死のう……!」

「へば、ケジメだ。殺す」

ボイドは目をつぶって、体の力を抜く。本当にそれが目的だったようだ。その覚悟は尊敬できる。

が、俺の最優先は俺のルール。

指に力を込めて。

全力で喉を引き裂いた。





 あれから、1週間が経った。

結局、賽ノ助には会っていない。あの神出鬼没のことだからたぶんこっそりと帰ったんだろう。新幹線のチケットも財布に入っていたからどうやったか知らないが、どうせそれもバカみたいな手段なんじゃないだろうか。

羽田空港で拾われていた財布は俺の携帯の番号とかをメモった紙を挟んであのじさま宛てに郵送しておいた。その内電話してくるだろう。

「いや~……しっかしホントに参ったよねぇ~。爆破テロとか、暴走族とかさ、もう……その処理でいっぱいいっぱいだよ……」

いつものコンビニ、バックヤードで相変わらずパソコンをカタカタしている店長と話す。気持ちはわかるが、ずっとその話だ。

「しかも実行犯、幹部って連中は誰も捕まってないとか!……怖いねぇ~」

ピタッと店長が止まり、珍しくわざわざ顔を向けて聞いてくる。

「九郎くんは、何か知らない……?」

あのとき潟倉さんに怒られたことを俺は忘れてない。なぜなら人は成長するので。

「知りませんよ。俺も出先で危うく巻き込まれるところでして……それどころじゃなかったんで」

「……そう。ま、無事で良かったよぉ、なぜか本部は営業しろって言うし、ぶっちゃけシフトに穴開けられちゃ困るし」

そう、こうやって人話せば絶対にその話になるが、マクロで見たこの世界は驚くほど何も変わらなかった。どの企業も一様に『いち早く復旧できるように』だとか『元通りを目指して』だとかしか言わない。

何よりインターネットですら情報はほとんど更新されない。こうなると巷で流行っている陰謀論もあながち間違いじゃないのかも………いや。終わった話だ。別に思い出さなくてもいいじゃないか。

「お疲れ様でした~……」

「あっ、九郎くん!」

「……何です?今死ぬほど疲れてるんでシフトなら変わりませんけど」

「へば!まずね!」

「………フフっ。はい、へばまんず」

店を出る。

いち早く帰りたいところだが、今日は寄るところがある。面会謝絶が解除されたらしいから。



 「失礼します……。お加減どうですか?」

静かに病室に入る。そんなの要らないって言うだろうけど一応形だけの花を携えて。

「……あぁ。九郎くんか……見ればわかるでしょ?最悪だね」

顔を包帯でぐるぐる巻きにされている男がほんのわずか、右の目線だけを寄越して適当なことを言う。

「ホントに驚きましたよ。潟倉さん」

「僕だってそうさ、なに?ローラースキーって……?」

分かれ道のあと、潟倉さんはあの慧人くんの影武者”イチ”とやらをパトカーで追った。やっぱり慧人くんには技術も気合も及ばなかったみたいで、さほど苦も無く捕まえたそうだが。

「参ったね。スナイパーまで居たとは」

俺が空中を優雅に泳いでいたときに聞こえたあの銃声。影武者に1発パンチ入れた直後に狙撃されたのが潟倉さんだった。

「一瞬東京タワーの辺りでキラッと光ってね、直感で顔を逸らしたワケ。こういっちゃなんだけど……凄すぎない?」

「えぇ。一生誇れると思いますよ」

左眼が抉られたが、逸らしたおかげで脳には入らずこめかみを抜けたらしい。どんなテロリストよりもこの人のが怖かった。マジで何なん。

「……ふぅ。今、外ってどうなってるの?」

「…………何も。『元通り』が合言葉みたいで、みんな忘れようとしてますね。……正直違和感だらけです」

「…………そう。そうか。なるほどね。九郎くん、これはアドバイスだ。君もそうした方がいい」

真面目な顔をしている、らしい。隠れてるけど。

「言われるまでもありませんよ。賽ノ助も見つからなかったし、俺はあの4日間、家に引きこもっていました」

「それでいい……たぶんだけどね」

「あぁ……でも」

花瓶に花を生けると座ることなく、目を見て言う。

「頼れる刑事の友達はできたんですかね?」

「ふっ……!アハッ……!あ、あまり笑わせないでよ痛いんだから……!……そうだよ…!キミには何故か刑事さんの友達ができたのさ」

「少年課、だよね?」

「そ、そう!ククッ…!その通りさ」

ひとしきり小さく笑いあう。

「……じゃあ行きますね。俺はいつも通りの日常に」

「じゃあね!………あ!そうだ、最後に一つ――」

病室のドアに手を掛ける。

「僕を撃ったスナイパーは、どうなったか、分かる?」

「………いえ、”オウムアムア”は全員、行方不明だそうですよ」



 やっと帰れる……。あれからしばらく疲れやすいったらない。

しかも、帰ったら帰ったで狭いんだもん。気ぃ使うし。

「ただいまー……」

「あぁ、おかえり」

「おつー」

俺の筋トレ器具を丁寧かつ勝手に使っているこの男はジェットくん、名前は言いたくないらしい。うやむやの内にふわっと退院したらしい、テロリストだ。ただし何故かめっちゃイイヤツ。

