墓場からゆりかごまで

「それじゃあ、お父さん、またね」


 母と妹と共にそう言って私は父を見送った。


「では、この次は1年後になります」

「はい、よろしくお願いいたします」


 母は涙で腫れた目を押さえながら、「ライフ・リサイクル」会社の担当者さんに頭を下げた。


――ライフ・リサイクル――


 昔で言うのなら「葬儀会社」とでも言うのだろうか。

 一人の人間の人生が終わった後のあれこれを任せるための会社だ。


 古来から亡くなった人の弔い方には色々な方法がある。時代によって、国によって、その他色々な方法を取られてきたが、現代はこれだ。


――亡骸なきがらをリサイクルする――


 信じられないことだが、最初にこう発表された時、世間では大ブーイングが起こったそうだ。


「冗談じゃない! 人間の尊厳をどう思っているんだ!」

「遺体をリサイクル? はあ? それだったらまだコオロギ食ってる方がましだよ!」

「そんな、そんなひどいことよく思いつけたもんだ!」


 この方式が世界中で一番メジャーな方法になってもう100年が過ぎる。この時代に生きる私たちには何がそんなに問題なのか、もうよく分からない。


 「ライフ・リサイクル」の仕組みはこうだ。

 まず、亡骸を回収して、そこから必要なだけの遺伝子情報を取り出す。その後、残った亡骸をある溶液に浸けて完全に溶かして培養液にする。そこに取り出した遺伝子情報を組み込んだ「培養卵がいようらん」で培養し、新しい生命にする。


「亡くなった人をぐちゃぐちゃに溶かすなんて非人道的!」


 そういう声もあったそうだが、それは亡くなった方をもう一度生命の輪の中に入れるための処置、どこが非人道的なのか私たちには分からない。


 もちろん今でも宗教上だとか、他にも様々な理由で「ライフ・リサイクル」を拒否する人はいて、それはそれでその意思は認められている。だが、人の肉体を焼いて出るその煙は空気を汚し、二酸化炭素を増やす要因になるし、土にそのまま埋めるなんて土壌を汚すことになる。今ではごくごく一部だけの葬送儀式となっている。あ、そうそう、鳥葬だけは自然とのリサイクルということで、昔よりはやや増えているそうだ。


 「ライフ・リサイクル」が違うところは、昔のように肉体を灰にして自然に戻すのではないというところだ。


 あれから1年、「ライフ・リサイクル」の会社から連絡があり、とうとうその日がやってきた。


「どうぞ」

「お父さん、おかえりなさい!」

「あなた、待ってたわ!」


 そこには男の赤ん坊が3人。母と私と妹にそれぞれ手渡された。


「では受け取り証明書にサインを」


 私達は空中に浮かぶ証明書に手のひらを当て、無事に赤ん坊となった父を受け取ったことを確認した。


「それでは、また何かありましたらご用命は当社に」

「はい、よろしくお願いいたします」


 「ライフ・リサイクル」は赤ん坊を届けるまでだけが仕事ではない。この後、子供が成長するにしたがって必要な様々なことに協力をしてくれる。なので最初の会社選びはかなり重要なのだ。


「名前をどうしようかしら」

「私はお父さんの名前から一時取るわ」

「あ、私もそうしようと思ってたのに」


 父の遺伝子を持つ男の子を抱っこして、私達3人はうれしくてたまらなかった。


 子供の数には決まりがあり、その配偶者と子だけと決まっている。それ以上が必要なら、きちんと婚姻関係を結んだ上で自分たちで作るしかない。だが、それは母体に大きな負担をかけるということで、今はこうして子供を手に入れる人の方がはるかに多い。

 そして配偶者が受け取った子供は、次の「ライフ・リサイクル」の輪には入れない。リサイクルは一度だけなのだ。そうしないと地球の上は人間だらけになってしまう。


「こんにちは」


 私の婚約者が父が戻ってきたと聞いて訪ねてきた。


「お父さん、久しぶりです」

「はい、お父さん、隆さんですよ」


 赤ん坊は無邪気に婚約者の顔を見つめている。


「これから僕がお父さんのお父さんですよ」

「なんだか変な言い方ね」


 私は聞いて思わず笑ってしまった。だが、そうなのだ。


 こうして父は私の子になり、やがて私が亡くなった後、また私がリサイクルされた今度は女の赤ん坊をの父親となってくれるのだ。


「この子はその点ではちょっとかわいそうだけど」


 母は自分の腕の中にいる父であった赤ん坊を少し強く抱きしめる。


「でもね、そのあたりもこの先ちょっと法改正されるかもって話よ」

「そうよね」

「だから、それまでその子にも長生きしてもらえばいいのよ」

「ええ、そうね、私も大事に育てるわ」


 こうして生命の輪は続く。遺伝子のリングをぐるぐる回して。


「おっと、娘から電話だ」


 婚約者が空中に立体電話を浮かべた。


「お父さん、息子さんとはちゃんと対面できたの?」

「ああ、もちろん」

「よかったわね、私も早く会いたいわ、言ってみれば私の孫みたいなものなんだから」


 画面の向こうから婚約者が産まれてすぐに亡くなったお母様から誕生した、婚約者と同い年の娘がそう言ってにこやかに笑ってくれた。


「ええ、一緒に伺います」

「待ってますよ」


 やがてこの人の娘にもなる私も父を抱きしめてにっこりと笑った。

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些細な理由/墓場からゆりかごまで(KAC20233参加作品) 小椋夏己 @oguranatuki

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