本格インドカレー専門店オーナー、大いに憤る。

高村 樹

異文化相互理解は大事

イムランは、宮城県某所で本格インドカレー専門店を営むパキスタン人である。


故郷シンド州の特徴を色濃く反映した彼のカレーは、スパイスや調味料をふんだんに使った本格的な味だと評判で、コロナ禍にあってもかなり繁盛していた。


この日本における成功を導いたのは、やはりイムランの研究熱心な性格によるところが大きかった。


日本に来た当初のイムランは、まず各地のカレー人気店に自ら赴き、日本人がどんな味付けを好むのか徹底的に調べ上げた。

この時点で本格インドカレーじゃないなどと突っ込まないでいただきたい。

生活が懸かっているのである。



自らの店が成功してからも、イムランの研究熱は冷めることは無かった。


そして今日も、わざわざ隣県にまで足を運び、地元で美味しいとされるカレー屋にやってきた。

この店は日本人のオーナーが経営する金沢カレーを提供する店だった。


金沢カレーが如何なるカレーなのか興味をそそられた私は、思わず店主に質問してしまった。


店主曰く、金沢カレーとは、金沢市を中心とする石川県のカレーライス店で供される独自の特徴を持ったカレーライスを言うらしいが、店主は東京の板橋出身であるそうで、金沢には行ったこともないし、実際に他店の金沢カレーを食べたことは無いそうだ。


食べたことのない金沢カレーの作り方をどうやって会得したのか聞くと、店主は困ったような顔で、「ユー〇ューブで勉強した」と教えてくれた。


そろそろ店主に怒られそうな気配を感じたので、その金沢カレーを実食することにした。

もちろん、イスラム教徒であるイムランは豚肉を食べることはできないので、ハラールフードであるかは確認しなければならない。


どうやら、ルーには豚は使用されていないものの、上に乗るフライは豚肉のフライだそうでこれは抜いてもらった。


やってきたカレーはどうやら牛肉を主体としたカレーのようで、大盛りの切ったキャベツが添えられていた。

本来はこれに先ほどの豚肉のフライが載り、その上にたっぷりソースをかけて食べるらしい。


隣の客が頼んだ同じカレーと比べると私の皿は随分と貧相に見えたがまあ仕方ない。



イムランの目から見る日本のカレーは、故郷のカレーとは全く異なっており、強烈なカルチャーショックを受けたが、他にもその食事の仕方についてとても驚かされた。


日本人のカレーの食べ方を観察すると、だいたい三種類に分類される。


一つ目はあまりルーとライスを崩さず、スプーンで綺麗にすくって口に運ぶ食べ方。

二つ目は口に運ぶ分だけ混ぜる食べ方。


この二つはパキスタン人である彼から見ても、まあまあ受け入れられる食べ方であるのだが、最後の一つだけにはどうにも不快に思われてならなかった。


三つ目の、イムランが考える駄目な食べ方というのは、皿に盛りつけられたカレーとルーそして具の全てが均一になるまでぐちゃぐちゃになるまでかき混ぜてから食べ始めるというものだった。


そして、今まさに隣の客がその食べ方で食べ始め、連れに何やら講釈をはじめた。

豚肉のフライまでスプーンを使ってガチャガチャと大きな音を立てて混ぜている。


「インドではこうやって何でもかき混ぜてから食べるんだ。だから、行儀悪くなんかないよ。これが通の食べ方なんだ」


イムランはその客の講釈に、「違う!」と叫び、インド人に代わってボリウッドダンスを炸裂させたい気分になった。


そもそも完全にぐちゃぐちゃになるまで混ぜるのはインドでも南の方の地域等、一部地域だけだ。


その他の地域でも混ぜたりはするが、全てをグチャグチャに混ぜるのではなく、ほどよいバランスで各種おかずやカレーとお米を混ぜ混ぜして食べるのが、行儀のよいスマートな食べ方なのだ。


インド出身のバイト店員、チャンダン君の嘆く顔が目に浮かぶようだ。


私の出身であるパキスタンでもそういった食べ方の地域がないことは無い。

だが、基本的には全部ぐちゃまぜが良いなどということは無いし、そもそも主食はナンであることが多い。


私はインド人に対する誤解を解くために、席を立ち、隣の客に教えてやろうかと思ったがやめた。


なぜなら、隣の客の髪形は、日本人の中でも危険であるとされるパンチパーマにソリコミというフェイマスなものだったからだ。


日本人の友人に、その髪型の者には近寄るなと教わっている。

確か、ジャパニーズギャングのトラディッショナルなヘアースタイルだとのことだった。


私は目を合わさぬように、自らの豚肉フライ抜き金沢カレーを食べ始めた。




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