叔母さんとリカちゃん
桐山じゃろ
叔母さんとリカちゃん
昭和の時代に建てた実家を建て替えるというので、押し入れの中身を片付けてくれと親から頼まれた。
今住んでいるマンションのウォークインクローゼットと違い、襖の向こうは上下二つに仕切られている、いかにも昔の家のオーソドックスな収納スペースだ。
押し入れは特に使う必要も開ける必要もなかったので、私が嫁いで出ていく前のままだという。
まず出てきたのは、私が学生時代に作ったものや、貰ったもの。
部屋に飾りきれなくなったぬいぐるみに、本棚に入り切らなかった漫画。
どうして捨てずに持っていたのかわからないほど小さく古ぼけた洋服。
そして、全く憶えのない、巨大なダンボール箱。
恐る恐る中を開けると、布や毛糸、縫い針、編み棒……手芸用品がぎっちりと詰まっていた。
自慢じゃないが、私は不器用だ。
縫い物をすれば縫い目は歪でまっすぐにならず、編み物の編み目を正確に数えられたことなど一度もない。
他にも印をつけるための鉛筆やペン、型紙を作るための方眼用紙、曲線定規や斜め線の入った定規など、不器用な私には使いこなせないものまで出てきた。
ミシン本体は家中何処を探しても見当たらないのに、何故かミシンの抑えの替えが何種類も出てきた。
一体誰の荷物だろう。
不思議に思ったが、巨大なダンボールの中身をこまごまと仕分けているうちに、こんな手芸用品があるのかと少し楽しくなってきたところだった。
ひときわ大きな白い端切れをぺらりとめくると、素っ裸の人形がびっしり並べられていた。
思わず悲鳴を上げた私のもとに、母が駆けつける。手には対害虫兵器を握りしめていたから、ゴのつくアレが出てきたと予想したのだろう。
母に箱の中身を見せると、小さく悲鳴を上げてから、箱について教えてもらった。
母方の叔母さんのものだろうということだった。
母方の叔母、つまり母の妹は一族の中で唯一器用なひとで、人形の服を作ってはフリーマーケット等で売り、そこそこの稼ぎを得ていたそうだ。
言われてみれば、箱に入っていた布は小さな柄の小さな端切れが多かったし、ボタンやフリルなどのパーツもやたらと小さいものが多かった。人形用ならば納得できる。
それが何故この押し入れに入っているのかと問うたら、母は顔を曇らせた。
叔母は私が家を出てから結婚したのだが、お相手が人形趣味に理解を全く示さなかったそうだ。
手芸は場所を取るし、人形を並べて飾るのなんて言語道断。続けるなら結婚を取りやめる、とまで言われてしまった。
そこで、全てをこの箱に詰めてここへ預けた。
母は箱の中身を知らされていなかったが、叔母が時折ここへやってきて、箱の中身を使って何かしていたことだけ把握していた。
叔母が結婚して五年ほどで病でこの世を去ったことは知っていたが、こんな趣味があったとは知らなかった。
びっしり並んだ人形を見たときは――全員の視線が私を見ていた気がしたせいもあって――思わず叫んでしまったが、よくよく見れば、皆経年劣化を感じさせない、きれいな状態だった。
大きさも、リカちゃん人形のサイズから、人の子供くらいのサイズまで、色々ある。
リカちゃんのうちひとりを手にとってみた。
洋服を作れる気はしないけど、この子に服を着せて飾るのは、とても素敵な趣味に思えた。
かくして私の住むマンションの、私の部屋の一角に、人形コーナーが誕生した。
手芸用品はフリーマーケットに出して、得たお金で人形用の服を購入し、人形に着せた。
しかし、やはり私は手先が不器用で、更に言えばガサツだった。
現在、人形の殆どは、綺麗にしようとして髪を梳いたら、全員、もれなく、ぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。
ごめんなさい、叔母さん。
叔母さんとリカちゃん 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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