秩序と桜

新座遊

散り急ぐ桜の花の行く末は

お分かりだろうか。

時間とともに桜が散っていく姿の美しさを。


江戸時代、堤防を踏み固めるために、為政者は川沿いに桜並木を植えた。

いつのころからか、日本人の美意識は、桜満開の煌びやかさとともに、それがわずかな期間で跡形もなく散り果てることを愛でるようになった。

したがって、目的はインフラの堅牢化、手段は桜並木を庶民の娯楽に供することという極めて合理的な策を取ったのである。現代の政治家に聞かせたいエピソードであろう。


桜の花びらの下では、言わずもがな、地面にシートを敷いて、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。花見シーズン真っ盛りである。


酔っぱらった親父が、それでもコンプライアンスに反することもなく、ただ己の生え際と桜の散りざまの相似形に気付くこともなく、ただ時の流れる様を桜に見立てて酒を飲む。隣のシートでは若者が木を揺すって豪雨のような花びらの中に踊っている。生き急いでいるのだろう。


桜のエントロピーが増大している。

と、また別のシートでは物理学者が呟いている。悪酔いの類であろう。

確かに、散りゆく様は熱力学的にもエントロピー増大であり、もうちょっと頭良く言えば、ぐちゃぐちゃである。

閉じた系のエントロピーは増大する。熱力学第二法則である。いやさすがに高校生以上は知っていることであるが、改めてこの文字を見ると、なんかよくわからんな。これが正しいのであれば、この宇宙はいつかエントロピーが極大化して、それ以上はぐちゃぐちゃにならない終末点に到達するのだろうけど、本当かいな、というのが酔っぱらった物理学者の独り言である。本当に学者なのか。

世の中はぐちゃぐちゃを目指しているのか。秩序はどこにあるのか。


美術教師が別のシートで呟く。散りゆく桜にこそ美が宿る。そこには秩序がある。どの視点で語るかによって、ぐちゃぐちゃの定義がことなるのである。

そう、それが桜の正体なのだ。

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秩序と桜 新座遊 @niiza

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