第11話:ぺっ!!げほっ!口に入った!

 「ここだね。この下」

橋やんけ。ホームレスとか見たことはいくらでもあるが関わったことはない。どんな生活をしてるのか、想像もつかないというかしたことがない。

橋の上に路上駐車して車を降りる。歩道はやっぱりびちゃびちゃだ。

「家に居るといいんだけど」

橋のたもとから回り込み土手を降りる。ちょっと滑る。

橋の壁際には”家”が4.5軒並んでいる。

「スミマセーン、金児さんいらっしゃいますかぁ?」

全部に聞こえるギリギリの声量で声を掛けると、手前から2番目の1個だけ段ボールで作ったちっちゃめのコンテナみたいなのがついたお家から誰かが這い出てくる。

「なンだよ……もう来たのか」

ぬうっと立ち上がったそのオッサンは結構な大きさだった。スポーツ的じゃないけど鍛えてる雰囲気が見える。

「おはようございます金児さん。お久しぶりです」

「あぁ辰也か……そうかお前も警察だもんな、そりゃ早ぇわ」

金児は一つ大きな伸びをするとのたのたと歩いてくる。汚いコートのポケットを漁り、剝き出しのくしゃっとしたタバコを取り出して咥える。

「どぞ」

「おう」

いつもやっているみたいな感じで潟倉さんはライターを差し出す。

「…………ッフゥ~~………で、俺んとこまで来たってことは、あのバカ。始めたのか」

「ええ……全員駆り出して、あの事件の犯人を出せ、出てこいって」

「チッ!あのバカが……!なンにも分かっちゃねぇんだ……」

うーん……居心地!大人の世界ってカンジ。

「……おい、そっちのお前は?」

「あっ、保田 九郎って言います。一応捜査協力者?ってヤツです」

怪訝そうな顔をされる。このやり取りも何回目だろうか。恰好がよくないのだろうか?こんなにカッコイイのに。

「……で、何の用だ。俺にできることはないぞ。知ってるだろうが今の”罵弖悪”は慧人のモンだ。誰も俺の話なんか聞かねぇだろうさ」

「でも慧人くんには届く。あなたの言葉が必要です」

「ダメなんだ。……一昨日来たんだわ慧人。俺にも手伝って欲しいってさ。そこでケンカしちまって。もう会わねぇとさ」

渋い調子で話が進むが、どうも平行線になっているようだ。潟倉さんが焦れている空気が伝わってくる。段々と緊張感が高まっているような雰囲気が漂っていた。あっちの方は。

ちなみに一方俺はというと川岸で石をひっくり返している。全然何もいなかった……。

「………そのとき、どうしても止めらんなかったんですか…?」

「……フゥ。いや止めなかったよ……。俺にゃその資格もねぇからな……」

静かだなぁ………。

「ああ…………?」

あれエビじゃないか?

「金児さん……アンタずいぶん腑抜けちまったなぁ?さっきから聞いてりゃ女々しいことをよォ……!」

ん?

「そりゃあ慧人はまだガキだよ……あンときも、今だってな。だけどそれを支えるってのがあんたの役目だったじゃねェか!それが和花さんの頼みだったンじゃあねぇのか!」

あんなにいつもニヤニヤしてた潟倉さんがドスの効いた声で啖呵を切る。普通にめちゃめちゃ怖い。

どうしよう。俺はこのまま向こう岸を見つめるべきだろうか。振り返れば間違いなく修羅場になっている………もうちょい考えよう。保留でお願いします。

「そう……そうだな。お前の言う通りだ。俺はもうダメんなっちまったんだな……」

バコぉッ!バリッドサッ…!

