『ポンコツ』と『神罰』

「そういえば神様ってどんな感じ?」

 楓の隣に、白い女性が現れる。

「これがポンコツ。見た方が早いから呼んだ」


 神様を気軽に呼び出して、『これ』とか『ポンコツ』と呼ぶのはどうかと思う。

「ポンコツは、楓様が付けてくださった名でございます」

 ポンコツ様はそう言っているけれど、そんな名前を付けられたら嫌だろうに。

「楓様に付けていただいた名に、満足しております」

 それなら良いのだけれど――私が考えていること、筒抜けになっているような気がする。

「|読心(どくしん)能力でございます」

「読むことを許可していないんだけど。お詫びとして、私にその能力をちょうだい」

「申し訳ありません。楓様のご命令にしか従えません」

「私は楓なのに、何故私の命令に従わないのかな? 矛盾してるよ」

「それは……」

「悪い子には、罰が必要よね。もう一つ、能力を移譲する能力を要求します。楓と移しあえるようにしたい」

「私は、楓様のご命令にしか……」


「と言っているけど?」

 楓を見つめる。

「ポンコツ、全能力をあげて」


 ポンコツが私の頭に手を当てる。されたのは、それだけ。特に何か起きるでもなく、能力を得られた。

「楓、能力を試したいから何か考えてみて」

 ママと呼んで。ねえ、聞こえてる? 聞こえてるかな? 聞こえてるよね。ねえねえ、呼んでみて。

「|読心(どくしん)能力の確認は出来た。楓に能力を移譲してみるね」

「出来てないよ?」

 楓の頭に触れる。ポンコツは頭に触れただけで私に能力を付与した。これだけで良いはず。


(右足を上げて)

 楓が右足を上げる。

 思うだけで良いのね、使い方はわかった。


「能力、確認しました」

 ポンコツに、動作確認が済んだことを報告する。


「ポンコツ、もう帰っていいよ」

 楓が指示した。けれど、ポンコツは微動だにしない。

「ポンコツ? もういいよ」

 楓が再び話しかけたけれど、ポンコツは動かない。


 ポンコツの全能力を私に移譲した。

 話す能力も奪ってしまったようだ。返してあげよう。


「楓様! 私の能力を全て取られてしまいました」

「あら……自業自得ね」

 薄ら笑いを浮かべる楓。


 楓も相当なポンコツだけれど、ポンコツは更に上をいく。

「|葵(あおい)、その言い方は酷いと思うよ?」

「何が?」

「私がポンコツとか」

「そんなこと言ってないよ」

 楓はポンコツなのに、こういうことには敏感だ。

「思ってるじゃん」

「思うのは自由。読まなければいい。むしろ、勝手に|読心(どくしん)していることを、怒るべきかな。怒られたい?」

「怒られたくない」

「それなら、勝手に読まないで」

「わかった」


(三回回ってワンすれば許してあげる)

 楓がその場で、くるくる回る。

「ワン!」

(わかったと言ったのに読んだのね)

「違うの。勝手に聞こえてきて」


 ポンコツが私をじっと見つめている。

「言いたいことがあるなら言えば?」

「|念話(ねんわ)能力で伝えたから、聞こえたのだと思います」

 確かに、伝えようとした。ポンコツが言ったことは正しそう。

「思っただけで、何でも伝わってしまうのは困る。使いたいときだけ、使えるようにしたい」

「コンソールで、能力を無効にすれば発動しなくなります」


 目の前に浮かび上がるディスプレイ。

 これがコンソールね。設定を選び、|念話(ねんわ)能力を無効にする。

 教えてくれたご褒美として、ポンコツに〝感覚〟を返してあげよう。倍率って何だろう。よくわからないけれど、高いに越したことはないだろう。上げられるだけ上げておく。


 楓のタイムリープ能力は、身体年齢操作機能を組み合わせていると聞いた。

 ポンコツで試してみる。早く結果を見たいから、加齢速度を|一千万(いっせんまん)倍に設定。一秒毎に約三ヶ月分加齢していく。


 しかし特に変化はない。神様だからかな。

 種族変更。人間に変更すると、みるみる老化していく。

「楓、見てみて! ポンコツ、年老いた外見の方が、威厳があるね」

「そろそろ止めた方がいいんじゃない?」

 ポンコツの見た目年齢は九十代くらいになった。

 楓は、ポンコツが死んでしまうことを心配しているのだろう。そもそも、神に死は訪れるのか?

