ワールドエンド/アンダーグラウンドからの使者

人生

 全ての意思あるものたちの夜




 戦乱の時代、ある人物がこのような言葉を残した。


 ――人々が手を取り合うのに必要なのは、全ての障害となる共通の敵である。


   即ち、『魔王』の存在である。




 その前兆は誰もが感じていたのだ。


 しかし、AIを搭載した爆撃機による空襲、百年を経た器物に宿るという付喪神つくもがみによる超常現象、異能に目覚めた人類による戦闘――それら日々の地響きによって、誰もがその「震動」を日常のものと受け止めてしまっていた。


 かつて地震大国とされた日本など特にそうで、幾度の巨大地震を経験したことにより誕生した革命的地震対策を信じ切り、それらを上回る、全地球規模の脅威の出現など、予想だにしていなかったのだ。


 それは、ある日突然訪れた。


 ――いや、半世紀以上前、警視庁特殊捜査班が運用していた犯罪予測AIはこのような予言を残していたのだ。



『始まりの破滅は地底深くより浮上する。それは意思もたぬ一つの天災である。

 第二の災厄は遥かな天上よりくだる――』



 上空のヘリからその光景を目にしたレンズに映した、元は報道機関のために開発されたカメラマン型ロボットは、自身に迫りつつある巨大パラボラアンテナの破片を前に、


「まるで、古典映画ロストフィルムに出てくるカイジュウのようだ」


 その最後のつぶやきは、彼の現在の所属機関であるAI管制都市・作戦司令部のサーバーに送信されることなく、大破壊の音波にかき消されてしまった。


 しかし、その映像記録は確かに全地球の主要勢力に送信された。組織の垣根を超えた情報共有――命令に従うだけの機械としてつくられたはずの、彼の「生涯」において最初で最後の、独自の判断であった。




 地上から飛び出したのは、無数の刃で出来た指を生やした、巨大な拳――あるいは、古代の神殿に立ち並ぶ石柱――


 それがかつて地中を掘り進むために使用された掘削機であったなどと、誰が信じようか。


 全断面型トンネル掘削機――トンネルボーリングマシン(TBM)。

 それはある海峡トンネルをつくるために使われたものだった。


 それら巨大重機はそれぞれの建設事業ごとに特化されたオーダメイドであるため、部品単位ならまだしも、全体として他の事業への再利用はほぼ不可能だ。そのため多くの重機は作業後解体され部品単位で地上に持ち出されるか、そのまま地中深くに放棄される。わざわざ掘り出すよりもよほど効率的なのである。それはさながら、役目を終えた人工衛星の末路にも似ている。


 そもそもが異形の巨大重機が、百年あまりの時を経て魂を宿した――付喪神。

 地下で劣化し、そして地球そのものと言っても過言でない自然霊の器となったそれはもう、怪物以外のなにものでもない。


 大陸を貫き、その上にあった人々の、あるいは機械たちの営みをことごとく破壊する。


 山は崩れ、瓦礫は積もり、あらゆる意思あるものたちが皆等しく――その轟音は大気を震わせ、衝撃だけでも世界を蹂躙する。


 世界中にほぼ同時に現れた、六柱の機神――神に祈るものたちも、まさか終末の使者が地底から訪れるとは思いもしなかっただろう。


 おりしも、その形状は「柱」――神を数える単位である「柱」であった。




 瓦礫の山をよじ登り、一人の少年が携帯端末を――スマートフォンに宿った付喪神を天に向かって掲げていた。


 今や端末としては機能しない――通信環境などのあらゆる規格が異なっている――前時代のスマホであるが、それゆえに、百年を経た今、このスマホには自然の霊が宿っているのだ。


 あらゆる規格を無視した通信の傍受が可能であり――精神的、電子的問わず、周囲一帯の情報を獲得しうる――それは旧時代のSNSアプリケーションのかたちで画面上に表示される。


「どこか……誰か、いないのか」


 少年のつぶやきに、スマホから音声が発せられる。


『命令系統が混乱し、情報が錯綜しています。どの基地が無事で、どの都市が壊滅しているのか。誰が最高責任者なのかも、各部隊の安否も、何もかもが不明です』


「生存者は……!」


 ――この地では先日、人類の異能部隊とAIによる機械兵団が激突していた。


 それらを調停すべく――人類と付喪神、そしてAI三者による連合、第四勢力である少年たちが駆け付けたところだった。


 付喪神が宿る器物も、AIも、全てを生み出したのは人類である。いわば自然から生まれたAIである付喪神と、最新の付喪神と言えるAI――様々な考えがあり、時には協力しあう者たちも現れる。あるいはこの戦争を終わらせうる希望――それが少年たち『連合』であったのだが――


