【KAC20233】徒然なるままに~KAC2023③

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第三段 かわうそのように

 獺祭だっさいという酒がある。

 今は銘酒として知られているが、十五年ほど前はまだあまり知られておらず、友人の院試合格の祝いに大吟醸を一本贈ったところ、あまり注目されることもなく終わった。

 それが数年前、何かの折に久方振りで酒を酌み交わしたのだが、

「あれ、すごい酒だったんだな」

と今更ながらに感謝されてしまった。

 いやはや、人というのはいかに名声や評判というものに弱いものか。


 この酒が冠する「獺祭」という言葉であるが、本来は「詩や文章を作る際に、部屋に資料を散らかし放題にすること」という意味を持っている。

 これはかわうそが捕まえた魚を川岸に並べる姿から、まるで祭りのようだとした文人の洒落た言い回しである。

 現代俳句を創り、写実性を短歌に持ち込んで革新を成そうとした正岡子規は、自身を時に「獺祭書屋だっさいしょおく主人」と号した。

 それにしても、この精神を追うべしと酒の名にしたというのは、原義を知ると非常に面白い。

 一杯いただきながら、刺身や塩焼き、煮付けなどを並べれば私もまた獺になれることだろう。


 いや、そのようなことをせずとも我が家は獺も驚く有様であり、それこそ足の踏み場もない。

 これは幼い頃からの性分と言うべきで、物を集めてはなかなか捨てられず、今なお何かと集めては「資料」と言い訳して山積みのままとしている。

 あまりにぐちゃぐちゃな部屋の様子から部屋に人を呼ぶことができず、当時お付き合いした方から叱られ、そのまま別れるほどであった。

 今は解き放たれたという思いもあってか、さらに「獺祭化」が進んでいる。


 独り身は 寒きに震え 獺祭おそまつり 積めよ積め積め 別れ恐れて


 部屋を片付けようと何度か挑戦したものであるが、その度に何か声がするような思いがして踏ん切りが付けられずにいる。

 こうして抱えきれぬものを持ち続け、私はやがて押しつぶされるのだろうか。

 似合わぬ思案に暮れながら、背に積まれた半生と共に今日も筆を執る。

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