少年探偵ガジェットとぐちゃぐちゃな依頼

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットとぐちゃぐちゃな依頼

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 俺の秘密の探偵道具『ガジェット』ならば、どんな難事件も解決できる。

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。


 

「ガジェットくん……。何か人の気配がしますが……。」


 先ほどから助手少女のラヴが事務所の扉をチラチラと気にしていた。ちなみにラヴの本名は赤川愛子あいこだ。


「確かに、誰かいるな。」


 俺は手を止めて扉の方に向かう。


「誰だ?」

 

 ガラガラ!

 俺が事務所として使っている小学校の教室の扉を開けると、そこには同じクラスの鈴木ヒロシが立っていた。


「ヒロシじゃないか。」

「やあ、一都。」


 ヒロシとは五年生から同じクラスになった間柄だが、休み時間はよく一緒に遊ぶし、クラスの中では仲の良い方だと俺は思っている。


「どうした?」

「いや、実は探偵クラブに依頼があってさ。」

「なんだ。それなら入ってくればよかったのに。」

「いやなんか、入りづらい雰囲気が……。」

「雰囲気って?」


 いつの間にか俺のすぐ後ろにラヴが来て、ヒロシに聞いた。


「雰囲気って何ですか?」

「いや、なんか楽しそうな声が聞こえていたから……。」

「ああ、それはこれです。クロスワードパズル。ガジェットくんとやっていたので。」

「そうそう、暇潰しさ。ヒロシが依頼を持ってきてくれて助かった。」


 俺はヒロシから依頼書を受け取ろうと手を差し出した。

 しかし、ヒロシは手に持った封筒を俺に渡そうとはしなかった。


「ん?」

「あ、ああ、ごめん。まずは話を聞いてほしいんだ。」

「そうか? わかった。」


 ラヴが笑顔でヒロシを教室に招き入れる。

 

「では、鈴木くん。こちらにどうぞ。今、お茶入れますからね。」

「ありがとう、赤川さん。」

「ここではラヴちゃんと呼んでください。」

「ああ、ラヴちゃん。」

「はい。」


 ラヴが水筒からお茶を注いでヒロシに渡した。ちなみに、その水筒はラヴが客用に用意したもので、ラヴが飲む水筒は別にある。

 お茶を飲んで一息ついたヒロシは、改めて依頼書の封筒を机の上に出すと、こう切り出した。


「実は、依頼したいのはこの依頼書なんだ。」

「んん?」

「あ、いや……、この依頼書の内容を解いてもらいたいんだよ。」

「どういうことですか、鈴木くん?」

「この依頼書は、俺の弟が書いたものなんだが……。」


 そう言ってヒロシは依頼書を広げた。

 俺とラヴはその依頼書を見て同じ感想を持ったらしい。


「ぐちゃぐちゃですね……。」


 そこには紙いっぱいに丸とか線とか、いろんな形、いろんな色で、大きさの様々な線が自由自在に描かれていて、文字というより絵のようだった。犬とか猫とか車とか、わかりやすい形状の物はひとつも見当たらない。

 まさにラヴが口にしたように、ぐちゃぐちゃだったのだ。


「ヒロシの弟って……何歳だ?。」

「五歳。」

「文字は……?」

「まだ書けない。」


 俺とラヴはこの難題を前にして同時にうーんと唸った。まさか、依頼内容自体が謎になっているとは……。


「これが依頼だっていうのはどうしてわかったんですか?」


 ラヴが鋭い質問をする。

 ラヴはいつも暴走しがちで少し外れた発言も多い女の子だが、意外と本質をついてくる助手少女なのだ。


「それは俺が一都のことを話したからさ。少年探偵をやってる友達がいるって。」

「それで自分も依頼したいってなったってことですか?」

「そう。これを一都に渡してくれって、どうしても聞かなくてさ。何を書いたのかも教えてくれなくて。」

「なるほど……。」


 俺はそのぐちゃぐちゃの依頼書を横にしたり、斜めに見たり、ひっくり返したりしてみたが、さっぱり読み取ることはできなかった。


「ヒロシ。弟の名前って?」

「タカシ。」

「タカシくんか……。」

「何かわかりそうか!?」

「いや、全然。」


 そもそも文字が書けない幼児の書いた依頼書から文章を読み取ることはできないだろう。となれば絵? でもこれが何なのかさっぱりだ。


「ガジェットくん。これはもう不思議な探偵道具の出番では?」

「そうだな。」


 ラヴが俺のランドセルの横に置いてあったカバンを持ってきた。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』をひとつ取り出すことができるのだ。

