勇者ぐちゃぐちゃ、旅立つってよ

闇谷 紅

旅立ちへ


「勇者ぐちゃぐちゃよ、よくぞ参った!」


 片膝をつき首を垂れる若者を玉座から見下ろしつつ言い放つ国王陛下を右手前方に、俺は努めて無表情を装っていた。


 勇者ぐちゃぐちゃ。襲名制でこの国では勇者の称号を得た者は老若男女関係なく「ぐちゃぐちゃ」という名となる。


 なんでこんな名前なのかには諸説あり、初代勇者が凄まじい膂力の持ち主で、敵対者はみな元が何だったのかわからないぐらいにぐちゃぐちゃにされてしまったからというのが一番有力な説なのだが、私生活がだらしなく、自分の部屋がぐちゃぐちゃだったからなんて説もある。


 いずれにしてもそのネーミングはどうなのよと思わないでもないが、俺は城勤めではあるがただの兵士だ。物申す権限もなく、勇者との関係もこうして城に勇者が訪ねてきたときに顔を合わせるかどうかと言ったところだろう。


「結局のところ、他人事」


 という訳だ。付け加えるなら俺は現在仕事中でもある。いや、仕事中なのに要らんこと考えていていいんかいとツッコまれるかもしれないが、ぶっちゃけ謁見の間にまでやってきて陛下を害そうなんて不埒もの自体が俺が兵士になってから一度たりとも現れていないのだ。


 この謁見の間、巨大な魔道具でもあって王家の者に害意を抱いた者が近づくと内部に知らせる仕掛けになっており、暗殺者の類はこの仕掛けでまず謁見の間に通されることがない。


「このような大掛かりな仕掛けを用意してあることも、逆に言えば王家の者が命を狙われ必要にかられたということなのだがな」


 この謁見の間の警備につくことになり魔道具の説明を聞かされた時の兵士長の苦々しい表情は今でも思い出せる。それまでは俺同様に謁見の間に勤めた兵士たちが命がけで陛下を守って来たのだ。


◇◆◇


「それで……どうしてこういうことになるのでありますか?」


 そんなある日のこと。突然俺は勇者の供を命じられた。唐突過ぎて、思わず兵士長に尋ねてしまったが、仕方ないだろう。

 昨日も今日も、そしてこれからも。ずっと城勤めの兵士として過ごしてゆくと思った俺にとって青天の霹靂だ。


「勇者ぐちゃぐちゃが言うのだ、『今のままでは戦力が足りません』と。これは一理ある。勇者ぐちゃぐちゃはまだ供も居らず一人だ。旅をするにあたって野宿をすることもあろうが、一人では『交代で眠る間もう一人が見張りを』と言うことも出来ん。満足に休息がとれねばいずれどこかで不覚をとることもあろう」


 言わんとすることは理解できる。理解りはするが、なぜそこで旅のお供を城勤めの兵士から出すのか、これがわからない。

 そう正直に述べた俺に兵士長は言う、政治的判断だと。


「仮に勇者ぐちゃぐちゃが使命を果たしたとする。この時勇者の仲間に城の者が含まれていなかったことを考えてみよ。『国は勇者を送り出しはしたがロクな支援もしなかった』と非難の声が上がるのは目に見えている」

「あぁ」


 それで国の支援が目に見える形になるよう俺が勇者に同行するという話になる訳か。


「金銭や装備などで支援した場合、勇者が持ち逃げする可能性が考えられるのでな」


 兵士をつけるというのはそれも理由らしい。


「それはわかりましたが、数居る兵士から何故自分なのでありますか?」


 ただ一つまだ腑に落ちないことがあるとしたら、それは何故俺が選ばれたかと言うことだが。


「お前を見込んで、と言うのではダメであろうな?」

「は、はぁ」


 兵士長の言葉に曖昧に応じるが、正直俺は城勤めの兵士の中では普通に平均的なくらいの腕っぷしだと思っている。これが城一番の槍使いだとか言うなら直前の兵士長の言葉で納得できたのだが。


「ちょうどよかったのだ。腕利きを勇者の供にはつけられん。それは勇者の成長を阻害する。だが、だからと言って駆け出しの兵士を供につけたところで勇者の旅の足を引っ張るであろう。最悪供をして数日で死亡することもありうる」

「な、なるほど」


 確かに新入りの兵士はつけられないし、腕利きをつければ勇者が頼り切ってしまうことも考えられるというのは頷ける。こう、ちょうどいいと言われて納得できるかは話が別だが。


「危険な旅になるであろう。故に給与にも特別手当が支給される」

「それはありがたいのでありますが、勇者の旅に同行する自分にその手当てが受け取れるのでありますか?」

「それは問題ない。勇者の支援は何処も国を挙げて行うことになるであろうからな。お前も勇者の供をするなら支援対象となる。どの国でも給与は受け取れるだろう」


 故に大丈夫だと兵士長は言う。俺としては全然大丈夫じゃないが、おそらく勇者の旅への同行に拒否権は存在しない。

 案の定というかそれからいくつかこまごまとした説明をされた中で、言われた。勇者の旅のお供をするのは王命であると。これはもうどうやっても拒否できそうにない。


「どうしてこうなった」


 勇者との落合場所に向かう途中で頭を抱えたくなりながら俺は呟いた。


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