「ック……!」

うわ、絶対に殴った音だ。見たくね~……。

「いつまでガキみてェなこと言ってんだよ!!いつまで一緒ンなって落ち込んでんだ!オレらを引っ張ってた金児さんはそんなんじゃなかっただろォがッ!!」

ガサ……。立ち上がった音だろうか。

事情はうすぼんやりとしか分からないけど……申し訳ないがただただ居心地が悪い。帰りの会で話したことない同級生が怒られてるときみたいとしか。

「うるせぇよ……うるせぇ……」

「チッ…!もういいよ…俺はアイツを捕まえる。誰かが𠮟ってやンねェとなンねんだ」

さすがにこのまま川を眺め続けるのも怒られそうなので恐る恐る振り返る。良かった。バチバチにはなっていなかった。

「九郎くん」

「はいっ…!」

「せっかくついて来てくれたのにごめんね。当てが外れちゃった……。ヤダなぁ」

怖い。ビックリするくらい怖い。こんな怖い人初めて……。

「行こうか。正攻法でとっ捕まえなきゃいけないなぁ」

「はいっ……!」

落ち着いたように見せかけて静かにブチ切れ続けてるであろう潟倉さんが、フラフラの金児さんには目もくれず土手を上がりだす。

とんでもなく困惑したまんま、へこへこしながらついていくことにした。

「おいお前……ぺっ!名前なんつったっけ?」

この人、さっきは強そうに見えたが、なんだか今はジジィに見える。

「九郎です……保田 九郎……」

「どっかで聞いた名前だと思ったんだけどよ……もしかして賽ノ助の友達ってお前か?」

え?ここでも賽ノ助の名前が出てくるのか。……なんかアイツ、いつの間にかこの騒動の根幹にいない?

「はい……そうです。茶田賽ノ助の友達。他に賽ノ助なんて名前もないか」

「やっぱり。一昨日会ってな、友達ンなったんだ。面白れぇから」

マジで何やってんだアイツ。迷子なっといて友達作ってんじゃねぇよ。

「迷子だっただろ?会えたんか?」

「いえ……迷子なりっぱなしです。あのバカは」

「は?……ハッ!やっぱ面白れぇな。……これ、俺がもらったもんだけど元々はお前のもんだ。やるよ」

ゴソゴソと家からなにか取り出す。白い粉をはたいた黄色いぬちゃぬちゃ。それは懐かしのバター餅だった。

「あっ!それ……!」

俺はバター餅には目がないんだ。聖ホームレス卿に急いで駆け寄りバター餅を受け取る。ちゃんと道の駅のヤツだ!

「ちょっと食ったがうまいなソレ」

「ハイ!ありがとうございます!」

「じゃ、行け。………ああいう友達は大事にしろよ」

「ハイ!」

別れ際、チラッと正面の段ボールが剝がれたあのコンテナみたいなのが目に入る。たぶん殴られたときに剝がれたんだろう。そこにはオールドタイプだがキレイに整備されたごっついバイクがあった。

土手を上がると潟倉さんがパトカーの中で無線とお話していた。なんとなく俺みたいなのがいるのはまずいんじゃないかなと思い、少し終わるのを待ってから助手席に乗り込む。

「話、終わった?」

「あ、はい……」

なんかこの人、普通にしてても怖く思えてきた。

「じゃ、行こうか。暴走族退治にね」

「じゃあ退治される方だな」

はい!頑張りましょう!



 「スンマセン………」

「うん、あんまり調子乗んないでね」

ということで現在”罵弖悪”の暴れている現場、中野区に向かう。無線で入った情報によるともう少し西の方で配信していたようでそこから中央に向かっているようだった。交通ルールの一切を無視し、警察車両や建物を破壊しながら。

「まったく……目的に我を忘れて自分も同じことをしているとは思わないのかな……」

ザザッ―――

―――また連絡が入る。どうやら交番に火炎ビンが投げ込まれたらしい。昨日の混乱も冷めやらぬまま、まさに世紀末然としてきている。もはや教科書に載るような一大テロリズムだろこれ。

……ここまでして、当の計画者であろうボイドは何を考えているのだろうか。

暴走族がこの先で暴れているだけあって、中央分離帯の向こう側は逃げる人々で溢れかえっていた。とはいえこちらもとにかく混乱状態だ。警察車両でなければ逃げることもままならないだろう。

……アレを積んどいて良かったかも。この状況で使ってたらのんきだと思われるけど。

「一つ気になるんですけど、さっきから無線を聞く感じ、襲われたところとかはいっぱい入ってくるけど誰かが轢かれたとか向こうが事故ったとかはないですよね?入ってこないだけ?」

この混乱の中だ。暴走族の連中だって事故やらかしそうなものだが。あと単純に逮捕者も少ない。

「……”罵弖悪”は元々は走り屋に特化したゾクだった。今は暴力的な面が大きいけどそれでもバイクの扱いに秀でていることが入る条件っていう伝統は今も変わらない。たとえ飛び出しが来ても避けるような連中だ。捕まえるのも厳しいだろうね」

