些細な理由/墓場からゆりかごまで(KAC20233参加作品)

小椋夏己

些細な理由

「あら」


 仕事で訪問先を訪れた時、同僚のアキが挨拶した相手を見て、思わずそう言ってしまった。


「あれ?」


 あちらもそう言ってこちらを見るので、


「え、2人お知り合い?」


 と、アキが2人を交代で見る。


「ええ、大学時代の知人なの」

「やっぱりそうですよね、お久しぶりです」

「いえ、こちらこそご無沙汰しております」


 そう言ってあらためて名刺の交換をし、その日はそのまま終わりになった。


「知人って?」


 アキが興味深そうにそう聞いてくる。


「うん、友人の彼氏の先輩」

「なにそれ、微妙な」

「友人のいたサークル関係の人で他の大学の人。友人の彼氏がその大学の人で、その先輩」

「へえ、なんかややこしいけど、キャンパス生活~って感じのエピソード。でもさ」


 アキがニヤッと笑って顔を寄せてくる。


「なーんか、そんだけじゃなかったような、そんな空気あったんだけどなあ」

「うん、まあ」


 私はしょうがないなと全部話すことにした。

 休憩がてらにカフェに入り、そこで話す。


「私はそのサークルには入ってなかったんだけど、その集まりになんだかんだ言って引っ張り出されていたのよ。そこで友人にお付き合いしないかって、紹介された」

「やっぱりなあ、なんかあった気がした。そんで、お付き合いしたの?」

「ううん、何回か一緒に食事したけど、結局それだけで終わった」

「へえ、いい人そうなんだけどなあ、仕事上でしか知らないけど」

「うん、すごくいい人。そこは保証する」

「好きなタイプじゃなかった?」

「いや、結構好きなタイプ。真面目で、話してても楽しくて、嫌なところってほぼなかった。お付き合いしてもいいかな、と思ったこともあった」

「へえ。そんじゃますます不思議。どうして発展しなかったの? まさか、あっちから断られたとか?」

「ううん、あっちも割りといい感触持ってくれたらしい。けど、私がちょっと距離置いて、そのうちサークルにも顔出さなくなっちゃったの」

「うーん、不思議」


 アキはもうちょっと何か聞きたそうな顔ではあったが、私があまり話したくなさそうにしてるのが分かったからか、それ以上何も聞いてはこなかった。いい友人だ。


 それからしばらくして、アキが、


「今度食事に行きませんかって滝本さんに誘われたんだけど」


 と、言ってきた。


「そう、食事か」

 

 私がそう答えるのに何か感じたのか、


「いいの?」


 と聞いてくる。


「いいのって、何が?」

「いや、なんか、未練あるとか、そういうのない?」

「ないない」

「本当?」


 アキも私も今は特定の相手がいなくて、2人で「どこかにいい男いないかなあ」とか言ってるだけに、ちょっとばかり気をつかったらしい。


「うん、ほんとほんと」

「そうか」


 そう言いながら、それでもまだ私の反応がひっかかるという顔になったが、それ以上何も聞くことはなかった。


 それからまたしばらくして、アキが、


「あのさ、なんか理由分かったかも」


 苦笑しながらそう言ってきた。


「あーやっぱりアキもだめだったか」

「うん、多分あれだよね、お食事」

「うん、そう」

「あのぐちゃぐちゃはなあ」

「うん」


 滝本さんは、実は微妙な「クチャラー」なのだ。


「サークルでみんな一緒の時には気にならなかったんだけど、2人で静かにご飯とか食べると気になってさ」

「あ~分かる」


 アキの話によると、ある休日に映画を見て、それから食事に行ったらしい。


「すごく楽しかったの。滝本さん、感じいいし、気のつく人だし。イケメン彼氏って感じじゃないけど、子供でもできたらいいお父さんになるようなタイプ」

「そうそう、そうなの」

「うん、それで、いい人だなあ、このままお付き合いとかしちゃうのかなあ、とか思ってたんだけど、食事に行ったら、ねえ」

「うん、分かる」


 楽しく食事をしてくれるのはいいんだけど、近くにいると微妙に聞こえる、


「あのぐちゃぐちゃ」

「そう、ぐちゃぐちゃ」


 食べてる相手にだけ届くぐらいの大きさで、延々と続く、ぐちゃぐちゃとねばっこい咀嚼音そしゃくおん


「あれは耐えられなかったわ~」

「分かる~」


 アキは本当にもったいなさそうにため息をついた。


「ねえ、それ注意してあげられなかったの?」

「まさか、それほどの仲じゃなかったし」

「そうよね。友達とか言ってあげる人ないのかな」

「うーん、男同士とかみんなで一緒とかだったら、気にならないレベルかも」

「そうなのよね」

「いっそ、もっとひどいクチャラーだったら、きっと誰かが注意してあげて、治ってるかも知れないのになあ」

「うん。でも、もう今更治らない気がする」

「そうなのよ」


 アキはまたため息をついた。


「あれさえなかったらなあ」

「うん」

「言ってみれば些細ささいなことなのよ、他は本当にいい感じの人だし」

「いやあ、些細っちゃ些細だけど、結構大きいよ、あれ」

「そうなのよねえ」

「もしもお付き合いでもすることになったら、一緒に食事するたびにあれでしょ。そんでもって、もしも結婚なんかしてしまったら、一生続くあのぐちゃぐちゃ。それで私もそっと距離置いたの」

「うん。ああ、本当に些細なことなんだけどなあ」


 と、アキはもったいなさそうに三度目のため息をついたが、やっぱりそれ以上進むのはやめようと決めたようだった。

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