お前のせいで情緒ぐちゃぐちゃ

汐海有真(白木犀)

お前のせいで情緒ぐちゃぐちゃ

 突然だが本日十二月六日は、あたし――春原早子すのはらさこの十六歳の誕生日である。


 仮にあたしがクラスで大人気の女の子だったとしたら、様々なクラスメイトから「おめでとう!」の言葉を頂きつつ、雑多なお菓子やら素敵な誕生日プレゼントやらにうずもれていたと思う。

 しかし残念なことに、春原早子はこのクラスで全く人気ではなく、むしろ友人は一人だけ――しかも高校に入ってできたのではなく、腐れ縁の幼馴染――という有り様だ。

 よって朝のホームルームが始まる前の今、教室はいつも通りの平常運転である。多分あたしが誕生日だと知っている奴は、あいつ以外にいない。


「おはよー、早子」


 そう、今まさに話しかけてきたこいつ、水嶋顕人みずしまあきひとだ。

 黒い髪にはぴょこぴょこ寝癖がついていてだらしない癖に、昔と比べてすっかり高くなった背丈が生意気な幼馴染。あたしはつんとした態度を意識しながら「水嶋、おはよう」と返答した。


「そうだ、早子、今日の数学の宿題やった?」

「うん、やったけど」

「まじ? あれさー、めっちゃむずくなかった? 俺、何度も教科書確認しちゃったわー」

「へえ。あの程度の問題に手間取るなんて、あんたもまだまだね」

「早子、厳しすぎだろ! どう考えても大変だったってー」


 困ったように笑う顕人に相槌を打ちながら、あたしは心の中でほくそ笑む。恐らく顕人の作戦はこうだ。何気ない日常の雑談であたしを油断させたところで、バーンとプレゼントを取り出し、あたしの驚いた顔を独り占めする! これに違いない。

 まあ別に顕人からのプレゼントなんて欲しい訳ではないけれど、くれるなら貰ってやらなくもない。ワクワクなんてしていない。


 ……と、思っていたのだが。


 チャイムが鳴り、顕人は「あー、じゃあまたな!」と言って自分の席に戻って行った。あれ? と思う。プレゼントどころか、お誕生日おめでとうの一言さえ貰っていないぞ。この十分間、最近の学校の宿題がいかに難しいか難しくないかの議論で終わってしまった。


 そこであたしは気付く。もしや顕人は、あたしのことを焦らしているのではないだろうか! あたしは首を横に振る。危ない危ない、奴の術中じゅっちゅうはまってしまうところだった。


 あたしは他のクラスメイトと喋っている顕人(あたしと違って、顕人は友人が多い)に視線をやりながら、それじゃあ我慢比べといこうか……と心の中で呟きつつ、一限の授業の準備を始めた。




「じゃー早子、俺今日用事あるから! また明日な!」

「うん………………また明日……………………」


 顕人はあたしに手を振って、放課後の教室から足早に去っていく。あたしは魂が抜けた感じになりながら、取り敢えずよろよろと昇降口の方へ向かった。


 革靴を履いて外に出ると、私の気分などお構いなしな晴れた空が広がっていた。いつもは顕人と二人で歩いている帰り道を、とぼとぼ一人で進んでゆく。


 勘のいい方はお気付きかもしれないが、ついぞあたしは顕人からプレゼント……どころかお誕生日おめでとうの一言……さえ頂けなかった。由々しき事態である。


 いや待て、まだあたしの誕生日は終わっていない。恐らく顕人から、本日二十三時五十九分にメッセージアプリで「忘れてたと思った? そんな訳ないじゃーん! おたおめー!」というメッセージが来るに違いない! 違いない……違い、ない…………


 いや、ないな。


 あたしは近くにあった小石を蹴飛ばした。からからと音を立てて転がっていく小石を見つめながら、肩を落とす。


 何ということだ。どうやらあたしはたった一人の友人に、誕生日を忘れ去られてしまったらしい。いや忘れるなよ! だって記憶の限り、毎年お祝いしてくれていたじゃないか!