それに……と続ける。潟倉さんもたぶんバイクうめぇんだろうな。

「その中でも慧人くんはケツモチ……殿のことだね。最後尾で警察の追跡を振り切る役目の歴も戦績も驚異的だ。逃げることに専念されたら絶対に捕まえられない……」

めっちゃ褒めるじゃん。

「それでも彼らの暴走もその目的も、慧人くんが中心にいる。彼さえ捕まえてしまえればきっと沈静化するだろう。直接狙うよ」



 少し進んだころ、微かに爆音が聞こえてきた。矛盾しているようだが、遠くで聞いてても、これは爆音だな。ってなるヤツがあると思う。

剝き出しのエンジン音にたまに破裂音。間違いなくバイクの集団だ。

ビルで反響するその音は、おおよそ右ナナメ前から左に向かっているように聞こえる。このまま直進すればちょうど交差する形だ。

ただもしカチ合ったとて、どうやってバイクを止めるのかは俺には分からなかった。

すぐに、彼らの進行ルートであろう大通りの前まで来る。ここまで来ると動いてる車が見当たらない。新宿でこれは信じられない光景だな。

爆音集団はまだ右側だが既にクソデカ音量だ。近かった。

「………で、どうやって止めるんですか?」

唾を飲み込み、潟倉さんを見る。据わった目でタバコをもみ消していた。

「車をぶつけるしかない」

「ハイ」

助けて助けて助けて助けて助けて………!

バァオオオオォォォオン!!!パンッ!!パンッ!!

先頭が見えた。

と思った瞬間こちらが急加速する!この人、マジだった。今半径50m以内には俺以外ゾクしか居ない。先頭の後ろにつくようにこちらも左に曲がる。先頭だけ飛び出ていたらしくバックミラーにはバイク集団が見える。

そう決めていたのか、それともあの一瞬で判断したのか分からないが先頭はたぶんあの三札 慧人、”コメット”で間違いない。意外にもスポーツ的な?形のバイクに乗っていた。ただそのケツには異質な三角の旗を立てている。たぶん彗星の絵と”罵弖悪”って書いてあるのが見える。それだけはダサい。

潟倉さんが無線機を食べる勢いで口に当て、有言実行、めちゃめちゃに𠮟る。

『オイ慧人ォ!!止まれェ!!今ならブン殴ってからネンショーで勘弁してやるからよォ!!』

この人、もうずっと怖い。本性を一切隠さなくなってんじゃん。

ノーヘルのコメットが振り向いて、たしかに俺らと目が合う。まだ少年って顔をしている。

少し速度を落とし、右側を並走してくる。潟倉さんが窓を開けた。

「潟倉サン!久しぶりだなァオイ!大人ンなったと思ってたがよォ、まだまだ特攻隊長も出来んじゃねェかァ!!?」

この爆音の中、不思議と通る声をしている。

「最後の警告だぞ慧人ォ!止まれ!!ぶつけンぞ!!」

「上等だコラ!!バイクもねェ潟倉サンにゃ止めらンねェなァ!!今さら引けっかよ!!かかってこいや!!!」

決裂。若干怪しかったが、警察と暴走族の会話はこれで終わり。もはやゾクとゾクになる。抗争が、始まった。あ、あと一般人がひとりね……。



 場所は新宿、周囲に車はなし。こちらはパトカー1台に対し、横を並走するバイクと背後に数十台のバイク。なお路面の状況としてまだ雪解け水でところどころ濡れている。

潟倉さんが真ん中分けの髪をかきあげ、オールバックに固める。どう見ても狂犬。

「九郎くん、しっかり捕まっててね」

「ハァイ……」

半ば諦めの感情でもって、でも最後までは付き合おうと思う。乗り掛かったパトカー。

横に居るコメットが後ろの集団に何かのハンドシグナルを出し、前方に出る。そしておもむろに蛇行運転を始めた。たしかに暴走族がやるイメージがあるが……なんで?

加速する。こちらも、そして向こうも……?え?はっや。蛇行運転をしながら明らかに急加速をする。

「アレが慧人くんの得意技だよ。通称セーリング。後ろにデカい旗を片側に張ってるだろ?あれが帆の役割になってビル風を受けて、加速と制動をするって自分で言ってた。揚力ってヤツだね」

それマジ?

「彼以外扱えなかった意味不明の技術だけどね……ツッコんじまえばいい」

それマ

グンッ!

かまわずコメットに向けて加速をし――!

