感情の宝石

くれは

僕の浪人時代にあったことだ

 浪人時代、僕はぐちゃぐちゃだった。

 受験に失敗したばかりでいろんな感情でめちゃくちゃだった。勉強も手に付かなかった。

 例えば、もっとできたという後悔。どうしてあいつはうまくいったのか、そんなねたみ。周囲の受験生はみんな真面目にやっているのに自分は、という劣等感。自分のせいだと思いたくないというひがみ。

 ぐちゃぐちゃと混ざり合った感情は僕の中でこごって、もうどうにもならないような気がしていた。

 それである日、せっかくの予備校にも行く気になれなくて、その罪悪感もまたぐちゃぐちゃの一部になって、僕は公園のベンチでぼんやりとしていた。

 何をするでもなく座っていたら、ふと、目の前に男の人が立っていた。こざっぱりしたスーツを着ていたことは覚えている。でも、顔は思い出せない。

 その人は言ったのだ。

「貴方の心は素晴らしい。是非とも、その中身を私に譲ってください。代わりに貴方の心を軽くして差し上げます」

 その時の僕は何を考えていたのか、多分何も考えていなかったのだと思う。それに「どうぞ」と頷いた。あまり本気にもしていなかった。

 その男は嬉しそうに笑って「失礼」と言うと僕に向かって手を伸ばした。

 その手が、僕の胸に触れる。と思えば、ずぷりと僕の体の内側に入り込んできた。不思議な感触だった。

 僕の心の中のぐちゃぐちゃは、その男の手にかき混ぜられた。そして男はやがて、手を引き抜いた。

「これは素晴らしい後悔だ」

 その手の中には濃い紫色の宝石が握られていた。男は宝石をポケットにしまうと、僕の体の中にまた手を入れた。

 次は確か、妬み。その次は劣等感。それから僻み。それから……。

 そうやって、男は次々と僕の体から宝石を取り出した。その度に僕の心は軽くなっていった。

 やがて男は満足そうに頷いて「失礼」と頭を下げて去っていった。

 残された僕は妙にすっきりした気持ちで立ち上がった。予備校に行くために。

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感情の宝石 くれは @kurehaa

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