捨てられない技師と冬月屋敷のお掃除
鳥路
大きな山が、ありました
世界の倫理とバランスを笑顔かつ無自覚で破壊する天才技師
それは自称じゃなくて、世間からの評価だ
昭和時代の生まれなのに、タイムマシンの理論を完成させ、一人で飛行船を作り上げる
兵器工場勤務時代は鳴りを潜めていたようで、大した活躍はしていないけれど・・・
タイムマシンで現代に放逐されてからは、制限が消え去ったこともあり、更におかしいものを量産し続けてくる
電気とごみ捨てがいらない掃除機
十五分という制限こそあるけれど、死体ですら蘇らせる医療機器
正直、2030年で存在していいものではないと思うから、我が家だけで囲い込んでいるものも、いくつか存在している
「ねえ、巴衛」
「なんだ、彼方」
「・・・なぜ、屋敷が崩壊しているのかしら?」
「あはは・・・」
私達が暮らしている冬月屋敷
私の持ち家であるそこは、今、無残に大破してしまっている
原因は、天災とか、爆発とかそういうものではなくて・・・「ものが溢れたこと」
知らなかったのだが、うちの地下室を倉庫にしていた巴衛は、なんでもかんでも荷物を詰め込んでいた
年々増えていくそれは、整理整頓されることもなく、ただ増えていくだけ
最終的に、そこへ収納しきれないのに、巴衛は無理やり押し込んで
押し込んで、押し込んで、押し込んで押し込んで!
結果、大爆発と起こしてしまったというわけだ
今、屋敷だったところには、巴衛の荷物が山のように築かれている
私から見たらそれはぐちゃぐちゃのゴミ山
何に使うかわからない代物ばかりが、そこにあるのだ
整理整頓や、いらないものはきちんと処分をしなさいと都度言い聞かせてはいたけれど・・・彼は全然聞いてくれていなかったらしい
私の監督責任よね・・・これ
「ぷはっ・・・」
山が静かに動き、そこから誰かが現れる
まずは一人。私の幼馴染兼執事の
丈夫だし、力もあるから無事だとはわかっていたけれど・・・こうして姿を見ると、安心で力が抜けてしまいそうになるわ
「
「うん。彼方ちゃんも無事で良かったよ」
「貴方はどこにいたの?」
「キッチンだよ。家の端だし、比較的逃げやすい場所だと思うな」
それでもあの山の中に埋もれてしまったのよね・・・
どれだけあるのかしら。何日かかるのかしら・・・
「後の面々は?」
「未発掘よ」
「・・・そうなんだ。後の面々は掘り上げてあげないと動けないと思うし、早速取り掛かろうか」
「そうね」
「彼方ちゃんは小さいものを運んで。僕は大きいものを移動させるから」
「わかったわ」
「冬夜〜俺は何したらいい〜?」
呑気に指示を待つ巴衛に、廃材近くにいた冬夜は笑顔で何かを投げつけた
・・・特大冷蔵庫は空を舞い、巴衛の横すれすれに落下する
「巴衛は廃材を処分する焼却炉を今すぐ作れ。道具はあるだろう?」
「え、まだあの山に使う部品あるし・・・なんで処分を」
「処分ができないからこうして大惨事を起こしているんだろう。今日は大掃除だ。いらないものは捨てるぞ。本当に必要な物があるならバラせ!」
「・・・ひゃいっ!」
顔は見えないけれど、口調と声音から冬夜が怒っているのは私にも伝わった
巴衛はビビリながらも、冷蔵庫を分解して、いらないものをいるものと分別をしていた
私は無言で、小さいちり紙だとか、ダンボールの切れ端だとかを近くにあったビニール袋の中に入れ込んでいく
・・・なんでこんなものまで取っているのかしら。ゴミよね、これ
「できたぞ二人共。焼却炉・・・俺にとっては宝物だけど、二人にとってゴミだと思うのはこの中に入れてくれ・・・」
目を話した間に、焼却炉が完成していた
相変わらず単純?な発明なら早いわね・・・
「ありがとう。巴衛。とりあえず、このダンボールの切れ端とかは捨てていいわよね?」
「・・・それカッターナイフを使う時、下敷きに丁度いいんだよ」
「カッターナイフマットぐらい買ってあげるから・・・捨てていいわね」
「うん」
早速焼却炉に拾い集めたものを入れていく
焼却炉とはいうが・・・炎で燃やしているわけではないらしい
きっとまた、聞いたら頭痛がするような技術だ。聞かないでおこう
「それじゃあ、私は引き続き物を拾い集めてくるわね」
「ああ。俺は運搬機を作るから。それから合流するよ」
「わかったわ」
冬夜が壊れたソファとか、謎の石像を運ぶ横で、私は小さなゴミを拾い集めていく