「あぁ!!?」

すぐ戻す!瞬間、パトカーとコメットの間を大量のバイクが通過する。そんなに離れてもないのに思い切り突っ込んでくる。無茶な人間しかいない!

「クソッ!時間掛けすぎた!」

バォンバォン――!!

爆音をドップラー効果で彩りながらコメットが見えなくなるほどのバイクが流れる。こちらを攻撃するワケでもなく、いったい何をしてんだ?

すぐに最後の1台が通過していく。通り過ぎていったバイク集団はそれぞれわき道に散っていった。

残ったのは―――。

「うわ……マジか。九郎くんは分かったりしない?」

蛇行運転するバイクが、2台。

まったく同じ車種、旗、背格好も同じに見える上に、見ない間にフルフェイスのヘルメットを被っていた。少なくとも走行されながらだと見分けがつかない。

「いえ……分かんないです、何とも古典的な戦法を……」

「僕も……あんなバカ走法の継承者ができるとかさぁ……」

そして、目の前に二股に別れた交差点が見えてくる。ちょうどY字の交差点。これはもう、そういうことだった。

「マジか……!!賭けに出るしか……!」

別れ道の先を見ると、空いた歩道はそうでもないが、左側の車道はずっと陰になっているようでまだべちょべちょの雪が残っているのが見える。それに曲がりの多い小道だった。逆に右側は大通りの続きって感じで走りやすそうに見える。

―――それが目に入った途端、俺に電流が走る……!!

悪魔的な発想。すぐにシートベルトを外し、むりやり後部座席に移る。

「ちょっ!?九郎くん!?」

「潟倉さんは右を追って下さい!俺は左に行くヤツを追います!」

「ハァアッ!!?」

急いで靴も履き替え、手袋と、”ソレ”を装備する。もうすぐ交差点に入る!

左のドアを開けて、ドアを掴んだまま慎重に足をつく。

「っもうさぁ…!!気ィ付けてよ!!?」

「ハイッ!!」

ガッ!ガアアアアァァァ!!

車を離さないように車外に出て、ドアを閉める。

車体の横を這うように助手席の外に張り付き潟倉さんに手を振る。半ば呆れ笑いの顔をしていた。

パトカーが加速をつけ、俺もその恩恵を受けて加速する。前では案の定バイクが左右に分かれていた。

最後の加速にパトカーを思いっきり押してこちらも左右に別れる。これからはタイマン鬼ごっこだ。

ガアアァァァ!!

全身で風を受けるが、なんとかこのスピードを殺さないように身を屈め足を揃える。

「ハァ!?ンだアイツ!!?」

前のバイクの困惑が風に乗って聞こえてきた。


ガラガラと音を立ててローラースキーで歩道を滑走する。


クロスカントリーをやってたころのものだがトレーニング用に実家から持ってきていた。動力こそ俺次第だが、濡れ雪のある車道とカーブで向こうは速度を落とさざるを得ない。

こちらは乾いた歩道と車から受けた加速でトントン!だいたい今時速80kmは出ている。これが限界だろうが、現に追いついてきている。あとはこのスピードを落とさないようにすればいい。全身を使ってストックを後方に突き流し少しでも減速を減らす。

「キッッショいんだよォ!」

たまらずヘルメットを投げつけてくる!ソレ大事にしろよ!

少し減速してしまうが、アルペンスキーのようにこちらも蛇行運転を見せつけ避ける。この速度でスケーティングしたら股裂けるかな???

顔を上げるとヤンキーと目が合った。コメットだ、こっちが正解らしい。

すぐ曲がりに突入する。

向こうは帆を目一杯張り大きく膨らんでカーブする。

こちらは少しケツを振り、ストックで調整する。計算どおりカーブによる減速は向こうの方がデカい。

追跡が出来ればいいと思ったが追い付くかもしれない。今の直線距離は5~6mといったところだ。

「何なんだテメェ!!」

「知らんわ!!疲れるから話しかけんな止まれ!!」

「マジでなンだよ!!――オイッ!!」

カーブを抜け直進に入ると車道の横に複数台のバイクが比較的遅めに走っていた。ゾクの連中が何かを積んでいる。

そいつらはコメットを認識すると加速しだし、並走する。そして俺を認識した途端面白いくらい狼狽した。そりゃそうだ、バイクとスキーの追いかけっこなんて俺も見てみたい。

その隙は逃さない、スキー、だけにね!

