100年後の聖女が呼び出されないように、しっかり目を光らせておかなきゃね!



 新たな黒き翼の乙女が生まれ、大空に飛び立った。


 その知らせを受けた黒髪の男は歓喜し、呟く。


「ようやく運命の乙女に巡り合える」


 ―――と。



   * * *



 なんて清々しいんだろう!


 自分勝手な人たちの勝手な思いなんて何も目に入らない、黒いモノに包まれているせいでモノトーンの世界だけれど、今の私にはいっそ爽快なくらいだ。


 今なら分かる。魔王の言葉の意味が。


『何も知らぬ小娘――後悔するがいい』


 後悔したわよ!まさか拉致されただけじゃなく監禁までされるなんて思いもよらなかったもの。ゲームみたいに「貴女だけがこの世界を救う力を持った最後の希望です!」なんて大勢の人たちに跪かれ、持ち上げられて、人生経験の乏しい若造な私なんてコロッとだまされちゃったわよ。必死で訓練して聖女の力を使えるようになって、ごつい兵士のおじさん達と一緒に命懸けで、魔王や魔物討伐の旅を1年間も続けたのよ!?


 ほんとむさっ苦しかったわぁー。中高年以上の軍隊で若者なんて居なかったけど―――今なら分かるわ、あれって万が一のロマンスも生まれないような人選だったのよね?思惑通り、王国に戻った途端王子様たちに運命だって感じちゃったわよ!

 まぁ、すぐにあいつらを覆うドロドロカラーに辟易しちゃったけどね。


「おい娘」


 晴れやかな気持ちをぶった切る男の声!私を束縛しようとする色味大洪水の男連中からようやく逃げ出して来たって言うのに、また男なの!?女難じゃなくって男難の相でも出てるの!?

 仕方ない、さっさとあしらって立ち去ってもらうわ!だって私は無敵の魔王なんですもの。


「なによ!っていうか私ただの娘じゃないんですよ!魔王なんですから大きな態度で話しかけないでもらえます!?私今とっても人間不信なんですけどぉ!?」

「お前こそ何を言う、魔王は私だ」

「は?」


 ふんすと胸を張った私の正面には、青空の中にぽっかりと浮かんだ暗雲を背負って男が浮かんでいる。

 そうだった、ここ空だったわよね?私飛んで来たはずだし!?


「お前は聖女の力で黒い翼が生えただけの娘だろう?魔物を精神干渉し操るテイムする力はあるようだが、魔物を生み出せる唯一の魔王は私であってお前ではないぞ?」

「はぁぁぁぁあ!?」


 色々疑問な事はあるけど、男が呆れを隠そうともしない表情で言い放った内容が衝撃的過ぎて、素っ頓狂な声が出たわ。


 ――って言うか、話が違うわ!?じゃあ魔王……もとい、もと聖女たちが変身した格好?存在?って魔王じゃなかったの!?けどお城で見せられた本には魔王って解説付きの絵まで残ってたんですけど!?


 疑問符が頭の中で踊りまくっていると、目の前の男――改め真・魔王さんがちょっと嬉しそうに話し始める。


「あの娘達もお前と同じ聖女が闇落ちした姿だ」

「あ、そこは合ってたのね。だったら彼女たちが私……聖女の力を受けてきらきら光って消えたのって――」

「お前たちの世界へ戻ったのであろうな」

「あ、そこも合ってたのね」


 良かった、魔王は間違いだったとしても、まだ良い。帰還方法があったと思ったのが間違いだったんじゃあ立ち直れなさすぎるわ。


「だが王国が次の聖女を召喚できる魔力を蓄えるまで、これから100年の月日がかかるだろうな。その永き間、お前は奴らに魔王と勘違いされたまま、お前を討伐しようと諦めもせず向かってくる奴らの相手を独りでせねばならなくなるぞ」

「100年!?浦島太郎じゃあるまいし、帰ったら家族も何もかも居なくなりましたってそんなオチな訳!?しかも私が独りで王国を相手に戦うってナニ!?魔王は貴方なのよね!?」


 衝撃の事実のオンパレードだ。バーゲンセールだ。なんだこの偽魔王化→浦島太郎状態→王国との単独ガチマッチ開催の最悪コンボは!


