(KAC20233)理解できぬ狂気

古朗伍

理解できぬ狂気

 これは遊び。

 何百年と生きて、多くを従えて、崇められて、誰もが私を見上げた。

 目に付くもの全てが私を敬う。認める。それはとてもとても心地いい。

 その見返りに、私からも彼らに多くを与えた。

 “音”の使い方を与え、その魔法の使用を許可した。


 腕の経つ者を眷属として迎え、誰も私のやる事に異議を唱える者はいない。

 いくつもの街を、いくつもの国を、いくつもの人を従え、そして飽きてしまった。


 つまらないものだ。自分を脅かす存在が居ないという事は、本当に毎日がくだらない。


「どうされましたかな?」

「つまらないのよ。ここ50年くらいね」


 最初の眷属に愚痴をこぼす。そして、お忍びで街を歩くと、幸せそうに過ごす人々が目に映った。そこには両親に手を引かれて楽しそうに笑う子供の姿もある。


「どうされますか? 他の同胞に戦でも仕掛けますか?」

「――――やめるわ」

「どのような意図で?」

「私を知る街、国、人を全て滅ぼしなさい」

「全ての眷属を招集いたします」

「期限は今日から二日よ」


 そこからは、少しだけ楽しかった。

 まさにこの世の地獄と言わんばかりに、街は、国は、人は荒れ狂い、昨日まで笑い合っていた者たちは互いに殺し合った。まるであらゆる色をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような“音”を聞き、まだ私の知らない“音”があったと心地よさを感じる。

 栄えた大陸は一夜にして全ての機能を失った。


「少しは曇ったお心は晴れましたか?」

「ええ。少しだけね」


 それから私は一人の少女になった。そして、ある家族の元へ身を寄せる。






「ソニア姉さん。早く帰ろう。もうすぐ暗くなるよ」

「ええ。あ、セル」

「なに?」


 私は“弟”の頬が汚れていたので拭いて上げた。


「あ、ありがと……」

「ほら行くよ。負けた方は皿洗いね」

「ちょっとズルいよ!」


 私は行きずりの所を一人の女の人に助けてもらった。

 彼女はこの世界では珍しい『ドラゴンスレイヤー』であるらしく、その家には様々な“道具”が置かれている。そして、


「おかえり。セル、ソニア」

「ただいま。母さん」


 彼女――リーフ・ラウトには息子が居た。名前はセル・ラウト。私はセルが物心つく頃からリーフさんに助けてもらったのだ。

 リーフさんは私の事を本当の娘のように迎えてくれたし、セルも姉のように慕ってくれた。

 あの街で見た、幸せそうな家族。あの中にいる者の気持ちと他では感じ取れない“音”は私の心を十全に満たしたのだ。






 だから――

 こうする事に躊躇いはなかった――






「なんで……なんでなんだよ! ソニア姉さん!!」


 リーフさんを殺した。向けられるセルの眼は困惑と悲しみが混ざった、ぐちゃぐちゃな“音”を私に響かせる。

 この感情は他では味わえない。心から慕い、本当に母と思えた女性を殺し、弟のように可愛がった家族からその眼を向けられる。


「セル。教えてあげるわ」


 私はセルに向かっていつもの笑みで答える。


「この世は私のおもちゃ箱なの。前は“平和ごっこ”を楽しんで今回は“家族ごっこ”をやってみたのよ」

「家族……ごっこ?」

「そう。今、私は凄いの。今までにない“音”が、ぐちゃぐちゃになった頭と心に次々に聞こえてくる」

「何を……言って――」


 私はリーフさんの死体を引っ張り起こして、お礼を言った。


「ありがとう、リーフさん。貴女の娘ごっこは楽しかったわ」

「――――ああああああああ!!」


 セルが感情のままに近くの剣を持って斬りかかって来た。しかし、その刃は私に届くことは無く、割り込んだ最初の眷属が軽々と止める。


「遅いわ。バトラー」

「これでも急いだ方でして」

「どけ! そいつを――」


 バトラーは私を“そいつ”呼ばわりしたセルを蹴り飛ばす。あら、痛そう。


「うごぅ……うううぅぅ……」


 俯せにうずくまるセルを別の眷属が踏みつけた。


「カッハハ! 威勢の良いガキだな!」

「カーン。あまりいじめないで上げて。一応は私達の敵よ」

「あんまりにも弱すぎて木っ端かと思ったぜ!」


 セルは押さえつけられていても私を睨んで来る。

 悲しみ……いや、怒り? 理解も感情も追い付かない程に頭も心もぐちゃぐちゃであるハズなのに、その根底にあるのは……こちらの芯にまで響くような“殺意”は――


「お前だけは……ソニアァァ!! お前だけは絶対に許さない!! 絶対に……殺してやる!!」

「ふふ。ふふふふふ。まだまだ遊べるかしら?」


 私はセルに近づくとしゃがんで眺める様に見下ろす。


「いいわ。アナタは殺さない。楽しみに待ってるから」


 そして、私は彼の意識を奪った。その刺し殺すような眼がより洗練されて、私のおもちゃとして目の前に立つ時を想像すると……思わず笑みが零れてしまう。






「ねぇ、彼は来るかしら?」

「……」

「相変わらず無口ね。貴女は退屈しないの?」

「……」

「何を創るまでもなく、何を成すわけでもなく、人に混じって本ばかり読んで。貴女って本当に理解できないわ。もっと私達は混沌に生きるべきでしょう?」

「……私は貴女を止めに来たの。『音界龍』」

「――――ふふふ。ふふふふふ。貴女、そんな眼も出来るのね。『風天龍』」

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