車道に飛び出し下っ端バイクを掴んで減速分を取り戻す。

不気味さに耐えられなかったヤンキーはたまらなくなって後ろ蹴りを繰り出してくる!

「んにゃ!!やめっ!」

バイクの後ろを引っ張りバランスを崩させる。

「おぅわっ!!」

たまらず減速したのですぐに離れる。

「やーいやーい!!バーカ!」

振り返ってみると、浅い水雪に蛇行したタイヤ痕とシュプールが混在するカオスが生まれていた。

「……クソッ!曲がンぞッ!!」

次の交差点が来ていた。ちくしょう、さすがに直角曲がられたあと加速されたら追っつかねえ!!ここまでか……!?

とにかくすぐ後ろについて曲がる。お互いに大きく減速して曲がりきるが、こちらに加速はない……。

せめて見える限り追跡しようと、顔を上げたとき飛び込んできたのは。

一直線の真正面にそびえ立つ東京タワーの姿と。


ババババババオオォォン!!!


後方から鳴り響くひと際大きなエンジン音。

「掴まれガキ!!!」

オッサンの怒鳴り声。真っ黒いでっけぇバイク。金児さんだ!

それを認識する前に手を伸ばす。革ジャンの背中をむしるように掴み、そのままグンッ!!と加速する。チャンスタイム続行だなァ!

「こんなところでスキーやってんじゃねェよ!お前も面白れェヤツだなァ!!バッハハハハハ!!」

さっきのジジィ感とはうってかわってこの状況を豪快に笑い飛ばす。

「辰也は!?」

「ニセもん追ってる!!」

簡潔に伝える。ボディコントロールに必死でそれどころじゃないとも言える。

「分かった!加速するぞ!!」

俺がバイクのケツを掴んだのを確認するとさらに加速する。

「金児ォ!!今さらなんでアンタが出て来ンだよォ!!そンなにオレのこと邪魔してェのか!!?」

俺が発射されたときより動揺している。ビックリ度には自信があったのでちょっと悔しい。

「あぁそうだ!!お前が間違ったときには𠮟ってやるのが保護者の役目だからなァ!!」

それって受け売りですよね?名誉のために言わないけど。

「だからテメェが今さら保護者面すンじゃあねェェェ!!!」

コメットがブチ切れる。

「オメェらァ!!」

「オスッ!!」

ダイヤモンドフォーメーションを組んでいた連中が、コメットを残して左右に2ずつ展開する。なんかする気だけど分からん!

「九郎、オレの合図で跳ぶぞ……!お前は一気に突っ込め!」

金児さんは分かってるみたいだけど……ノーヒントで対応しろってか!?無理ゲー!!

「オゾントラップ!展開!!」

正面で走るコメットが手を上げる!

すると左右のバイクの奴らがケツに積んでいた何かを中央に向けて発射した!

アレは―――!スパイクストリップ警察が暴走車を止めるときに使うトゲトゲマット!!!

「跳ぶぞッッ!」

金児さんがわざと逸れて縁石ブロックの細い切れ間に乗り上げ、俺らは大きな弧を描くように飛ぶ!!この手を離したら間違いなく全身すりおろされて死ぬ!!

「行けェッ!!!」

さらに飛べと言うか……。

エンジン音、足のベアリング、風切り音、怒鳴り声そのすべてが爆音の中で、死を目前にして、俺は究極の緊張と恐怖に乗る。


そして、世界がスローモーションになった。

急に全部が減速したようで自由に体の動きを選択できるみたいな感触。遠心力に任せて宙返りした方がいいかなぁ………。うん、そうするか。

平常心で手を離し、バイクを蹴って飛ぶ。どこに着地しようかな?せっかくだからコメットに2ケツさせてもらおうかな。

身をひるがえして他のバイクを超える。逆さまの世界ではトゲトゲマットは頭上にあった。ッタァーーーン……。

ん?何の音だろう?

後ろを向いた形になり、さっきまで通ってきた道を正面にする。足元にあった旗をストックも足も使わずに重心移動で避けてコメットの後部にお邪魔した。

風景に流れるバイカーたちは一様にとんでもないものを見てしまった顔をしていた。横の4人は良いけど金児さんは違くね?やれって言ったのあんただぞ。

……………で、こっからどうやって止めようかな?

股の下の後輪が目に付く。

割っちゃおっかなぁ………。

手首のストラップを取ったストックの1本を掲げる。

そのまま思いっきりタイヤに突き立てた。



 パァン!

