水玉模様のながぐつ
銀色小鳩
水玉模様のながぐつ
「なにしてんの?」
おだんごあたまの後ろ姿に声をかける。
フローリングの床に新聞を敷いて、その上で、植物でも生けているのかと思ったら、置かれていたのは水玉もようの長靴だった。赤地に、白の水玉。その長靴に、彼女は泥をつめていた。
母親がやっていたら、とうとうその時期が来てしまったかと観念し、認知症のクリニックを探そうとしただろう。しかし、彼女がやっているのなら、日常の範囲内だ。いつも通りおかしい。問題ない。
首を傾げ、眉をしかめ、泥を九分目まで入れた長靴をじっと見て、彼女はふうとため息をついた。そして振り向くと、ふにゃあと笑い、「いいところに帰って来た」と言った。
先に「いやだ」と言えばいいのに、私はこの緩んだ笑顔を見ると、つい言うことを聞いてしまう。
あなたの写真を撮りたいと言われて着いていけば、つむじと天使の輪の写真ばかりやたらと撮られた。服を脱いでと言われて脱いだら、まったくそういうことにはならず、背骨を撮られただけだった。彼女には通常の恋愛感覚が通用しない。恋愛だと思っているのは私だけかもしれないけれど。
どうせ、ろくでもないことを言い出す。
「裸足になってみて。長靴に足を入れてみようね?」
なんのために?
聞いても、恐らく私の納得する答えは返ってこない。返事はだいたい「イイと思うから」、「きっとかわいい」、「なんとなく」、この三つのどれかだ。彼女が私をかわいいと思っているのは確かなんだろうが、少しセンスをこちらに合わせてもらいたい。
やってくれるんだよね? という上目遣いに負けた。指の間に、にゅるんと怪しい質感が通る。足がずぶずぶと泥に埋まっていく。長靴の淵から泥がぼたりと垂れる。ぐちゃぐちゃだ。彼女の要求も、私の動機も、長靴の中も。
彼女は私の額に額をぶつけた。
「なんか、イイね」
「イイのね……」
そう言って私はいつものように彼女の頬に頬をつけた。
水玉模様のながぐつ 銀色小鳩 @ginnirokobato
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