「・・・こういう木片にも、何か思い入れがあったりするのかしら」
巴衛は整理整頓ができないというわけではない
自分が使っている工具はきちんと整理整頓しているし、部品もそれぞれ取り出しやすいよう、棚を改造して収納している
正確に言えば、彼は「物を捨てられない」のだ
物への思い入れが深く、ちょっとしたことでも捨てずに取っておいてしまう
それが、このゴミ山の原因として積み重なっていった
私達にとって、これは無価値でぐちゃぐちゃのゴミの山
けれど、巴衛にとっては・・・宝の山
そんな山を無慈悲に切り崩し、処分するのは心が痛むが・・・今日みたいに被害が出てしまえば、心を鬼にして処分に乗り出さないといけない
「彼方ちゃん。巴衛、使えそうなのを発掘したよ」
「使えそうなって言うなよ・・・まあ、他の連中よりは動けるだろうけどさ」
「
最初に発掘されたのは
元軍人で、兵器工場勤務時代の巴衛と昭和時代からの友達をやっている彼は、今は私の秘書を勤めてくれている
「おかげさまでな。しっかし巴衛・・・お前、まだゴミ山量産機やってんのかよ。昭和時代から問題視されて、上司にしこたま怒られていただろう?」
「「そんなに前から・・・」」
「まあ、お前が物を何でも取っておく性分で、自分の意志で何も捨てられない性分なのはわかっている。どうしてそうなったかは知らんが、とにかく、お前の側にいる人間が、お前の代わりにその溜め込んだ何かを捨ててやらないといけないのもわかっている。放置してすまんな。気をつける」
「ありがとうな、俺の代わりに掃除してくれて・・・」
「お前、目を離したらすぐにぐちゃぐちゃに山を積み始めて、最終的には一部屋使えなくするからな。自衛も兼ねている」
そう言い切った朔也は、発掘されたばかりできついだろうに、私達と合流して作業を進めてくれる
「・・・なあ、彼方。冬夜。俺、そんなに酷い?」
「「言い切ってしまうのは申し訳ないけれど、かなり酷い」」
「そっかぁ・・・」
「こうなる前に頼ってほしいわ」
「同感だね。僕らは成り行きで一緒にいるわけじゃない。彼方ちゃんを中心として、一緒にいることを全員が望んだから、ここで一緒に暮らしている。いわば家族みたいな存在じゃないか」
「・・・」
呆然と私達を見つめる巴衛を背にして、作業に戻っていく
朔也と冬夜。細く見えるけれど、元軍人と現役の護衛も兼ねた執事
腕力と体力には自信がある二人がいれば、みるみる山は崩れていく
半分ぐらい山が崩れた頃、やっと人が発掘されてくれる
「きゅう・・・」
「生きてる。俺生きてるよ・・・」
目を回しているのは
ひたすら生きていることを噛み締めているのが
見つかって嬉しい反面、残りの面々に不安しか覚えられない
「雅文は最後に見つかれよな。お前だったら心配はするけど、見つからないことには焦らないんだけど」
「朔也さん?もしかしなくても、俺は死んどけばいいのにって思ってた?」
「そうじゃなくてだな・・・」
朔也の言葉に、雅文は周囲を見渡して事情を把握してくれる
誰がいないかわかっただけでも、朔也へ雅文が抱いた不信感は拭えたらしい
「あー・・・そういうこと。幸雪と蛍が見つかってないのな。俺がラストに残っていたら生存率がでかくてよかったわけだ」
「そういうこと。拓真がこの状態なら、この先にいると思う幸雪と蛍はかなりマズイだろうなぁ・・・」
「怪我をしていないといいのだけれど・・・」
「雅文、動けるなら早速協力してくれるかな」
「ああ。もちろんだ。早めに引っ張り出してやらねえと・・・彼方と巴衛はここで拓真を介抱しておいてくれ」
「わかったわ」
「・・・すまないな、雅文」
「いいって。あんま気にすんなよ」
そう言って、三人は再び作業に戻る
それと同時に・・・
「うう・・・ん」
「起きた、拓真」
「・・・何ここ。天上?」
「死んでないわよ。どう?具合は?」
「平気だよ。能力で被害は最小限に抑えたし・・・」
「そういえば、貴方の能力は空気を操作する能力だったわね」
この家に住んでいる人間は、全員が何らかの能力者。もちろん私も同じ能力者だ
「・・・ねえ、拓真。起きたてで申し訳ないのだけれど、あのゴミ山」
「移動させればいいのかい?」
「できるなら、やってほしいわ。幸雪と蛍があの山の中にいるはずだから」
「その頼み方じゃ、やる気がでないな」
「・・・お願い、拓真。貴方にしか頼めないの」