「おおぉおぉぉおぉ!!!?」

何!?何今の!!?初めての感覚だった!引き延ばされた一瞬に、万能感!!アレか!?これがゾーンってヤツか!!?

もし”バイクとスキーで鬼ごっこ”が競技化されたら俺、カリスマやんけ!!

急いで飛び下り、後ろ向きで高速移動する。これが一番怖いだろ!

ローラーを道路に突き立ててブレーキを踏む。物凄い体がナナメになるが、このアスファルトに手でも突こうものならすりおろしになる。なんとか我慢した。

「………ッがぁ……!!クソッ……クソッ……!!」

そして、目の前に制御できずにこけた、ボロボロのコメットと間抜け面で足で走ってくる5人。

有り得ないほど心臓が高鳴っていた。アドレナリンで溺れるんじゃないかってほど。

「ハッ…ハッ…!フウゥゥウ~!……俺の勝ちだ……!!」

「ガハッ……!!…………誰なんだよお前は……」

「もはや俺も知らん……」

スキーを外して、仰向けになっているコメットに近づく。

見たところ頭から血を流してはいるが意識もハッキリしているし会話もできる。不自然な曲がり方しているところもない。安全にこけたみたいだった。さすがというべきか。

近くに来たところで今さらになって疲労とか恐怖とか安堵とか全部に包まれて膝が抜ける。もうダメ……動けない。

「…………ふへっ……はっ、あっははははは!!」

なんかの強制力が働いたように笑ってしまった。

「ヒーッ……!……あー!怖かったァ!!なんだよスキーってさ!アッハハハ!!」

四つん這いになったまま這っていきコメットと顔を合わせる。

「俺は保田 九郎、茶田賽ノ助ってのの友達で、アイツを探してたらいつの間にかこうなってた……笑えない?」

もはや全然関係ないことをしている、この子を捕まえたところで新しい情報があるとも思ってないし。流されやすいのかな俺って。

「ハッ!……笑えねェなァ……まったく。笑えねェよ」

なぜか満足そうな顔をしている。やっぱり強く打ったか?

「アイツを連れてけつったのは金児サンだ……そんでソイツの友達がこうやってオレを止めたってなァ……まったく笑えねェ………」

なんかブツブツ言っている。誰か救急車でも――。

「おいゴラァ!!何なんだテメェはよォ!」

後からヤンキーが来た。5人並んで走るな戦隊か。

「ええ~……」

うんざり。いい加減名乗るのもイヤになってきた。ごろんしちゃお。

「止めろお前らァ!ゴホッ…!俺らの負けだ……バイクで負けちまったら示しもつかねェし、その後でボコったなんて通る道理はねェ」

そんなモンなんだ。意外とルールはあるらしい。プライドの問題か?

「全員に連絡しとけ、祭りはもうしめェよ…。イチの奴も潟倉サンにボコされてるころだしな」

忘れてた。あの影武者イチって言うんだ。……ボコボコ?

………ヤンキーさんたちはグッと何かを堪え、携帯で連絡を始めた。

「……ハァ。俺は勢いで言ったんだがな。ホントに飛んで、しかも止めるとは思ってもなかったぞ……」

さらに遅れてヤニカスのオッサンが現れる。

「あ!?無責任だぞおっさんオイ……」

てっきり確信があるモンだと思ったけどダメだコイツ。

「バハハハッ!わりぃな……。でもすげぇよお前、秋田県民ってのはアレか?戦闘民族か?」

……賽ノ助もなんかを披露したんだろうな。

「……そうだよ」

「バハハハハッ!!」

唾を飛ばすなや……。

「…………さて、だ。おい、ケガはどうだ」

「あァ……動くよ。血も出てるだけだ……」

コメットは自分の手足の挙動を確かめてから、なお起き上がらずに答える。

「まぁ最初に教えたのが転び方だ……お前が一番うまいのもずっと変わらんなぁ……」

コメットの襟を掴んで持ち上げる。190cm近いオッサンと160cmくらいのヤンチャなガキ。めちゃめちゃな身長差のあるまさに親子みたいだった。

…………俺も足元に転がってるんですけどそれは。一番疲れてんの俺じゃないかな。

「さっきよォ、辰也の野郎に怒鳴られちまってよ……。お前は俺のこと、大人って言ったがまだまだガキだったみてェだ………。いい加減大人にならなきゃな」

「ケッ……」

それホントに言うヤツいるんだ。

「大人ってのは子どもを𠮟るモンだけどよォ……俺はこの𠮟り方しか知らねェんだ。……行くぞ」

金児さんが空いた右手を振りかぶる。これから何が起きるか、この場の全員が知っている。そこに込められた想いも伝わっている。

コメット……三札 慧人くんも待っているように見えた。


ゴスッッ!


