高処より、愛を込めて ~Re:Load/Dead~

御子柴 流歌

世界を『ととのえる』


 平々凡々だと思っていた日常が瓦解する。

 そんなこと、びっくりするくらいに一瞬だ。

 そもそもこの世界は混沌で出来ているのであって、決して物事は整然と並べられているはずがない。本当に整理されていたら日頃の争いなんて起き得ないのだ。


 最初の間は、メディアはもちろん専門家でさえ、その流れを見誤った。

 どうせいつもの流行感冒ウイルスのようなもので、ただそれよりも少しばかり症状が重たいだけ。

 情報が少ない上に、そこに正常性バイアスがかかってしまえば、それは仕方のないことだ。


 ――誰かが間違っていたのではない、誰もが銘々に、めいめいうちに間違っていたわけだ。

 そもそも、4くらい、何とはなしに全員が薄々気づいているはずだったのに。

 備えあれば憂いなし。

 何も慌てる必要はない。

 しかしそんな言葉も最早聞こえない。ありとあらゆる罵詈雑言にあっさりとかき消されてしまえば、綺麗事なんてそんなもんだ。

 所詮は虚しい幻想だったことが白日の下に晒されてしまった現状を考えれば、こんな言葉は二度とこの世間に広まることはないのかもしれない。 

 その備えが、あっという間に消え失せるのだ。

 そもそも、そんな市井のための備えなど、無かったのだ。

 あとはもう、ある意味ではいつも通りというかなんというか。

 狂乱の園があちらこちらに出来上がる、日常の転回。

 商品だろうと正しい情報だろうと、それはすべて等しく。

 本当に欲しいものが手に入らない。

 溢れているはずのものが拾えない。

 善悪の判断など必要がない、なぜなら今生きている自分こそが善なのだ――確固たる信念基づいたモンスターが街をうごめく姿は、まさしく狂騒だった。



 ほら、今もまた。

 テレビ画面の奥の方で怒鳴り声がする。

 そこにあるのはドラッグストア。

 また、何の罪もない店員が取り囲まれている。

 わざとらしくカメラがそこを切り取っていく。

 カメラクルーがいるのにも関わらず怒鳴り声をやめないのは、若者から中年、老人に至るまで。

 まさしく老若男女の区別などない。

 本当の意味で「備え」に走った者。

 その流れを見て「デマ」を流した者。

 その「デマ」を封じ込めようとした者。

 今となってはどこに原因があるかはわからない。

 ただ結果的に、「デマ」が「現実」になった。

 言ってしまえば、それだけの話だった。

 まったく、息苦しい世の中だった。



           ○ 


 

「やっぱり、そうなると思ったよ」

 男は椅子に深く座ったままで、各地から飛んでくるありとあらゆる映像データをワンクリックで切り替えながら、わらった。

「ここまでは順調だな。予想通りだが」

 驚天動地、莫迦騒ぎ。

 同じ阿呆なら踊らねば損? そんな物言いは莫迦のすること。

 踊った結果が、今彼の目の前にあった。

 市井のあちらこちらから、聞こえてくるのは怒声と悲鳴。

 瞬く間に空になっていく店の棚。

 他人の買い物カゴから商品をさらい取り、それをさらにさらい取られる連鎖反応。

 その様子はさながら、弱肉強食のサバンナの世界だった。

「バカらしい」

 口ではそう言うが、その頬は完全なる愉悦でつり上がっている。

「バカらしいが、ニンゲンなんてそんなもんだ。こういうときに限って、どこぞのツラもわからないような奴の流言飛語に平気で流されるから、この世は面白いんだ」

 こういう祭りはに回るに限る。

「最高に想像通りで、眠くなるな」

 男は欠伸をひとつこぼしながら、さらに嗤った。

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高処より、愛を込めて ~Re:Load/Dead~ 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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