二人の男が斬り合う話

南雲麗

本編

 刀と刀の激突とは、かくも壮烈なものなのだろうか。刃が重なるたびに閃光が生まれ、二人の男の顔を照らしていた。互いに決して良い形相とは言えない。一方はあからさまな髭面であり、もう一方は常ならば眉目秀麗であろう顔を修羅へと変えていた。もっとも、髭面の形相も修羅であることには相違ないのだが。


「うおおおおおっ!!!」

「ぜあああああっ!!!」


 互いに喉を焼き尽くさんばかりの蛮声を上げ、刀をぶつけ、しのぎを削る。刃先がぶつかるたびに生まれる破片が、互いの肌をかすめ、傷つけていく。それでも両者は、互いを標的とした斬り合いを止めなかった。


「寅造ッッッ!」

「丑松ぅうううっっっ!」


 眉目秀麗が髭面の名を、髭面が眉目秀麗の名を呼び、刀――正確には長ドスと呼ばれる白鞘の長脇差――を振るい合う。その決闘の地は、家々の灯りさえもが心もとない路地の裏。しかし両者とも、敵なる者の姿は見逃さない。見逃さないが故に、壮絶な近接戦を繰り広げていた。髭面のほうがわずかに背が小さいようだが、その分刀の荒々しさには凄まじいものがあった。だが丑松と呼ばれた眉目秀麗は、柳のように受け流し、隙を見ては致命の一撃を狙っていく。


「いい加減、くたばれよやぁ……!」

「こっちの台詞だぁ、この野郎……!」


 しばしの間刃を鳴り散らし合った両者は、今度は互いの血なまぐさい息を嗅ぎ合うほどに近くで顔をぶつけた。鍔迫り合いだ。もっとも、白鞘は鍔を持たない。それ故両者は、互いの拳と体重を相手に押し付け合う。こおおお、かあああ、と息を吐き、全身全霊を賭して眼前の敵へと挑み掛かる。


「これでも食らえやぁ、美男子様よぉ!」

「かあああ!」


 しかしそれも長くは続かない。寅造が力任せに丑松の腕をかち上げ、左の前蹴りを腹に叩き込んだのだ。たまらず丑松はたたらを踏む。そこへ襲い掛かるのは寅造による喧嘩殺法、大上段の豪剣だ。風切り音さえ備えて、丑松の脳天を目指す。


「なんのぉ!」


 だが丑松もさる者、恐らく剣術という面においてはこちらに一日の長があった。あえて腰を落とし、長ドスを掲げて豪剣を受け止める。その顔はわずかに苦痛に歪むが、致命となるのは避けられた。


「いい顔だぜぇ、二枚目ぇ!」

「その口、永遠に縫い止めてくれる!」


 豪剣による手のしびれを無視して丑松が吼える。長ドスを弾き返した流れから、繰り出されるのは左の横薙ぎ。今まで幾度となく放たれた致命の攻撃に同じく、これもまた生命を刈り取りに行く一撃。しかし寅造は飛び退くではなく、低く屈んで一歩踏み込んだ。なんたる胆力。なんたる身のこなし。長ドスはすでに、腰溜めに構えられていた。


「くっ……」

「左の脇、丸出しだぜぇ」


 どすん。

 鈍い音が路地裏に響く。大振りの一撃に対しての低く、鋭い踏み込みは、丑松をもってしてもかわし切れなかった。脇腹からえぐるように差し込まれた長ドスは、過つことなく彼の臓腑を貫いていく。


「か……は……!」


 寅造が軽く相手を見上げれば、丑松の口からは血があふれていた。寅造の口が、狂喜に歪み掛ける。命を取ったという確信が、彼をそうさせた。しかし。


「だがなぁ……まだだ」

「むうっ!?」


 丑松の目は、死んでいなかった。それどころか、狂気に歪んでいた。寅造は、長ドスに抵抗を感じる。丑松の左手が、白刃を握り込んでいた。刃渡りなど、無視されている。指が千切れても構わない。そういう握り込みだった。


「があああ、抜けん!」

「抜かせねえよ……」


 寅造は長ドスを抜けない。想定外の抵抗に心を奪われ、刺し込んだ一点に視界が凝縮される。そこへ振り下ろされるのは。


「貴様も地獄だ……!」

「ぐああああっ!」


 鉄槌か、それとも死神の鎌か。右に構えていた己の長ドスを使って、丑松は寅造の背を刺した。ただ刺したのではない。刃が自分にまで達しかねないほど深く、生命をえぐるかのように、丑松は寅造を貫いた。


「ごぼおっ……」


 寅造が、口から血をこぼす。その時、両者の目が合った。互いに口から血をこぼしたその様が、二人の間に様々な感情をもたらした。


「いい顔にぃ、なったじゃねえかよぉ。侍崩れの、青二才」

「うる、さいぞ。醜男」


 息も絶え絶えに、末期の言葉をぶつけ合う。思えばかつては、同じ一家に草鞋を脱いでいた。寅造には丑松の秀麗さと剣術達者、女の目を引き付けることが鼻についたし、丑松にとっては寅造の先輩風と豪放ぶり、同性からの羨望の眼差しが癇に障った。

そんなだから頭が死んで一家が割れた折り、籍を分かつのもまた妥当だった。両者は互いをめがけ、小競り合いを繰り返し――そして今に至る少し前、夜道に互いの姿を見かけたのだ。


「此処で会ったが百年目」

「そいつはこっちの台詞だ、スケコマシ」


 悪罵の声をぶつけ合い、二人は段平を抜いて斬り合った。一家のメンツもへったくれもない、私闘呼ばわりされても文句の言えない戦いだった。しかしどちらも引けなかった。引けずに斬り合い、結果。


「ぐうっ!」


 血を流し、どちらからともなく崩折れる。折り重なる。あたかも、最期の最期まで意地を張り合ったかのようであった。


「つづ、き、は、じご、くだ、なぁ……」

「ごめ、ん、こうむ、る……」


 寅造が言い、丑松が一蹴する。それが最後の、両者のやり取りだった。

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