あと人のベッドに寝転がりこっちも見ずにパソコンをいじる女の子、サテライト名前は伊織。何があったのか知らないがこっちも失敗したテロリスト。ただしねらー。

「さっき潟倉さんのとこ行ったけどさ、そろそろ出ないとバレるかもしれないよ」

「……そうか。伊織はどこ行きたいとか、ある?」

「んーん、あんまりない。ここ居心地いーし」

勝手に上がり込んできて全然何日も経ってないんだが、どうやらこの内弁慶らしい女の子は俺を内側に入れたようだ。

「分かった。九郎、もうしばらく頼めないか……?」

「お金なら入れるからさぁ。ウチ稼げるしさーあ?」

段々分かってきたがコイツらはデカいだけの犬猫みたいなものだ。

「チッ……分かったよ!とにかくせめぇんだけどな……デカいのもいるしさぁ」

「ありがとー!」

「無理はしないでくれよ…?九郎」

「……お兄ちゃん、こいつチョロいね」

聞こえてンだわ。

「メシは?どうする。なんも買ってきてないけど」

この2人、めっちゃ食うから困る。

「外行こうよ、ずっとこの狭い部屋いて疲れちゃったからさ!」

身の程だ。

「お前さ……テロリストぞ?」

「俺も……ラーメン食いたい」

「…………捕まっても知らん顔するからな?」

脱ぎかけていた上着を着なおし、賽ノ助の財布を持つ。半ばアイツのせいで居座られてるんだ。ちょっとくらい金出してもらおう。

3人そろって玄関を開けると、ドア前に居たであろうハトがバサァっと飛び立つ。

「イギャアッ!!」

「え?なに?」

「ハ、ハトォッ!!ハト!ハト!」

なんだコイツ!?ハト恐怖症なんて初めて見た。いったい何があったんだ。

「わりと近くにうまい町中華があるんだけどさ。ジェットがいればたぶんあのババァもなんも言わねぇと思うから。行こうか」



 あれから、1週間が経った。

結局、九郎には会っていない。まぁでもあの寂しがりのことだから絶対に連絡してくるだろう。僕の荷物は結局取り戻すことができた。かなり乱暴な話だけど、ちょうど保管していた交番が暴走族にずったずたにされていて、こっそり入って取って出ていけた。窓という窓とかも全部割られていたから、僕としては廃墟に忘れ物した。くらいの難易度だ。

ただ、財布はない。運転免許証も入ってるからなんとかなってほしいけど空港にだけは近寄れない。かなりバッドだけど、まぁ最悪じゃないしいいや。

最終日、荒川で体を洗いバカみたいに震えながら遺された服とネックウォーマーを慧人くんからいただいたので、特に職質とかも受けることなく新幹線に乗ることができた。

お気に入りの服とか外套も全部捨てることになったのは嫌だったけどそれも仕方ない。何しろ荷物が多すぎたもの。

「おい賽ノ助ぇ!いい加減はだらげでば」

「わがっだわがっだで……!足ばまだいでんだもの、許してけれでや」

も~しばらく足がパンッパンだった。東京タワーも階段で上るし、終わった後も歩き詰め。最後にゃ荷物も40kgはあったしな。

「ばがっこが…」

じさまは一連のニュースなんてまったく見てなかった。相変わらずテレビつけるってなれば相撲とサバンナの動物特番ばっかりだ。余計な怒られが発生しそうなのでもう一切合切を伝えてない。……さすがに腕に穴開いてたのもあるし、聞かないでくれてるってのもあるか。あるよなそりゃ。

「おめより、シロちゃんのがよぉぐはだらぐでな!スジだってもの!」

そりゃ、旅行行って女の子背嚢に詰めて帰って来てたらなんもなかったはずないもんなぁ……。


 

