宏樹君の休日3

代官坂のぞむ

第3話

 新刊書や雑誌を並べているフロア真ん中の本棚は、少し背が低く、宏樹の顔と同じくらいの高さだった。

 その手前で、少女はしゃがみ込んだ。ぬいぐるみを引っ張り出した勢いで、リュックの中から、ペンケースや、ポーチや、キラキラしたボックスなどの中身が床に散らばってしまったのだ。宏樹の足元にも、リップのような小さな丸い物が転がっている。


「これも落ちてるぞ」

 宏樹に差し出しされた物を見て、少女はびっくりした表情になった。

「え? なんでこれ持って逃げないの?」

「はあ? 君のリップなんか持って逃げるわけないだろ」

 少女はしゃがんだまま、宏樹の顔を見上げて、口をぱくぱくしている。

「早くぬいぐるみしまえよ。万引きと思われるぞ」

 少女は、散らばった中身とぬいぐるみを乱暴にリュックに詰め込んだが、ふたの上から顔が出たままになっている。

「うー、入んなくなっちゃったよー」

「ぐちゃぐちゃに入れてもダメだろ」

「でも、さっきはちゃんと入ったもん!」


 その時、一人の男が売場に入ってきた。文芸書よりは自己啓発本が似合いそうな、ダークスーツに黒い革鞄を持ったビジネスマン。

 男は、鋭い目付きで左右を見渡しながら、二人のいる方に歩き始めた。


 こんな少女には付き合ってられないから帰ろう。そう思った宏樹は、本棚を離れて一歩踏み出そうとしたが右足が動かない。何事かと下を向くと、少女ががっちりと足首をつかんでいた。

「何してるんだよ」

「……」

 少女は、黙って首を振る。


 男が、背の低い本棚を挟んで宏樹に向き合い立ち止まった瞬間、少女は足首をつかんだまま突然立ち上がり、宏樹の体もろとも本棚に体当たりした。


 二人の体重に押された本棚は男に向かって倒れ込み、大量の雑誌や本がぐちゃぐちゃになって降り注ぐ。

「逃げるよ!」

「なんで俺も?」

「共犯だから、逃げないとやられるよ!」

「はあ?!」

 少女は宏樹の腕をつかんで走り出した。













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宏樹君の休日3 代官坂のぞむ @daikanzaka_nozomu

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