映画のタイトルが思いだせない

坂本 光陽

映画のタイトルが思いだせない


「ええと、何だったかしら。ヒロキ、覚えてない?」

「何の話だよ」


「だから、私たちが初めて一緒に観た映画の話。ゾンビ映画を観にいったでしょ?」

「デートでゾンビ映画? そうだったっけ」


「どうして覚えていないのよ。初デートで観た映画でしょ」

「それはお互い様だ。でもゾンビ映画は絶対に観ていない。それだけは断言できる」


「どうして断言できるのよ」

「俺は映画館でホラー映画を観ないから。スクリーンで観るのは、SFかアクション物だけだ」


「とにかく、ゾンビが登場した瞬間に、私は気分が悪くなったのよ。吐き気を覚えて、すぐに出ていきたくなった。でも、初デートだから必死に我慢したの。健気でしょ? そんな私に見向きもせず、ヒロキは能天気に楽しんでいた」

「ちょっと待て。その相手は本当に俺か? 他の男と間違えてないか?」


「何言っているの。デートでゾンビ映画に誘うのよ。そんな無神経な男、ヒロキ以外にいると思う?」

「とにかく、俺は映画館でホラー映画を観ない。SF映画なら別だけど」


「だったら、教えてよ。私との初デートで観た映画は何?」

「そんなの覚えていない。繰り返すけど、ゾンビ映画は映画館では観ない。深夜映画とかテレビドラマで数回観ただけだ」


「テレビドラマじゃなくて、映画の話をしているの」

「待てよ、ゾンビ映画でなくても、ゾンビに似た化物が出てくることはありうるか。例えば、吸血鬼に噛みつかれて化物になるとか」


「いいえ、あれは間違いなくゾンビだった。ぐちゃぐちゃのズルズルだったんだから」

「ぐちゃぐちゃのズルズルか。まるで見当もつかない」


 その後も不毛なやりとりが続いたが、後日、映画のタイトルが判明した。


『悪魔の毒々スペースバンパイア』。宇宙人のミイラがよみがえり、それに噛まれた人間が化物になる、というストーリーだった。初デートでこんな映画に誘うなんて、当時の自分を殴ってやりたい。




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