ケイコの話
和響
本を買う
『頭の中がぐちゃぐちゃになると住空間に物が溢れます。家が片付かない人ほど、心の中も片付かない問題で溢れかえっているのです』
はあー。立ち読みをしている『人生薔薇色 取捨選択の心得』を読みながらケイコは溜息を吐いた。まさに今の自分そのモノだと。
大渕堂が閉店すると聞いた時は悲しいと思うよりもまず先に「セール品を買いに行こう」だった。閉店セール。大渕堂は本だけでなく文房具や雑貨類も売っている。それを目当てに来たはずが、なぜか収納や整理整頓を紹介しているコーナーに足が向いた。理由は分かっている。要らない物が増えすぎて、家が片付かず汚いからだ。ケイコが思っている以上に潜在意識はそれに危険信号を出している。だから自然とこのコーナーに足が向いたのだと。
「頭の中がぐちゃぐちゃな人ほど、か——」
はあー。また溜息を吐く。頭の中がぐちゃぐちゃ。自覚はある。山積する問題から目を背け、向き合ってこなかったのは自分だ。痴呆の入り始めた母親と二人暮らし。昨日も家から抜け出して大変だった。施設に入るまでではないと思っている。でもこのままではいけないとも。
本にまた視線を戻す。
『まずはいる要らないで区分しましょう。分別がめんどくさいと思うならば、分別はしなくて大丈夫です。お金を払えば業者が一括で引き取ってくれますよ』
不必要なものを買う為のお金ならある。大渕堂に閉店セールの雑貨を物色しに来たくらいなのだから。
——ここで何か買ったら、また物が増えるだけ、か……。
この本を購入し実践すれば家が片付き自分の頭の中もすっきりとするだろうか。こういう類の本は何冊か持っている。でもこの本は持っていない。
ケイコはパタンと本を閉じ値段を見る。千五百円。どうやら本は割引対象外のようだ。
それでも。
「これ、買っていこっかな」と、ケイコはレジに並ぶ。また一冊余計な物が増えたことにも気づかずに。
完
ケイコの話 和響 @kazuchiai
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