ズタズタの慧人くんがさらに顔面にげんこつをもらう。せっかく立ったのにまた転がった。………そんな強くいく?

予定調和とはいえ俺は面食らってしまった。ただ、周りのヤンキーどもはどこか満足そうに見ている。どの立場?

「ぐふっ……!……い、いってーなァ!……いてぇ……よ」

うつ伏せの慧人くんから至極当然の苦情が届く。その声は震えていた……。顔を上げないのはみられたくないんだろう。

なんか胸が熱くなる光景だった。漢なら感動せざるを得ない……。

「バッハハハッ!……いてぇか!そうか……オウ。……今までごめ」


ぐしゃっ。


ッタァーーン…………

ん?頭上の金児さんの言葉が止ま……?

バシャ。

「うわっぷ……!何…!?」

上から顔を目掛けて液体が降ってくる。あったかい、色のついたヤツ。嗅いだ覚えのある匂……い……が………っ!

「うおぁっ!!えっ!?」

血だ!動かない体を反射で跳ね上げ転がるように下がる……!金児さんから、血がッ!?なんで!!?

「ぺっ!!げほっ!口に入った!」

目元を拭い、血でぼやけた最悪な視界が晴れる。

ちょうど直立だった金児さんが上を見上げるようにしながら真後ろに倒れるところだった。キレイに立ったまま。

どちゃっ!

重い”物”が倒れる音。それと水たまりに落ちる音。赤い噴水が道路の真ん中にできる。

その顔は……顔があった場所には、穴が開いていた。そうとしか言いようがない。



 「スンッ…!………ん?金児サン……?」

まだ気づいてなかったのか。慧人くんが顔を上げようとする。一方の俺は動けもしないし口も開かない。目の前の情報処理でいっぱいだった。

「え?……オイ、どうしたんだよ急に倒れたりしてさ……」

「オイッ……!お前ら動け!金児さん、どうしたんだよ!……っぐ!」

なんとか立ち上がろうとしている。

「け、慧人クン……かね、金児サンは今、狙撃されて……死、んだ」

ヤンキーの中で一番年上であろうデカいヤツが見たまま状況を伝える。

狙撃……そうだ!狙撃だよなコレ!?どこから!!?

見回すとちょうど金児さんの正面だった方に東京タワーが立っているだいたい地図上の距離で200mくらいだろうか。たぶんそれ。ただ、腰が抜けて動けなかった……!

…………よく見ると、東京タワーの展望台あたりから小っちゃい点が落ちている?

「……んぅっ…!なぁ金児サン!起きてくれよ!」

立ち上がった慧人くんが足を引きずって歩み寄る。もう顔の状態は見えているはずなんだけど、おそらく理解しないようにしている。健気に声をかけ続けていた。

「金児サン……!!噓だよな……!!?今大事なトコだったじゃあねェかよぉ!!」

東京タワーから落ちた点からぶわっ!と何か……パラシュートが広がり、風に乗って飛んでくる。

「……せっかくさァ!!」

「……んぅ!げぇェッ!……はっはっ…!慧人くん!後ろからなんか来てる!!」

吐いちゃった。それと同時に詰まっていたものが取れたかのように、ようやく喉から声が出る。

「ああッ……ああああぁぁぁあ!!!」

だが、慧人くんの耳には届いていない。

金児さんの亡骸にすがって泣いている。さっきせっかく隠した涙をボロボロとこぼし、血と泥にまみれた顔はもうぐっちゃぐちゃだ。

すぐにパラシュートの主が降下してくる……!びちゃびちゃの雪の上をすべるように滑走し絡まないようパラシュートも外して転がって受け身を取る。読んだことないけど、教本に書いてあるんだろうなと思える着地だった。

そしてその……白髪の女の子は散歩でもするかのように歩いてくる。黒染めの拳銃を携えて。

「コメット、大丈夫?殴られてた」

その子は駅と最初の配信で見た女の子だった。たしかポラリス。かなり小さく、オーバーサイズのフード付きポンチョを着ている。あのときと変わらない恰好のようだけど、さらに小さく……というか瘦せこけて見える。