 しかし何だ、この違和感は。

 いや、そうか。これはもしかして……。


「ヒロシ。タカシくんには秘密の探偵道具のことは言ったのか?」

「ああ、言ったよ。まずかったか?」

「やはりそうか。それならカバンから取り出すのはここじゃない。俺の推理が正しければ、今からヒロシの家に行こう。」


 俺はカバンをしまってランドセルを背負った。


「タカシくんに会いに行くんですね!」

「ああ、そうだ。ヒロシ、案内してくれ。」


 俺とラヴはヒロシと共にヒロシの家に向かった。

 依頼人のタカシくんに直接会うために。


          *


「タカシいるかー?」


 家の玄関に入ってすぐ、ヒロシがタカシくんを大声で呼ぶ。


「なにー? お兄ちゃーん!」


 すると、家の奥から元気な男の子がだっだっだっだっと走って出てきた。


「ほら、タカシ。このお兄さんがこの間言ってた少年探偵のお兄さんだぞ。」

「え!? 少年探偵!? ガジェットくんなの!?」


 ヒロシが俺を紹介すると、タカシくんは目を輝かせて俺を見た。まあ、こういう視線には慣れている。

 俺はタカシくんに、例のぐちゃぐちゃな依頼書を見せて聞いた。


「タカシくん。これを書いてくれたのは君だね。どうもありがとう。今から君の依頼を解決するからね。」

「えー! ほんとー! すごーい!」


 まったく、小さい子の屈託のない賞賛の声ほどうれしいものはないな。

 俺はタカシくんの前で改めてカバンの中を探った。

 カバンの中から出てくる『ガジェット』は何かしら便利な機能が付いた道具である場合が多い。

 ただし、使い方は自分で考えなければならない。

 カバンから滅多に同じ道具は出てこない。

 何度も出てくるのは犯人滅殺銃くらいだ。


「え? まさか、犯人滅殺銃!?」


 ラヴが、俺がカバンから取り出した『ガジェット』を見て驚きの声をあげた。

 それはそうだろう。犯人滅殺銃は犯人に向けて撃つ銃だ。撃たれた犯人はみんな滅殺される。

 これが出てきたということは、この場に犯人がいるということなのだ。


「ど、どういうことですか? ガジェットくん!?」


 驚き狼狽えているラヴと、状況を理解できずポカンとしているヒロシ。

 だが、今の俺にはすべてわかっている。

 俺は犯人滅殺銃を構えてポーズを取ってタカシくんに言った。


「さあ、これから犯人を捕まえに行くぞ! タカシ隊員! 俺に続け!」

「す、すごーい! 本物だー!」

「返事は、はい、だぞ!」

「は、はい! ガジェット隊長!」


 俺は玄関のドアに隠れて、そっと外をうかがった。


「よし、今なら行けるな。行くぞ、タカシ隊員! 犯人はあっちだ!」

「はい!!」

「ラヴもヒロシもグズグズするな!」

「え? 俺も?」

「私もですか!?」


 俺たちはヒロシの家から、時に物陰に身を隠し、時に忍び足をしたり、急に走ったりしながら、近くの公園までやってきた。


「犯人は近いぞ!」

「はい! ガジェット隊長!」

「タカシ隊員はあっちを探せ! 俺はこっちを探す!」

「はい!」


 そう言って俺は犯人滅殺銃を公園の遊具の影、トイレの裏、木の上に向ける。


「ガジェットくん……、本当に犯人がいるんですか?」


 走り疲れたラヴがハァハァいいながら俺に聞いた。


「ラヴ。わかってるだろ。この犯人滅殺銃が出たということはそういうことさ。」

「で、でも……。」

「あっ! あぶない!!」


 俺はラヴを庇うように抱えてその場に転がった。幸いにもここは芝生の上だ。もちろん確認済み。怪我はしない。


「え、え、え?」

「ラヴ。大丈夫だったか?」

「あ、うん。大丈夫……ですけど……。」


 しかし、ラヴは両手で顔を隠してしまうと、俺の下で倒れたまま起き上がろうとはしなかった。しまった。やり過ぎたか……?