「神様だから大丈夫でしょ」


「ゔぐっ……止めて! お願い」

 ポンコツが息を|荒(あら)らげ訴える。

 年齢操作することで害があるのならば、その内容を確認しなければいけない。

「何故かな? 理由によっては考える」

「|身体(からだ)が|瓦解(がかい)してしまいます」

「そっか。死ぬわけではないのね。スライムになるだけなら、構わないよ」

「お願いします、お願いします……何でもします」


「ポンコツの全能力は私に移譲済み。まだ、私が欲するものを持っているの? 完全な状態で残しておけば、いつか足元をすくわれる。危険を冒してまで、要求を呑むメリットを示して」


「私の|身体(からだ)を、|依代(よりしろ)にしていい」

「|依代(よりしろ)って、|神霊(しんれい)が|依(よ)り|憑(つ)くものでしょ。私が、無能な神に|依(よ)り|憑(つ)いて何をするのよ」

「|神界(しんかい)に行ける……世界を創造できる。神の権限を行使できる。能力と権限は別」


「|面白(おもしろ)い提案ね。その権限をくれるのね?」

「え……あげるとは言ってない」


 ポンコツの加齢速度を加速させる。

「くれるのよね?」


「あがっ……! 我、|葵(あおい)と契約し、我の全て、捧げる! 我、限界……」


 ポンコツの加齢速度を|等倍(とうばい)に戻す。

「馬鹿ね。止めることを要求せず、戻すことを要求すれば良かったのに。その|身体(からだ)、使い物になるのかな」


「あががが……」

 ポンコツの口は開いたまま。閉じる筋力を失っているようだ。言葉を発することは出来ないのに、不快な音を発し続けてうるさい。ポンコツから放たれる全ての音を遮断する。用があるときは|念話(ねんわ)で事足りる。


「|面白(おもしろ)そうな能力あったら貸して」

 満面の笑みで催促する楓。

「魅了。サキュバスの能力は|面白(おもしろ)そう」

「魅力的な人間になれるってことね! それ貸して」

 おそらく楓が思い浮かべているものとは違う。けれど、重箱の隅をつついて訂正する程のことでもない。

「そんな感じ」


 楓の笑顔を見ていると、とても|愛(いと)おしく感じる――無意識に頭を引き寄せ、唇を重ねていた。

 楓が自分の唇を噛みしめていることが気になり、ふと我に返る。咄嗟に唇を離した。でも、私の|身体(からだ)は、楓をぎゅっと抱きしめる。私の本能が楓を求める。本能を断ち切るには、楓に離れてもらうしかない。

「魅了を解いて!」


 まさか、ファーストキスの相手が楓になるなんて。思いもしていなかった。

「|葵(あおい)は、綺麗なのね……自分自身だからノーカンだよ」

 どういう意味だろう。楓の表情が引きつっているのは何故か。色欲が思考の邪魔をする。|私自身(わたしじしん)に欲情するなんてどうかしている。


「魅了されているときなら、ママと呼んでくれるかな」

 どうりで――欲情しているのは、魅了能力を発動されているからのようだ。

 楓は何度もママと呼んでと言ってきた。

 何故私にママと呼ばせようとするのか。そんなに子どもが欲しければ、結婚して作ればいいじゃん。


 楓は俯き、全身をぷるぷると震わせる。

「……なのよ」

「聞こえなかった。はっきり言って」

「無理なのよ! 私の|身体(からだ)は、子どもを産めないの!」


「始めから?」

「違う」

「ポンコツのせい?」

「違う」


 楓の呼吸が激しくなる。過去に何かがあったことは間違いない。

 記憶を覗いたり、過去に遡って見ることは可能。でも、楓が知られたくないことを無理矢理覗こうとは思わない。


 どうすべきか――ずっと感じていた違和感の正体。楓は読心し、受け答えていた。私が知りたがっていることを認識した上で、楓は黙秘している。


 |読心(どくしん)能力に頼るな、私。

「楓のことを知りたい。変えたい。何かを変えれば、何かが変わる。何を変えるかは楓が決めればいい」

 私は、自分の言葉で楓に伝えた。


 楓が私に見せた|身体(からだ)には、痣、傷、火傷の痕が広がっていた。変色した皮膚と何かの痕。今思えば、楓は頑なに肌を見せようとしなかった。

 聞かなくてもわかる。これらは拷問の痕。


 楓は治すことを望んでいない。何故だ。

 ポンコツは無能とはいえ神だ。望めば治してくれただろう。そのままということは、治すことを望んでいないということ。


「何故、治すことを望まないの?」

「……戒め」

「自傷じゃないよね。誰にやられてるの?」

 一応聞いた。ゴブリン|共(ども)だと、見当はついている。


「記憶、見るね」


  |* * *( )


『……現在判明している死者数は|六六六名(ろっぴゃくろくじゅうろくめい)。警視庁は、暴力団同士の抗争とみて、捜査を進めています』

 翌日。テレビはこの話題でもちきり。


「大規模にやったね」

「ポンコツの権限。神罰というのを使ったらこうなった」

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【短編】ポンコツな神と、増殖するママ はゆ @33hayuu

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