「…………あぁ?」

慧人くんは顔も向けない。豹変したように静かに喋る。

「テメェ……ポラリスか……まさか撃ったのはお前か……?」

「うん、みんなが攻撃されてるのを見たらその人を殺す。それが指令」

淡々と話す。おおよそ感情というものは欠片も見えない。

「オイッ嬢ちゃんよォ!!テメェ誰を殺ったか分かってんのかァッ!!?」

ヤンキー4人衆が歩み寄ってくる。腰から鉄パイプを引き抜いていた。

「……近寄ったら殺す」

「上等だガキ」「おい待てお前らッ……!」

パキパキンッ、パキパキンッ、パキパキンッ、パキパキンッ!

乾いた発砲音が8つ、続けざまに鳴り響く。

一切の淀みない流れるような射撃。それらの銃弾はすべて寸分の狂いなくそれぞれのヤンキーの額と心臓の位置を撃ち抜いていた。

すぐさまマガジンを抜き取りポンチョの内側にしまうと、同じところから新しいマガジンを取り出し差し込む。

そのリロードが完了してから最後のヤンキーが崩れ落ちる。ほぼ一瞬で失われたその命は、断末魔もなくただ空気と血を漏らすのみとなる。

「今のは、襲われそうなら警告ののち射殺。これも指令」

「…………」

慧人くんは何も言わない。

「あっちのも、やる?」

……………………ッ!!

「…………いや、いい。やめろ」

「分かった」

銃を下ろす。

「うぐっ……!おうえっ……!!っあ……!」

今、殺されていた。あんな風に…………!俺も……!!

「……ポラリス、お前が何をしてたのか知らない。東京タワーで解散したあと何してた……?」

「うん、あの後は東京タワーの展望台下の鉄骨に張り付いていつでも撃てるように待っていた」

「……ずっと?あれから2日経ったけど。1月の外剝き出しの地上150mで?」

「うん。待機命令だったから……でもバイクで転んだときは別のところ見てたから守れなかった。ごめんね」

「……たしかでかい銃以外何も持ってなかったよな」

「いや、水500mlと携帯食料1食、ジップロックと双眼鏡、それにこの銃もあった。作戦のときには常に持ってる」

「…………そうか。ボイドが言ってた能力ってソレか」

「うん。脳の機能が壊れてるとかで、集中力のスイッチが切れない……らしい。頭はずっと痛いけど、でも銃を撃つのには向いてるって」

「……そうだなぁ……んっ!」

慧人くんが立ち上がる。こっちもさっきから変わらず口調や顔から感情は見えない。2mほどの距離で無表情の2人が顔を合わせる。

その手には拳銃。と、俺のもう片方のストック。


「……金児サン。オレやっぱ、ダメだったな……」

慧人くんがストックを振りかぶる。ポラリスの頭上に向けて。

パキンッ!

「――ンがッ!」

まったく想定していなかったのか、反射的に銃を慧人くんに向け、撃つ。空いている手の方、右肩に穴が開いた。

慧人くんはひるむことなくそのまま振り下ろすがバランスを崩してしまい、ストックは逸れ拳銃をはたき落とした。

カシャァーー……!

「……え?」

俺の、足元。

「拾えっ!!」

「……えっ!?はい!!」

もうずっと呆然として、アクション映画でも見ている気分だったが途端に現実に引き戻される。言われた通りについ拾ったが、コレ何だっけ?とか一瞬思ってしまった。

「返して」

膝をついた慧人くんには目もくれず、ポラリスはこちらに歩いてくる。

「あなたは一般人…?もしそうならあなたも殺さないといけない。そういう指令。だから返して」

は……?何を言っているのか分からなくなる…。頭がおかしいとしか思えない。とにかく……。

震える両手で銃を持ち上げる。右手の指は痛いので左の指を引鉄にかけて。

「違う、そうじゃない……殺すのは私。あなたじゃない」

さっきはこれ以上ないと思った心臓の鼓動がさらに高まり、全身でイヤな汗を感じる。呼吸は浅く早くなっていき、心なしか目が霞んできたような気さえしてくる。

「撃て九郎ォ……!!」

慧人くんの声が聞こえた。それと

パキンッ!

銃声も。

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