「もう一声」
なぜこんな緊急事態だとわかっている時に、変なお願いばかりしてくるのかしら
まあ、それが一葉拓真という人間だ。もう慣れた
「お、おねがい、たくま。ふたりがみつかったら、ほっぺにちゅー、してあげる・・・」
「よっしゃ!身体、支えてもらえるかな!」
「拓真きっしょ・・・マジきしょいわ・・・」
「汚山生産者の君には言われたくないね・・・」
上半身を起こすのを手伝い、拓真の身体をしっかり支える
お願いはあれだけど、今は彼の力を借りないと二人を早く見つけられない
・・・心底やりたくないのだけれど、ほっぺにキス、言ってしまった手前、やらないといけないのかしら
「・・・」
残りの山から荷物が浮き上がる
あっという間に地面まで見えてきたのだが・・・そこに二人の姿はない
代わりに・・・
「・・・死ぬかと思った」
「空に浮いた時には身の危険を感じたが、やっぱり拓真か」
最後に浮かび上がらせた木箱の中から、探していた二人が出てくる
一瞬であの中に滑り込んだのだろう。流石というべきか
「幸雪、蛍!」
「おー・・・全員無事だったのな」
「僕らが最後かな。皆無事で何よりだよ」
「あ、あのさ・・・」
全員が無事で合流できたことに喜ぶ中、巴衛が声をかけてくれる
「迷惑かけて、ごめん・・・」
「気にすんなって。蛍の薬品爆発より数千倍マシだ」
「別にいいよ。俺も迷惑よくかけるし、そのあたりはお互い様。でも、汚部屋っていうか汚山?を作り出す前に、処分の相談とかしてほしかったかな・・・」
「今度から、山を作る前に相談するよう、善処するよ」
「善処じゃなくて、絶対やること。私達、一緒に住んでいるのよ?家族みたいなものじゃない。困ったことがあれば、きちんと相談してね」
「部屋がぐちゃぐちゃになった後で、掃除を手伝ってほしいって言っても怒らないか?」
「この家の総合的な管理を任されている身としては、ちょっと怒る。けど、君が掃除できないっていうか、物を捨てられない性分なのは見てわかるから。できれば、定期的に掃除に入らせてほしいな」
「彼方、冬夜・・・」
「俺たちは彼方に救われた。今後を彼方に全部捧げた連中の集まりだ。全部互いに支え合おうって、ここでの生活を決めた時に、全員で誓っただろ?」
「だからお前も頼ればいいんだよ。彼方が俺たちを頼るように、お前も俺たちや彼方を頼ればいい。その逆も然りだ。それがここでの暮らし・・・少し変わった冬月家の「家族の暮らし」ってやつだろ?」
汚山を築いて、家を崩壊させたことには怒っていない
それよりも、そうなる原因がわかっているに相談しなかったことに全員怒っているのだ
それに・・・
「「「「「じゃ、話も済んだことだし、後は彼方に任せるか」」」」」
「へ、平気なの、彼方ちゃん・・・能力を使っても」
「大丈夫よ、これぐらい」
「手間をかけるな・・・」
「いいわよ。これぐらい」
巴衛のゴミだけ復活させないように気を遣わないといけないけれど、戻すのはコツさえ掴めば簡単だ
私も能力者。使えるのは「時を戻す能力」
屋敷の時間を、破壊される前に戻すのが・・・私の最後の仕事だ
何度壊れたって構わない。その度に、私が戻せばいいのだから
・・・記憶を代償として持っていかれるから、あまり頻繁に壊さないでもらえると助かるんだけどね
時間を戻し終えたらおしまい。綺麗な冬月家は元通り
これからは、今まで通りの生活に戻るだけ
「ありがとう、彼方ちゃん。さ、家も直ったし、晩御飯を作ろうか」
「そうね」
「あ、今日は俺が作る!お詫び!」
「作れるの、巴衛」
「多少はな・・・下手だけど、味は保証する」
その日の晩御飯は、巴衛特製のオムライスだった
具は大きくて、ケチャップライスの色合いもバラバラ
包み込むはずのたまごは、近くに卵焼きとして置かれている
控えめに言って「ぐちゃぐちゃオムライス」だったけど・・・見た目の割には美味しくて、全員で仲良く一杯ずつおかわりをした
こうして、冬月家の大惨事は通り過ぎ・・・いつもの日々が戻ってくる
明日は、どんな日になるだろう
できれば、平穏なものであって欲しい。そう願いながら・・・私は、今日を終えて、眠りについた
捨てられない技師と冬月屋敷のお掃除 鳥路 @samemc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます