お前さ、そんな顔すんの反則
澤田慎梧
お前さ、そんな顔すんの反則
「
「……ただの幼馴染だから」
「またまた~! 毎日毎日、仲良く登下校してる高校生男女が、『ただの』ってことはねぇだろ~」
もう何度目になるか分からない、悪友の
そこには、女友達と談笑しながら柔らかな笑顔を浮かべる莉音の姿があった。
莉音と俺は、マンションで部屋が隣同士の、いわゆる幼馴染だ。
両親同士も仲が良く、どちらがどちらの部屋なのかも分からないくらい、お互いの部屋を行き来もしている。まあ、腐れ縁だ。
そんな俺から見ても、確かに莉音は美少女だ。
黒曜石を思わせる、透明感に溢れ艶やかな長い黒髪。
不健康さを微塵も感じさせない白い肌には、シミ一つない。
髪の黒さとは反対に色素の薄い瞳は綺麗な茶色。
全体的に小さく、作りの整った顔立ちは、どこに出しても恥ずかしくない美形だ。
――等と、莉音のことを眺めていたら、向こうも俺に気付いて、小さく手を振って来た。
途端、莉音の周囲の女子達が「キャ~♪」等と黄色い歓声をあげた。どうも周囲の認識では、俺達は「公認カップル」扱いらしく、こうやってよく冷やかされるのだ。
「か~! また公衆の面前でいちゃつきやがって! この! この!」
ちょっと痛いレベルに肘で突いてくる慎を適当にあしらいつつ、スマホをチェックする。
……案の定、莉音からメッセージが届いていた。
「お願い!」という、何のキャラクターのものだかよく分からないチャットスタンプが、一件だけ。
いつもながら、いつの間に送って来たのやら――。
***
「暮人~! 一生のお願い!」
「……何度目の一生のお願いだよ」
「今度は本当に、本当の本当に!」
放課後。俺は自宅に寄ることも許されず、莉音の部屋に連行されていた。
チラリと部屋の中を盗み見る。いつも通り、一見すると綺麗に片付いた上におしゃれ小物が散りばめられた、「できる女子高生」っぽい部屋だ。
だが――。
「前も見せたけど、これの新シリーズが出るのよ!」
言いながら、莉音が流れるような動作でベッド下から収納ボックスを取り出し、五桁のダイヤル錠を解錠し中身を俺に見せつけてくる。
そこに鎮座していたのは、やけに顔立ちの良い男二人が、今にもキスしそうな程に顔を寄せ合っているイラストが描かれたクリアファイルだった。
しかも、二人とも何故か上半身だけ裸だ。
「……またかよ。つーか、一人で行けばいいじゃないか」
「駄目よ! 事前予約制で、一人一枚しかもらえないの! 暮人が一緒に行ってくれれば、もう一枚もらえるのよ!」
鼻息を荒くしながらご高説を垂れる莉音の姿に、頭が痛くなってくる。
――このクリアファイルは、莉音が大好きなアニメ「終末伝説ヴァイスリッター」のキャラクターグッズだ。しかも店で売っているものではなく、期間限定のコラボカフェで配布しているものだ。
転売屋対策が厳しいらしく、コラボカフェは完全事前予約制。来店特典のクリアファイルも、一人一枚しかもえらないという徹底ぶりらしい。
何か月か前にも付き合わされたが、どうやら今回はその第二弾が開催されるようだ。
「こんなの全部一緒じゃねーかよ」
「全然違う! これとこれはキヨ×マツ! こっちはマツ×アヤで、これはミホ×ミホ! 一緒にしないで」
「わ、分かった。分かったから……ちょっと離れてくれ」
俺の言葉に激怒した莉音が、クリアファイルを手に食って掛かって来た。
――というか、顔が近い。近すぎる。止めてくれ、それは俺に効く……。
「分かればよろしい!」
一方の莉音は気にした風もなく、「勝利!」とでも言いたげな、小学生男子みたいな笑顔を浮かべている。
高校の連中が今の姿を見たら、果たしてどう思うだろうか?
莉音はいわゆる「腐女子」だ。
こいつの母親の影響なのか、男同士が絡むアニメや漫画を特に好み、自分でもイラストを描いていたりする。
それでいて、家の外では「普通のアニメ好き」くらいを装って猫を被ってやがる。
一度「別にバレたって大したことないだろ?」と言ってしまったことがあるが、猛烈な勢いで反論された――何故かおばさんと一緒に。
曰く、「腐女子とは世を忍ぶもの」なのだとかなんとか。よく分からん。
あと、何故かうちの母親までウンウンと訳知り顔で頷いていた。お前もそっち側かよ、等と思ったものだが。
それはさておき。
「ねぇ~、いいでしょ~? おごるからさぁ~」
莉音が上目遣いでこちらを見つめてくる。やたらと顔がいいので、こうかはばつぐんだ。
仕方なく、首を縦に振る。
「やった~! 暮人ありがとう愛してる~!」
「うわっ!? よせ、抱き着くな!」
予想以上に柔らかい感触に赤面しつつ、抱き着いてきた莉音を何とか引き剥がす。
冗談じゃない。ただでさえ二人きりだと、こいつはやたらと距離が近くなるんだ。俺の理性が飛んだらどうしてくれるんだ。
――正直に言ってしまえば、俺は莉音のことが好きだ。
困った奴だけど気が置けないし、お互いのことをよく理解しているし。……下世話なことを言ってしまえば、顔も体も魅力的だし。
莉音もそんな俺の内心を見透かしている節はあって、こうやって度々利用されている、という訳だ。
お陰で俺の情緒はぐちゃぐちゃのへっちょへっちょだ。
だから、せめてもの反撃として、
「莉音さあ、俺とばっかこうやってつるんでたら、彼氏の一人もできねーぜ?」
等と、答えの分かり切った質問をぶつけてみるのだが、
「でも、暮人は一緒にいてくれるんでしょ?」
と、ニンマリとした笑顔で切って返されるのだから、一生こいつには敵いそうにない。
***
――後日。
「んほおおおおおおおおおおおお! マホ×ミヨ! 伝説のマホ×ミヨをてにいれたよおおおおおおおおぉ!!」
例のコラボカフェから帰ってきた途端、莉音が壊れた。
戦利品のクリアファイルを天高く掲げながら、ご近所に漏れてたら引っ越しを考えざるを得ないような奇声をあげている。
「お、おい。落ち着けよ莉音」
「これが落ち着いてられる訳ないでしょ! マホ×ミヨだよマホ×ミヨ! 本編では結局一度しか絡めなかったけど根強い人気があって版権イラストもほとんどなかったのがファンの声に応えて監督サマが手ずから描き下ろしたけど一度は諸事情あってグッズ化が中止になって今回のコラボカフェ企画でようやく復活したマホ×ミヨの公式イラストなんだよ! 逆に聞くけど暮人はなんでそんな平然としてられるのぉぉぉ!?」
「ええ……」
とても世間様にはお見せできないガンギマリのぐちゃぐちゃな表情で俺に詰め寄る莉音。
端正な顔が今は狂気と歓喜に染まっていて、顔が近くても全然ドキドキしない。むしろぞくぞくする。怖い方の意味で。
――莉音。お前さ、そんな顔すんの反則。
「きっとこうやって、ずっと一緒にいるんだろうな」とか思ってた、数日前の俺が再考を要求して来たぞ?
(おしまい)
お前さ、そんな顔すんの反則 澤田慎梧 @sumigoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます