「よりよい社会をつくりましょう」
ゴオルド
<核>が言うことは絶対に正しい。
我々はシナジーを目指したのだった。
みんなで影響を与えあい、共鳴し、個では出せないパワーを生み出しましょう。とても素敵な話だ。1足す1が3になるのだ。みんなで力を合わせれば、きっと差別のない社会をつくれる。そんな希望を掲げて、我々は社会を変えるための組織となった。
けれど、人間には個性がある。それぞれの価値観があり、人格がある。みんなの目指す方向が一致するなんてあり得なくて、共鳴なんてできるはずもなかった。
それでも正しい道はこれしかないのだと信じて、シナジー的組織を目指した。我々は組織の足並みをそろえようと、なるべく話をまわりに合わせた。個人の意見は表明しないように心がけた。みんなが「あれは良くないよ」と言えば、それはきっと正しいのだろうと仲間を信頼し、「そうだそうだ」と賛同した。
すべては、差別のない社会をつくるために。
正しい理想のために。
いつしか我々は「共鳴できる者」と、「共鳴を求める者」に分かれていた。
他者に共鳴した者は、相手の意識と同化してしまった。
共鳴を求める者は、組織内に派閥を生んだ。派閥同士が衝突すると、よりパワーを持つほうが生き残り、負けたほうは相手に同化した。
衝突と同化を繰り返し、たったの一つの絶対的な真理である核が誕生した。
我々は核に従うパーツである。我々は何も考えなくていい。核が正しく理想の世界へと導いてくれるのだから。
核こそが真理。
核こそが世界の全て。
核になれなかったものは、一人残らず、核の道具だ。
我々は脳に送受信機を埋め込んだ。これでいつでも核の指令を受け取れるし、間違ったことを考えてしまったら、核がただしてくれる。
そう、我々はハイブマインドになったのだ。
ハイブマインドには個などなく、核の指示するとおりに動き、全体の利益だけを追求するのだ。
「よりよい社会をつくりましょう」
なんて素晴らしいのだろう。我々は幸福を確信した。
ある日、この世界に女の子がやってきた。
「女の子」だ。
驚くことに彼女には生まれつき性別があった。我々ハイブマインドにはそんなものはない。昔はあったはずだが、核が性別のない世界をのぞんだので、我々は性別を捨てたのだ。性別がなければ、性差別も性犯罪もなくなる。差別のない世界へ一歩近づく。とても良いことなのだと核は言った。だから、そうなのだ。
肉体には性別がない。
核がそう言ったから、人体に性別などない。
しかし、その子供は女の子だと名乗った。高校生ぐらいのティーンエージャー。禁じられた言葉でいうところの、女子高生。
ああ、これは良くない。
人間には性別などないという核の言葉が嘘になってしまう。女の子は性別を捨てなければならない。もしくは死ななければならない。
核は女の子に語りかけた。
――性別を捨てよ。
――性別とは陰謀である。
――性別とはカルトの思想である。
――性別とは……
「うるせえな」
女の子は、男の子みたいな言葉を使った。核は混乱した。この子は男の子なのかもしれない。
「私は女だ」
ますます核は混乱した。だって、ちっとも女の子らしくない。女の子というのは、おしとやかで優しくて家事が好きで……乱暴な言葉など使わないものなのだ。
「勝手に女のことを決めんなよ。「らしさ」とかくっそウザイんだよ。大体あんただって、女じゃないか」
指さされたハイブマインドは、びっくりして、核に判断をあおいだ。
核は、ハイブマインドに性別はないと言ってくれたので、みんな安心した。
「気づいてないのか? 血、出てんぞ」
指摘のとおり、そのハイブマインドは股間から血を垂れ流していた。
「○●●されたんだな。膣の上部に裂傷を負ったんだろう」
聞きとれない。今なんと言った? れ●△、だめだ、言語化できない。脳内の思考がかき乱される。
「妊●したかもな。いずれ△産することになる」
わけがわからないことばかり言うその子を殺せ。全てを語る前に消さないと危険だ。そう核が命じた。
我々が襲いかかると、女の子はマシンガンをぶっ放した。多くのハイブマインドが頭や腹を打たれて死んだ。
あり得ない。
女の子が銃を持つだなんて、そんな男みたいなことするわけがない。大体女の子の知能では、銃の使い方も理解できないのではないか? 核がそう言っていたのに。
股間から血を流したハイブマインドには弾が当たらなかった。だが、涙を流していた。
なぜ泣くのだろう。
核は泣いていない。それなのにハイブマインドが泣くのはおかしい。それは個の感情だ。涙は組織に波風を立てる。そんなものは許されない。核が許さない。
そのハイブマインドの処刑を核が命じたので、女の子のことはひとまず置いておいて、我々はその個体を先に殺した。
石で頭を打たれ、地面に倒れたハイブマインド。核がこれはどうしようもない出来損ないだと判断したので、しかたがないのだ。こんなことでは我々は何一つ感情を動かされない。
「おまえら、本当にそれでいいのか」
女の子は顔をしかめた。
「おい、おまえ。その腹、臨●だろう?」
女の子は、今度は腹の大きなハイブマインドを指さした。
「父親は誰だ。おまえも○●●されたのか」
父など世界には存在しない。ハイブマインドには性別がないのだ。なぜなら核がそう言ったから。この世界には父親も○親も性犯罪もないのだ。どうしてそれが女の子にはわからないのだろう。