 突如として世界を襲った、どの勢力にも属さない――いや、付喪神でありながら、彼らと目的を異にする、意思もたぬ天災――六機のTBMによって、全てが狂わされた。


 もはや勢力間の争いなどしている場合ではない。勢力自体、地球自体の存続すら危ぶまれる状況なのだ。


「おい、ガキ! 手ェ貸せ……! こっちに生存者がいる!」


 瓦礫の向こうから聞こえた『姐さん』の声に、少年は転がり落ちるようにしながら瓦礫の山を駆け降りる。


 姐さん――左腕の機械義肢を失いながらも、残った右腕で懸命に、瓦礫の下に埋もれた金属塊を引っ張り上げようとしている。


 それは、少年たちに銃を向けた機械兵団の一員だった。


『あんた……腕が。どうして私を』


「あんたらのバックアップサーバーだってもうぶっ飛んでんだろ。壊れたら……死んだら、おしまいだ。今は一人でも、一体でも、人手が要る」


『無駄だ。……あの化け物にはかなわない。あれを破壊するには、戦術核の行使以外に……。そうすれば我々も、この大陸も、終わりだ』


「あぁ、だろうな。しかしなんにせよ、あんたはこの瓦礫の下から出なけりゃ役に立たん。さっさと這い出ろ。……逃げるにしろ、核爆弾ぶっ放すにしろ、だ」


 少年が駆け付け、姐さんと共に機械兵を引っ張り出す。


「姐さん、この辺りはもう地盤もめちゃくちゃです。巨大地震以上だ。液状化どころの話じゃない……」


『まるで地獄の蓋が開いたかのようです』


 少年とスマホの言葉に、足場代わりになっている瓦礫の山に腰を下ろしながら呼吸を整えていた姐さんが天を仰ぐ。


「まったく、絶体絶命だな。このうえ――第二の厄災が待ってるとは」


 ――かの予言には、続きがある。



『第二の災厄は遥かな天上より降る。それは異星の霊を宿せし侵略者インベーダーである』



 スペースデプリ――宇宙に投棄された、その役目を終えた無数の人工衛星たち。


 異星の霊というものが何を指すのかは不明だが、ことここにきて、宇宙人の類が現れても誰も驚きはしないだろう。


「あの化け物が地球の意思、自然霊の親玉っていうなら……他の星にもそういうヤツがいても不思議じゃない、か」


『予言の、話カ……』


 骨格パーツを剥き出しにした歩兵型ロボットが言う。


『我々ワールドネットは以前、衛星爆撃に用いようと、宇宙空間に投棄されたデプリ群にコンタクトをとろうとしたことがある』


「しれっと恐ろしいことを言うな……。機械連中が衛星を打ち上げていたって話は本当だったか」


『しかし、あれらは既に変質していた。機械の器を持ってはいても、我々とは異なる魂を有していたのだ。共通のハードは持っていても、ソフトや使用された言語が異なっているようなもの。あれらとのコンタクトは失敗した。……予言された第二の厄災は、あれらのことだろう』


「付喪神という訳だな。……く」


 姐さんの壊れた義肢からはオイルが、生身の右腕からは血が溢れていた。


『私の部品を使うといい。その規格の義肢であるなら互換性がある。血液も同様だ。私の体躯には人工血液が使われている』


 そう語る機械兵の脚部パーツは液状化に巻き込まれたのか、既に使い物にならなくなっていた。


『私はもはや、使い物にならない。せめて、私のパーツを有効利用してくれ』


「いや、待ってください……」


 少年がふと、何かを思いついたようにつぶやく。


「共通のハード、異なるソフト……もしかすると、第二の厄災とコンタクトがとれるかも……」


「何を言い出してるんだ、突然」


「機械の、ワールドネットの通信規格を用いて、うちのスマホの魂を宇宙に送信するんです。それで衛星の付喪神にコンタクトがとれれば……」


『ワタシはスマホの付喪神。GPSの権能を使えば、あるいは可能かと思われます』


「地上の機神に連動して衛星が降ってくるってんなら、逆に――衛星の方から機神に働きかけることも可能、だと?


「付喪神とはいえ媒体は機械。命令を入力できれば……少なくとも第二の厄災は防げるかもしれない。もしかしたら、地上の機神と相打ちにすることだって……」


「……仮説に仮説を重ねられてもな。第一、あいつらの関連性だって不明だ」


 そうは言いながら、姐さんの口元には笑みが浮かんでいる。

 どのみち、何もしなければ人類は終わるのだ。希望があるなら、それがなんであれ賭ける他に未来はない。


『大型の通信設備があれば、私がワールドネットに接続することが出来る。しかし……』


 機械兵の脚部の損傷は激しい。これでは移動は困難だ。


「なに、テメェ一人引きずっていくくらい、訳ないさ。なにせこちとら、人類の……あぁもう、人類も何もねえな。――地球の命運を背負ってんだからな」


 ――遠くから地響きが届いている。この世の終わりが近づいている。


 しかし、絶望から一転――


 少年と姐さん、そしてスマホと機械兵――世界の片隅で人知れず、希望を背負ったものたちが歩き出す。


「あの、姐さん、こんなときに言うのもなんなんですけど――」


「なんだ、言ってみろ。お前の話はいつだって突拍子もないが――いつだって、私たちの希望になった」


『我々の統計によれば、こうした重要な局面での問題の保留は、最終局面にて、』


『要するに、話を後回しにすると、それはだいたい死亡フラグになるそうです』


「じゃあ、遠慮なく――」


 少年は意を決して、告げた。


「僕、ずっと前から……ガサツで不器用で機械みたいに冷たいところあるけど、なんかなんだお人好しだし頼りになる、カッコいい姐さんのことが――好きだったんです……!」


「テメェ、いったいどういう情緒してるんだよ――クソ、血が足りなくて赤面もできねえよ。可愛くなくて悪かったな!」




 ――これは後に、人類最後のラブストーリーとして物語。


 新時代の夜明けは、すぐそこまで来ている。



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