「ごめん、ラヴ! どこか痛かったか?」

「ううん……。」

「ガジェット隊長! 大丈夫ですか!?」


 いつまでも起き上がれない俺を見つけ、心配したタカシくんが走りよってきた。


「犯人にやられたんですか!?」

「あ、ああ。そうだ。タカシ隊員……。」

「ええええ!? どうしよう!!」


 タカシくんが本当に心配そうな顔をして叫んだ。

 俺は苦しそうな顔を作ってタカシくんに言った。


「タカシ隊員、よく聞いてくれ。犯人はヒロシだ。」

「ええ!? お兄ちゃんが!?」

「え!? いや、俺!?」


 それを後ろで聞いていたヒロシも驚きの声を上げているが無視して続ける。


「この犯人滅殺銃を君に預ける……。これでヒロシを倒して、俺の仇を取ってくれ……。」

「ええ? でも、お兄ちゃんが犯人なんて……。」

「いや、俺犯人じゃない——」

「ヒロシ! 犯人だよな?」

「え? いやいや、俺は——」

「犯人だよな?」

「いやいや、え? え?」


 俺はタカシくんに犯人滅殺銃を預けるとその場にどさっと倒れた。


「きゃあ! ガジェットくん!?」

 

 正確にはラヴの上に倒れることになったのだが、これは演出上仕方がない。



「お兄ちゃん……。自首をして。」


 俺から預かった犯人滅殺銃をタカシくんはヒロシに向けた。


「いやいや、俺じゃないだろ。俺はずっとタカシと一緒だったろ?」

「お兄ちゃん、自首しないなら撃つ! おばあちゃんの名にかけて!」

「ええ? タカシお前、なんだそのセリフ!?」


 タカシくんがヒロシに照準を合わせトリガーを引いた!

 

「滅殺!!」


 ビビビビッ!!

 

「ぎゃああ!! ……ってあれ?」


 犯人滅殺銃の餌食になったと思われたヒロシだったが滅殺はされなかった。

 そう。音だけである。


「ははははっ! お兄ちゃん、面白い!! もう一回やって! 滅殺!!」


 ビビビビッ!!

 

「ぎゃああ!!」


 やっと状況を理解したヒロシが、今度はちゃんと苦しみ倒れる演技をして地面に寝転がった。


「やったぞ、お兄ちゃんを倒したぞ! ざまーみろ! いつも遊んでくれないからだよ!」


 俺はその様子を見て、今回の依頼は解決したなと思った。

 俺は起き上がるとタカシくんに声をかけた。


「ははは、やったな、タカシくん!」

「うん! ありがとう、ガジェットくん! もうちょっとこれ借りてもいい?」

「いいぞ。じゃあ、今度は俺が犯人かな?」

「うん! 僕は探偵! ガジェットくん、犯人やって!」

「よーし、わかった。俺は隠れるから見つけてみろ。あっちのお姉さんも共犯者だから見つけたら撃っていいぞ!」


 俺は、ようやく立ち上がって服についた汚れをはらっているラヴの方を指差して言う。

 

「じゃあ、数えるからね。いーち……。」

「ラヴ、はやく逃げるぞ!」

「ええ? ちょっと待ってください、ガジェットくん!」


 目を瞑って数を数えはじめるタカシくんから逃げるように俺はラヴの手をひいて走りだした。

 まあ、たまには犯人役だって悪くはないさ。


          *


 日が暮れるまで走り回った後、疲れて寝てしまったタカシくんを家まで送り届けて、俺たちは家路につく。


「ガジェットくん、結局あのぐちゃぐちゃの依頼書には何て書いてあったんですか?」


 ラヴが俺に聞いた。


「何も書いてなかったよ。」


 俺はそう答えた。

 

「え? どういうことです?」

「タカシくんは俺を呼ぶためにあの依頼書を書いたんだ。タカシくんは俺たちに遊んでほしかったのさ。」

「なるほど……。でもそれならそう言えば……。」

「ヒロシに構ってほしかったんだろうな。大好きなお兄ちゃんにぐちゃぐちゃの依頼書を渡して、いっぱい悩んでほしかったんじゃないか?」

「はあー。確かにタカシくんは楽しそうでしたね……。」


 ラヴが「よっ」と言って俺の前に出て、道の段座の上に乗った。

 俺はラヴのそんな様子を見て、ほんのさっきまでの時間を思い返した。


「俺たちも楽しかったろ?」

「……そうですねー。」

「昔みたいに俺たちも走りまわって。」

「……いつまでも昔のままじゃ困りますけどね。」

「え? 何だラヴ?」


 ラヴが振り向く。


「まあ、今日はそういうことにしてあげます。」



 明日も少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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