 去年は納豆巻きのぬいぐるみ(中身の納豆は取り出せる)をくれたし、一昨年は猫のカレンダー(その年のものだったので、二十六日間しか使えなかった)をくれたじゃないか! ……いやあいつ、改めて考えてみるとプレゼントのセンス悪いな……。


 それどころか、あたしは今年の顕人の誕生日(七月七日。とても覚えやすい)にプレゼントをあげているのだ。Ama◯onギフトカード2,000円分。なのに、なのにあいつはあたしの誕生日を忘れたというのか!


 ……もしかすると顕人にとってあたしは、もうそこまで大きな存在じゃないのかもしれない。


 そう思った瞬間、心臓の辺りがずきりと痛んだ。それもそうだ。若干ひねくれているので中々友人ができないあたしと違って、顕人は明るくて優しくて人に好かれる性格をしていて、高校にも沢山の友人がいる。

 だからきっと、顕人の中でのあたしの存在も、段々とすみっこに追いやられて、ちっちゃくなってしまったんだ。


 ふと、目の辺りが熱くなっていることに気付いた。あれ、と思って右手で触れる。透明な液体が付着していたから、あたしはそれを誰かから隠すかのように、強くぬぐった。


 気付けばあたしは、自分の家の前に到着していた。仕方ない、と思う。流石に、家族はあたしの誕生日を覚えてくれているはずだ。今日はお父さんとお母さんと妹の由香子ゆかこに祝って貰おう。

 そう思いながら、あたしは鍵を取り出して自宅の扉を開けた。



「「「お誕生日おめでとう、早子(お姉ちゃん)!」」」



 あたしはぽかんとしながら、目の前に広がる光景を見ていた。お母さん、由香子、そして――顕人が、空のクラッカーを持ちながら玄関に立っている。あたしはクラッカーから噴出されたテープを身にまといながら、呆然と立ち尽くしてしまう。


「え、あの、どゆこと……? 何で水嶋もいんの?」


 あたしの言葉に、顕人はへへっと笑いながら、口を開いた。


「決まってるだろ、サプライズだよ! たまにはこういうのもありかなーと思って、おばさんと由香子ちゃんにも協力して貰ったんだ!」

「よかったわね、早子」

「ケーキも用意してあるんだよ、お姉ちゃん!」


 あたしは取り敢えず、自分の頬をぎゅーとつねってみた。これはワンチャン悲しみに暮れた自分がつくり出したやばめの幻覚なので、もしその場合は早めに回避しようと思ったからだ。でも普通に痛かったので、あ、現実だ、とようやく理解した。


 安心すると同時に、さっきとは比べ物にならない量の涙が、目からぶわっと溢れてきた。


「う、うわああああああああああん!」

「ど、どうしたのお姉ちゃん!? いつものクール気取りのキャラはどこへ行ったの!?」

「妹がナチュラルに失礼! だって……だってえ、水嶋、あたしの誕生日のこと、忘れちゃってたのかと思ってえ……」


 あたしの言葉に、顕人は申し訳なさそうに頬をかいた。


「悪い、ほんとは朝すぐにでも言いたかったんだけど、サプライズだからと思って、めっちゃ我慢してたんだ……! ごめんな、早子」


 そう言って微笑んだ顕人を、歪んだ視界で見つめる。

 ああもう、どうしてくれる。お前のせいで、あたしの情緒じょうちょはぐちゃぐちゃだ。もう自分でも訳わかんなくなってきてるよ。


 ……でも今、かろうじてわかるのは。


 今日のあたしは、最高の誕生日を迎えられたってことだ。




「そうだ、早子! 今年の誕生日プレゼントは、いい香りがするハンドクリームと、マカロンの形をした入浴剤と、綺麗なデザインのハンカチにしたんだぜ!」

「えっ急にプレゼントのセンスが爆上がりしてる! 怖いんだが!」

「……ここだけの話、ネットを参考にしてみたんだ」

「まじでありがとう、インターネット……」



(めでたし、めでたし)

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