☆KAC20233☆ 笑顔を向けてくれる人 (桜井と瀬田②)

彩霞

心の変化

 桜井雄一の顔には、近寄りがたいような歪さがあり、その上左側にはやけどの痕がある。そのため彼の顔を見た者は怖がるか目を背けるばかりだった。


 しかし、大学生になってから自分のことを怯えずに、真っ直ぐ見る人物に出会った。名前は瀬田大樹。バイト先の先輩である。

 明るくて、快活で、爽やかで。誰とも分け隔てなく接するので、男女ともに人気がある。また瀬田が雄一にも当たり前のように接するので、仕事のやり取りをするときだけは他のメンバーも徐々に目を合わせて話すようになってくれていた。


「クマさん、一緒に写って!」

 着ぐるみを着た雄一はトテトテと歩いて小さな女の子の隣に立つと、母親が持つカメラで撮ってもらう。パシャリ。当たり前だが自分の醜い顔は写らない。

「クマさん、ありがとうー!」


 ——楽しい……かもしれない……!


 嬉しそうに笑って立ち去る少女に、クマ―雄一―も楽しそうに手を振る。

 着ぐるみというのは不思議である。中身はどこの誰とも知らぬ人間なのに、これを着ればテーマパークのメインキャラクターの「クマ」になれる。もちろん、キャラクターに合わせた動きをする努力は必要だが、こんな風に求められることが今まで全くなかったので、心の奥からじわじわと温かいものが込み上げてくるのを感じた。


 着ぐるみのバイトが決まったときは、「その醜い顔では人と対面する仕事など出来やしないのだ」と言われた気がして、苛立ち、気を静めるためにA4サイズのコピー用紙をぐちゃぐちゃに丸めてストレス発散をしていたのに、始めてから二か月続いている。また瀬田の教え方が上手いものだから、練習しているうちに同僚にも褒められるほど上達してしまった。


 一仕事を終えて事務所に戻ると明るい声が聞こえた。


「桜井、お疲れ!」

「……お疲れ様です!」


 自分に向けられた笑顔と、たった一言で、雄一は今日も明るい気持ちで過ごせるのだった。

 

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