お鍋の中はわちゃわちゃ

つくも せんぺい

これはなんでしょね?

 今日も今日とて鉄なべは、お尻をメラメラ焼かれつつ、迎え入れる材料達に発破はっぱをかけます。


「いつでもいいぞぅ! おう! 来たか玉ねぎ、オメェさんからってことは今日は飴色あめいろ玉ねぎカレーかい? 毎日休みなくよく食われるたぁ人気だねぇ」

「ありがととっちゃーん、でもさぁ聞いてよー。今日麺だって聞いてたのに、うち入れるの最初とよ。どう思う?」

「もしかして今日作ってんの旦那か? あいつの玉ねぎは良く炒めることが正義ってのなんとかならんのか?」

「無理。うちの話なんて耳に入る前に口の中ばい?」


 鉄なべの上でクルクル回りながら、玉ねぎはしんなりと言います。玉ねぎの良さはそのシャキッとした食感と、それとは真逆の飴色になるまで炒めると出る甘味。

 ですが今夜のメニューは、調理法が違う様子。しょんぼりしんなりした玉ねぎを慰める間もなく、鉄なべの仕事は続きます。やって来たのはえび、いか、あさりの冷凍トリオに豚バラ肉。


「うわ、玉やんが先入ってるから動きづらいやん。焦げるねこれ。鉄おじってまだコーティング残ってる?」

「えび、うちのせいにせんで。とっちゃんなら大丈夫よ。ね?」

「バカやろ何年いると思ってんだ。こーてぃんぐなんて言葉が俺にあるように見えっか? おい豚肉くっついてくるな、焦げたら俺でも熱いんだよ」

「%%%☆☆%$$%%☆!」

「あんだって??」

「とっちゃんその豚肉ちゃん、カナダ産って旦那が言ってたわ」


 玉ねぎはずっと動いて疲れたのか、ゆっくりくったりなりながら教えてくれます。

 色白だったきれいなほっぺは少し飴色に。


「あー、そうかい。玉ねぎ最初に入れるは、油足さないわ。手順だってぐちゃぐちゃじゃねーかよ。旦那は何作るってんだい」

「さぁ? まぁ、オイラたちは溶けたら良いだけだから関係ないけど、みんなは頑張ってー」

「けっ、これだから都会の工場生まれは暢気で困る。たまには未加工品を見習って鍋と走れってんだ」

「ハハハ、選んでくれたの奥さんだし」


 カラカラとまだ凍ったシーフードの転がる笑い声が賑やかに響く中、鉄なべは言葉の通じない豚肉をくっつかないように走らせ続けました。

 玉ねぎは自分のせいではありませんが、せわしなく動く鉄なべに、なんだか申し訳なくてますますしんなり。


「今日は旦那さんの日だよー」

「知ってるよ! 一気に入ってくんな、動かす俺の身になれ! お前こらキャベツ! さすがに多すぎるだろーよ!」


 入ってきたのはニンジン、しめじにかまぼこ、そしてキャベツ。キャベツはゆうに半玉は超える量で、鉄なべの頭からはみ出しています。


「鉄鍋どんそれは違うでごわす。あの時二十四センチではなく二十八センチにしておけば、こんなことにはならんかったでごわす。おいどんも広い故郷の大地からこんな狭い鉄鍋に入るために生まれたんじゃないでごわす」

「お前! 奥方と俺を否定するのか!」

「事実でごわす」

「ケンカしてる場合じゃない! あつつ、せっかくきれいにしんなりにはなってたのに焦げちゃう」


 言い争いを玉ねぎが止めますが、他のみんなはいつものことと知らん顔。 

 わちゃわちゃガチャン!

 動き回れずぎゅうぎゅうの鍋の中が、急に真っ暗。ますますぎゅうぎゅうに。どうやら蓋をされたようです。


「なるほど…、量が多いから蒸し焼きにしてしまおうってか。旦那も少しは成長してるじゃねぇか」

「行ってる場合かよ鉄おじ! 底までよく混ぜられてないから豚肉、しめじが消し炭になるぞ! 火力火力!」

「おおっと、そうだな」


 誰の声かも分からないほど、ぎゅうぎゅうむしむし。しばらくその状態が続きました。鉄なべの中はあついせまいと阿鼻叫喚あびきょうかん。ですが聞こえるわけもなく、たんだんとキャベツがしんなりして、みんなも動けるようになってきました。玉ねぎも飴色なのか焦げなのか……。

 そしてやっとふたが開いたと思ったら、今度は白い液体が滝の様に流れ込んできました。

 鉄なべが叫びます。


「旦那バカヤロウ! 牛乳より水が先だろうが!」


 冷たい! 量多くない?! 塩コショウは? あ、ちゃんと水もきたよ! などと、思い思い騒ぎ立てる鍋の中。ですがそんな中でも、みんなはしっかりと聞きました。


『あ、ウェイパー切れてる……』


 ……旦那ーーー! みんなは届かない声を必死に届けます。今の一言で何を作るか理解したからです。


「まだ買ってないのかウェイパー! この前は代わりにしょうゆだった? めんつゆか、白だしか……コンソメあり得るかも!」

「待て待て待て! 都会シーフードよぉ、みんなを見てみろ、ここは最低でも鶏ガラスープじゃないと終わりだぞ。味噌でも白だしでも、旦那が牛乳とバランス取れるわけないんだから」

「あー……」

「叫ぶでごわす! 狭い鉄鍋どんがどうなろうと構わないでごわすが、遥か遠くのこの地で料理される以上、残されるなど南のご先祖に顔向けできない!」

「%%%%%!!」

「そうね! 地物素材だって食べてもらいたかっていう気持ちは一緒やもん! 旦那ーー! 鶏ガラー!」

「鶏ガラー!」


 そして、みんなの心は一つになりました。


 ◇


 その日の夜、鉄なべは満足そうに食卓を眺めています。


「あれ? 味違う」

「買うの忘れてたね。ウェイパー切れてたから鶏ガラスープの素使った」

「いいんじゃない? でもけっこう甘いね、塩コショウは?」

「この前子どもらが辛いって言ってたやん?」


 合間合間に挟まれる会話。ですが、手が止まる様子はありません。麺をすする音も、キャベツを噛む音も心地良く聞こえてきます。

 旦那、ちゃんと鶏ガラとったなぁと、長年連れ添う鉄なべは涙を浮かべました。

 また、明日には食材達を美味しくすべく熱く発破をかけねばなりません。鉄なべは静かに目を閉じました。

 二人の会話が聞こえて来ます。


「あ、次のお題これにしようかな」

「お題?」

「小説の。ぐちゃぐちゃってお題。名前もピッタリじゃない?」

「え?」

「え?」

「なるほど。えっとねあなた? それはお酒を二種類以上混ぜることや、いま食べてるこれも様々なものを混ぜることって意味。ぐちゃぐちゃにすることではないわよ?」

「……そなの?」


 頑なに目を閉じながら、知識一つでもまだ先が長い旦那の料理の道を想う鉄なべ。さっき浮かべた涙は頬を伝うのでした。

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お鍋の中はわちゃわちゃ つくも せんぺい @tukumo-senpei

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