ある日突然、ハイブマインドが新しい個体を<召喚>することはあるが、それは性別とは何の関係もない。特定のハイブマインドだけが、特定のハイブマインドの体内に臓器の一部を挿入する。挿入するハイブマインドはなぜか腕力が強い。非力なハイブマインドは逆らうことはできない。受け入れて泣くハイブマインド。拒絶して殺されるハイブマインド。なかにはみずから望んで臓器を受け入れるハイブマインドもいるが、子を<召喚>するときに障害が残ることが多い。そうなると核が安楽死させてやることになっている。
ああ、産●人△医がいた過去の世界では治療も受けられたし、もっと安全に<召喚>できただろうに……。望めば△絶の薬だってもらえたはずだ。いや、産●人△医など妄想だ。性別のない世界では許されない職業だ。こんなことを考えるなんて罪深い。こんな遠い昔の記憶はすぐにでも忘れるべきだ。
しかし産●人△医は性差別の象徴として消されたが、ペニスと精巣と前立腺の病気を治療する医者は消されずに残っている。どうして……。隣に立っていたハイブマインドから肘でつつかれ、はっとした。いけない、あやうく危険思想を抱くところだった。核が決めたことに疑問を抱いてはならない。
どこからか悲鳴が聞こえた。一部のハイブマインドたちは凍り付いたように動きをとめた。平然としているハイブマインドたちは、悲鳴のもとへ駆け寄り、人垣をつくって見物した。
我々は黙った。
女子高生も何も言わず、冷めた目で我々を眺めていた。
服を引き裂く音が響いた。荒い息づかいと、低く野太い笑い声。笑っている笑っている笑っている。甲高い悲鳴が絶叫に変わる。
絶叫が途絶えた。脳内の送受信機から情報が入ってきた。ハイブマインドは殺されたようだ。最近一部のハイブマインドの間で流行っている遊びだ。臓器を挿入しているときに相手を殺すと愉快な気持ちになるのだという。
殺人は罪ではないのか? もちろん罪だ。だが核は何も言わないし、誰も罰しない。だから、問題はないのだろう。
核が創った世界では、日に日に小柄なハイブマインドの数が減っていっていた。食料が足りないのかもしれないと核は言い、小柄なハイブマインドにたくさん食べるよう指示したが、食べてもぽっちゃりするだけで、大型のハイブマインドのような体型にはならなかった。
若い個体は、<召喚>に耐えられずに死ぬことが多かったが、たくさん食べることで無理矢理体を大きくし、死亡率をほんの少し減らすことができた。だが、一部のハイブマインドが「無理に太らせるのは良くない」といい、若い個体を華奢なままでいさせることを要望した。核は容認した。
失われていく。どうしてだかわからないが、非力で小柄なハイブマインドがどんどん少なくなっていく。数字でいうと、もう全体の3割を切っていた。なぜなのか、誰もわからない。
性別をなくした世界では、性差別も性犯罪も起こらないと核は言った。殺人だって起こるはずがない。だから、何も起こっていない。我々は何も感じない。社会はより良くなっているのだ。
「いいかげん目を覚ませよ!」
核は世界の真理だ。
「現実を見ろ。おまえたちがやっていることは、女を踏みつけることだ」
核の言うことは絶対に正しい。
これは性差別も性犯罪もない社会。そう核が言ったのだ。そうでなければ……そうでなければ私は……!
背の高いハイブマインドが彼女に詰め寄った。
「歪んだ言葉でみなを惑わす者よ、おまえは保守か、それともカルトか」
女の子は鼻で笑った。
「どっちも違うね」
そのハイブマインドにむけてマシンガンを撃った。
筋肉が発達したハイブマインドが女の子に詰め寄った。
「おまえはフェミニストだな。性別のない世界はおまえたちが希望したことだろう」
女の子はおどけて舌を出した。
「見当違いもいいとこだ」
ハイブマインドを撃ち殺した。
――おまえは何者だ。
――おまえは何者だ。
――おまえは何者だ。
一斉に詰め寄るハイブマインドに向かって、彼女はマシンガンを乱射した。
「右か左かカルトかフェミか。そういったラベルがなけりゃ、相手の正体も見極められないのかよ」
血しぶきが舞う。
ついさっきまで血が通っていた手足が転がって、絡み合って、温度を失っていく。
丸太みたいなゴミが積み上がる。
我々は、誰も差別されることのない、よりよい社会をつくった。その担い手として私は……。もういい、自分を誤魔化すのはやめだ。私がやったことは間違いだったのだ。差別主義者のための楽園づくりに荷担してしまっていた!
「私が何者かって? 私はおまえらを助けにきた救世主さまだ」
マシンガンの音とともに、ハイブマインドが崩れ落ちる。
その光景に私は圧倒されていた。胸を打たれたといってもいい。もっと俗な言い方をするなら、すかっとしていた。
死んでしまえ、みんな死んでしまえ。
この銃声は福音だ。
道を間違えた私が最期に出会えた希望。無意識に両手を組んで、祈りを捧げる。お祈りの言葉も何も知らないけれど。
きっと私は出来損ないのハイブマインドなのだ。
間違ったことばかり感じている。
これでは核に消されてしまうだろう。脳内がちりちりする。もう終わりだ。
それなのに、私は笑っていた。
だって思い出したのだ。かつて私は女だったことを。私には父と母がいた。夫がいた。
そして、
娘と息子がいた。
ああ、ああ!
私は祈る。
どうか、どうか私の子供たちが安心して平和に生き
<end>
「よりよい社会をつくりましょう」 ゴオルド @hasupalen
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