 東京タワーを降りた後、ちょうど登ろうとしてた彼女に会った。

「あれ?ポラリスちゃんだよね。どうしたのこんなとこで」

「あなたは……。うん、ボイドと合流して、狙撃地点に再配置。そういう指令」

「…………あ~、やっぱりね!ちょうど指令の変更を伝えようと思って探してたんだ!今聞いてきたところ」

さっきボイドから渡され……託された彼の名刺を渡す。最初に僕がもらったヤツとは違い、ステンレス製だった。角に血が付いている。

「これ……!」

「彼はもう死んだよ。まぁ僕が殺したんだけど」

「……そう。…………次の指令って?」

「例の組織の手が届かなさそうなとこで平穏に暮らせ。ってさ。彼は僕に付いて秋田に来ればいいって言ってたけど。それはキミが選べ」

それから、無表情を保ったまま、僕の顔をしばらく見つめて答える。

「…………新しい指令に従う。あなたについていく」

「そ。じゃあとりあえずすぐ離れよう」

そうして彼女は同行してきた。

「なぁ……その”ポラリス”ってのコードネームってヤツだべ?本名は?」

「ない」

「不便だな……。じゃあ、……龍前河原 シロ。適当だけど、そう名乗ってもらってもいい?」

「うん」

彼女の胸の内はまったく分からないし、それでいいと思う。


帰った僕とシロでじさまに頼んだときの話だ。

「じぃ?わりばってコイツも、養ってもらっていい?」

「ああ!?おめなに……」

じさまは彼女の顔を見て、なにかを察したかのように口ごもる。

「部屋だばあいでらどもな、おいさばり頼むな。おめも稼げ」

「……おうっ!だっでやシロ。あっちの部屋で寝や」

「……おじいさん」

飾ってある毛皮やら証書やらを見て言う。

「あ?」

「おじいさんは猟師?」

「んだ」

「……じゃあ私も手伝う。手伝えるから」

「……ダメだ」

「でも賽ノ助は山に入るんでしょう?」

こっちを見ている。頷いておく。

「賽ノ助は私が殺すから、見てないと……」

僕とじさま、目を見合わせてパチクリしてから……。

「「ハハハハハッ!!!」」

「ウケる!最高!」

「面白れぇでな!」

ずっと無表情だったが、さすがにこのときばかりは困惑が見て取れた。

「じぃ!コイツより向いでるヤヅばいねぇや?それに銃の扱いもうめぇんだ!頼むでや!」



 ってなわけ。

銃はさすがに握らせちゃいないが、じさまの理屈、透明の心の中に一筋の黒を備えていたシロは気に入られて色々修行中の身となっている。

僕も別に彼女に殺されるぶんには文句が出ようはずもない。何だったら出会ったときに殺されてないのが不思議なくらいだと思っていたくらいだ。それだけのことをしたんだから。

「賽ノ助。郵便」

「ん、ああ。ありがとう」

明日からバイトも復帰しなきゃならない。ゆっくりと左手で受け取る。まぁ8割使えるか……。きりたんぽ鍋くらいなら全然持てる。

宛名を見ると『保田九郎』。

記念品みたいな扱いで持ってたつもりが、なんか気に入っちゃったハトのくちばしの爪で梱包を切り裂く。

そこには僕の財布が丁寧に梱包されていた。アイツ……最高だぜ。

ちゃんと身分証とか……うん。全部入っている。気が利くなぁ。

あれ、お札のところに紙がある。

電話番号と、『5千円頂きました』の紙…………。

そんな入ってたっけ?知らねぇから別にいいか。もろとけもろとけ。



 『はいこちら保田ですぅー』

「あ、もしもし?お疲れです茶田賽ノ助です。九郎くんで合ってますかぁ?」

『おう、お疲れー……いやぁお互い大変だったみたいだなぁ……』

「あ、どっかから聞いた?僕もジェットくんに軽く聞いたんだばって、警察について歩いてたんだって?面白いじゃん」

『お前のが面白いだろ……。ボイドの配信に名指しで敵とか言われてたのお前だけだからな』

「え?初耳なんだども。配信見てないからなぁ」

『マジで?あぁ……だから家の電話なのね……案の定壊されたんな』

「うん。撃たれた。新調したらまた掛けるわ」

『ほえ~……おもしろ。だからってこっちの予定崩したんは許さんけどな』

「わりってばや…!また盆なり正月なりこっちさけぇな。色々あるでな」

『おう』

「あっ、観る予定だった映画ってもう見ちゃった?」

『いや、とっといでる。DVD買うべ』

「おっ頼むな」

『そうだ、お前どうやって帰った?羽田でな、一応犯罪者だでや?』

「マジが?フフッ。そらそうか。毒針があんなうまく作れるども思ってねがっけな。なに、普通に新幹線で帰ったや。でっけー土産ど一緒に」

『まぁジェットくんが訴えだりは絶対にしねって言ってらっけもん。もう行かなきゃ大丈夫だろ』

「おっ、さすが。ありがとうって言っといでけれな。伊織ちゃんさも」

『あぁサテライトの子な、あの子だばハト恐怖症んなったって騒いでら。お前なにしたの?』

「あははは!マジ!?わりごどしたなぁ……いやね、向こうさ聞いでみ、面白れぇがら」

『分がった。そういうどぎぜって面白れぇがらな。楽しみだ』

「…………」

『…………』

「『ギャハハハハハハ!!』」

『……何だったんだろうな!?』

「ほんっとそれ!わげわがんねってな!!」

『あぁもう…………無事で良かった』

「な」

『うん……じゃあ』


『「へばまんずな」』

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