ぐちゃぐちゃの占い師

にゃべ♪

ぐちゃぐちゃの線を見れば何でも当たる

 春の穏やかな陽気は眠気を誘う。まだ3月に入ったばかりだと言うのに10年に1度の陽気で4月の気温を記録していた。こんな気持ちがいいとあくびが逃げてしまう。ああ、ダメだ、職場にで眠る訳にはいかない。

 俺に会いに来るクライアントにマヌケなところは見せたくないからな。


 と、頬を叩いて気合を入れ直していたところで、早速悩み多き女性が現れた。俺は秒で接客モードに切り替え、爽やかな笑顔を見せる。


「よくいらっしゃいました。どうぞ、おかけください」

「あの、私、すごく悩んでて。助けてください!」

「まずは落ちついてください。話を聞きましょう」


 女性は今の恋人との関係について悩んでいるようだ。基本的な情報を聞いてイメージを構築していく。必要な情報が揃ったところで俺はノートを取り出し、紙面にマジックを置いた。


「あの……。何を?」

「今から占いますからね」


 そう、俺は占い師。占いの方法は古今東西様々なものがある。タロットだったり、占星術だったり、易だったり。俺の占いは俺が独自に編み出したもの。インスピレーションに合わせて白紙のノートにぐちゃぐちゃと線を書いていくのだ。その形から未来を読み取る。この占いは俺にしか出来ない。他人が見てもただのデタラメな線にしか見えないのだ。

 今回の占いでも、俺はいつも通りにノートにぐちゃぐちゃの線を書く。その形を見れば、俺だけに線は適切なメッセージを教えてくれた。


「佐々木さん、この話は進めた方がいい。恋人を手放しちゃダメだよ」

「はい! 有難うございます!」


 俺にアドバイスを求めた佐々木さんは、とびっきりの笑顔で帰っていく。こうしてまた1人の悩める女性を救った。占う方法こそマイナーだけど、俺はそこそこの人気を誇っている。この仕事を始めて2年、一度もクレームが来た事はない。それどころか、リピーターと言うかお得意さんの数は地味に増え続けている。

 常連が増えて評判が高まる事で、俺はこの仕事にやりがいを感じているんだ。


 そして、今日もまた悩める人を前にして俺はぐちゃぐちゃと線を書く。線はいつだって俺に適切な答えに導いてくれた。


「恋人と結婚した方がいいよ」

「今の会社、転職した方がいい」

「その趣味を極めれば、食いっぱぐれないよ」

「ヤバいね。今すぐ逃げな」


 正直、占いとは言っても実際はカウンセリングみたいなもの。ぐちゃぐちゃ線で話のベースは構築するけれど、話しながら依頼者の心の動きをみているんだ。そっちの方を重視している。結果は出たけど言わない事の方が多い。

 氷山みたいなものだな。3割も伝えられれば、それで十分なんだ。


 そんな感じで充実した日々を送っていたある日の夜、職場に相応しくない人物が入ってきた。酔っ払いだ。たまに興味本位で占ってくれってクレーマーがやってくる。今回もまたその類だろう。さて、どうやってお帰り頂こうか。

 酔っ払いがやってくる頻度は月に1度か2度。あしらい方も心得ている。怒らせないように満足させるのは、俺の腕の見せ所でもあった。


 酒くさい息を撒き散らしながら、男は俺の前にどっかりと乱暴に座る。まずは相手の観察だ。掛ける言葉を間違えれば、すぐに職場は荒らされてしまうだろう。

 俺はノートとマジックを出して、男からの言葉を待った。


「あんだ? そんなので占うってか?」

「ええ。なんでも当ててご覧に入れましょう」

「どうやって占うんでえ」

「このノートに、マジックでぐちゃぐちゃと線を書いて占うんです」


 説明を聞いた男は突然ガタッと立ち上がる。流石にこのリアクションは想定外だったので、俺の身体は一瞬硬直した。


「おいおいおい、そんなの俺でも出来らあ!」


 男は俺からマジックを強引に奪い取り、ノートにグチャグチャと乱暴に線を書き散らし始める。何かに取り憑かれたように一心不乱に書き続ける彼の目は、どこか人間ではないような恐ろしい気迫を感じさせた。

 ただ線を書くだけでここまでの圧を感じさせるだなんて、只者ではない。一体この酔っぱらいは何者なんだ――。


「どうでえ!」


 書き上がった線を見た俺はそのヤバさに気付く。けど、それは俺の勘違いかも知れない。なので、平静を装いながら酔っ払いの座った目をじっと見つめた。


「この線の意味は?」

「我、ここに復活……世界を混沌に導かん……」

「おい、やめ……っ!」


 悪い予感は当たった。ノートにぐちゃぐちゃと書かれているように見えるそれは、この世界と異界とを繋ぐゲート。そして正気を失った男は、事もあろうに魔界一の実力者を呼び出そうとしていたのだ。

 そう、酔っ払いは魔王の眷属に憑依されていた――。


「こんなところにいたか勇者ァ!」


 ぐちゃぐちゃの線から邪悪で恨みのこもった声が聴こえてくる。このまま放置していたら、この世界に魔王が顕現してしまうだろう。

 俺は速攻で酔っ払いにワンパンを入れて昏倒させる。これで儀式は中断したはずだ。そしてすぐにノートの新しいページを開き、ゲートに向かって封印用のぐちゃぐちゃ線を書いてそこに重ねる。こうする事で、ゲートの効果を上書きして無効化するのだ。


「貴様ァ、何故私を拒否するゥ!」

「俺はもうあんたに用はないんだ。この世界での俺は勇者じゃない。ただの占い師なんだよ!」


 処置が間に合ったので、俺は魔王を魔界に戻す事に成功する。こうして問題は無事に解決した。けれど、騒ぎを起こしてしまったからもうこの職場にはいられない。俺はすぐに荷物をまとめ、占いの館を去った。結構この街、気に入ってたんだけどな。

 バスで街外れまで移動した俺は、そこでノートにぐちゃぐちゃの線を書いてゲートを創り、この世界とおさらばする。ゲートの向こうは、もう別の異世界だ。


 その日、世界から1人の占い師が消えた。彼の事を知る者は、この世界には誰もいない。ぐちゃぐちゃ線占い師の放浪の旅は続く――。

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ぐちゃぐちゃの占い師 にゃべ♪ @nyabech2016

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