「というか、お前は私が恐ろしくはないのだな」

「へ?」


 威圧感たっぷりに声を掛けて来たはずなのに、いつの間にか柔らかな物言いに変わっていた男を改めて見てみる。


 射干玉ぬばたま色の腰まで届くサラサラ髪に切れ長の鋭い目。色が分からなくなった私にも何故かはっきりと解る紅玉色の瞳は怪しげな光を湛えて探る様にじっと私を見つめている。手足の爪は猛禽類と同じく鋭く尖り、禍々しい闇色に染まっている。背には私と同じく烏の様な漆黒の羽が3対生えて、頭からは捻じれた角が迫り出し、口元には肉食獣を思わせる牙が覗く。身を包むのは、幾重もの美しいドレープを寄せた、ローマの神々が纏うトーガによく似たもので―――はっきり言おう、ファンタジーでよく出て来る悪魔だ。それもとびっきりの美形の。しかも、私の反応を伺うみたいに、不安気に見詰めて来る表情には、むしろ庇護欲をそそられる。


 なんだこれ、頑張った私へのご褒美なの!?

 しかもこの男の全身を包むのは純然たる黒。色が無い。黒い光が彼の中に吸い込まれて行っている。


「今までの聖女は私が声を掛けるなり逃げ出し、一人辺境の地に潜んで私の眼から逃れようとしたものだが……」

「100年前ってことは1920年ごろ――大正時代よね。たしかにその時代の人たちには一般的な恰好じゃないかもしれないわ」


 私達ってゲームやアニメで、その手の格好への耐性が付いてるって言うか、むしろ萌えを感じる世代なのよね。時代が彼に追い付いたってことね!


「だから、むしろご褒美ありがとうございます!ってカンジ?」


 悪魔スタイルの美形魔王を今一度、上から下までじっくり眺めてから眼福ごちそうさまです!って頭を下げる。すると、男は一瞬キョトンと目を見開いた後、ぶはっと噴き出した。


「くくっ……。なんなのだお前は。面白い。それでこそ私が待ち望んでいた運命で結ばれた乙女だ。お前といればきっと面白いことがたくさんあるのだろうな。」


 得体のしれない真っ黒な相手なのに、久しぶりに見た心からの笑顔に、私の心があったかくなる気がする。お城の中には色が入り乱れた嘘の笑顔がいっぱいだったから、笑顔を向けられてもどこか白けた気分だった。魔王は、ひとしきり笑うと、一つ息をついて、真剣な表情に切り替えてじっと私を見詰めて来た。


「私と同じく黒き魔力に覆われた者でなければ、この身に集まる力が害となって生きている事すら出来ん。だがお前はこの世で唯一、私と同じく黒き魔力に覆われた存在だ……頼む、この寂しき私の運命に、共にに寄り添ってはもらえぬだろうか」


 魔王が物語の騎士の様に跪き、左手を自分の胸に当てて、右手を私に差し伸べる。

 物語のヒロインになったみたいな高揚感と、魔王が私に向ける懇願するような視線に、必要とされているんだって嬉しさと、心弾むドキドキが合わさって、見えなくなったはずの世界が美しく色付いて見える気がする。


「まずは100年、お友達から始めるので良ければ」

「構わんよ。それよりも随分永く待ち焦がれて来た。それで嫌なら異界へ帰ると良い。孤独を癒してくれた詫びだ、止めはせん」


 寂しげだけれど優しく笑う魔王に、ぎゅっと胸が締め付けられる。だから、きっとこの人を置いていくことは無いんだろうなって予感がする。まぁ、そんなことは言わないけど。



 こうして私はこの美形魔王と平穏に100年を過ごすことになりました。



 ハールム王国が次の聖女ぎせいしゃを呼び出さないように、しっかり目を光らせておかなきゃね!だって恋のライバルが増えるのが嫌なんだもん。ま、そのホンネは内緒だけどね!






《完》

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聖女召喚!魔王の絶えない王国と懲りない面々 弥生ちえ @YayoiChie

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