只今チャレンジメニューを攻略中

 移動している間に雨が降ってきて、二人で一つの傘に入って移動した。おばあさまの家から歩いて行ける距離ではあったけど、ちょっと道に迷ってしまい、昼の営業時間の終了ギリギリに到着する。これを逃すと夜の営業開始を待たないといけなかったので、間に合ってよかった。


「いらっしゃいませー」


 テーブルを拭いていたおばさんが顔を上げて「二名さま?」と聞いてきたので、モアは正々堂々と「チャレンジメニューをひとつ!」と言い放つ。違うだろ。まだ注文するターンじゃあない。この前のラーメン屋は並んでいる時に麺の量を答えなきゃいけなかったけどさ。


「ひとつ? お連れさんは?」


 結構こういう客がいるのか、おばさんは慌てる素振りを見せない。俺は「水でいいです」と答える。何か注文したほうがいいんだろうか。


「二人で分けるの?」

「我が一人で挑戦するぞ!」


 モアの言葉に、おばさんが視線を上下させながら「えぇ……ウチの、かなり多いわよ……?」と訝しがる。

 まあ、そうでしょうね。


「平気だぞ!」


 モアはご機嫌な時のように「ふんふん」と鼻を鳴らした。こういう時に『自分はどのぐらい食べられます』と証明できるものがあればいいのに。免許証みたいな。俺は取得できないやつ。こういう時にしか使えねェけど。


「彼氏さんが横から食べたら、反則だからね」


 あまりにも自信満々なもんだからおばさんが気圧されて、俺に注意を呼びかけた。おばさんが疑いたくなる気持ちは十二分に伝わっているから、俺は「わかりました」と言い返さずに席に座る。店内はこぢんまりとしていて、四人が座れるテーブル席が二つと、カウンターのみだ。入り口に近いほうのテーブル席に座った。モアも向かいに腰掛ける。


 モアの場合、やせの大食いとも違うし。

 やせの大食いだとしたら度が過ぎている。


「おとうさーん! スペシャルひとつー!」


 注文が通った。

 厨房からは「あいよー!」と威勢のよい声が返ってくる。


「ちゃんと食べ切れるんだろうね?」


 俺たちの前に一個ずつ水を置くときまでおばさんが睨みを利かせてきた。


「あなたたちみたいな若い人が、ネットで調べて何十人と来て「人気店だな! きっと美味しいに違いないぞ! タクミも何か食べよう!」


 おばさんの嫌味を遮るように、卓上のメニューを俺にグッと押しつけてくるモア。これでも朝食と昼食を済ませてからきている。宇宙人は違うらしいけど、俺はまだお腹が空いていない。


「なら、焼きそばとか」

「ウチに麺類のメニューはないのよ」


 ほんとだ。ない。


「ウチのとっつあんがね、『麺食いたきゃラーメン屋行け!』って、頑固なもんで」

「ほうほう! 一理あるぞ!」


 そうか?

 こういう地域土着の中華料理屋ではそういうのって許されてんの?


「厨房にいるのがウチのダンナで、とっつあんのそういう頑固なとこに惚れて、弟子入りしたのよ」

「ふむふむ! 職人気質かたぎ!」


 この話長くなりそう。おばさんはすっかり語りモードになってるし。

 時間的にはラストオーダー終わりじゃないの? 新しい客入ってこない?


「あの真剣な目!」

「いい音だな!」

「そうよ、いい男なのよー」


 おみずおいしいな……東京の水道水……おいしいおみず……。


「おまえさん! 喋ってないで店閉めてもらわんと!」


 おや。入り口の方を一斉に見る。

 まだ入っても大丈夫なのかと店の外から様子をうかがっている人がちらほらいた。


 厨房から気になったようで、ダンナ――さっきの話からいくと、二代目店主かな――が呼びかける。ナイスアシスト。これが熟練の技か。


「あっ、そうねそうよね。……はーい!」


 おばさんが俺たちのテーブルから離れて「ごめんなさいね。あそこのカップルさんでお昼は終わりなのよー。また夕方か、明日来てねー」と客になれなかった人々を帰らせていく。言われてみると同年代ぐらいの人が多い。スペシャルドラゴンカレー目当てなんだろうか。


「さて、どこまで話したかしら」


 人を追い払って戻ってきた。


 他のテーブルの片付けはいいのか。なんなら俺が片付けてもいいんだけど。ここに座っていても、モアが食べているのを見ているだけだし。


「スペシャルドラゴンカレーは、どの辺がスペシャルなのか教えてほしいぞ!」


 ダンナ自慢が続くよりは断然マシなので「そうそう。俺も気になってました」とモアに乗っかる。


 あと、昇竜軒は例のゲームの必殺技から取ったのかとか、前にチャレンジメニューをクリアした人はどんな人だったのかとか。


「トッピングの説明からいくわね。まず、うしカツ」

「とんかつじゃあないんですね」


 よく言われるのか、おばさんは「そうよ。とんかつで満足しているうちはまだ平成。令和は牛カツの流れがくるわ」と得意げだ。とんかつは豚なぶん、十分に加熱しないと危険だし。牛カツのほうが柔らかく仕上がりそうではある。


「ダンナのいとこさんが栃木で酪農家をしていてね。そこから美味しい牛さんを回してもらってるの」

「美味しい牛さん……!」

「よだれ出てるよ」


 モアはこれから食べるんだからいいだろ。


「次に、エビチリでも使う美味しいぷりぷりのエビを使ったエビフライ。カツとフライに使っているパン粉は、駅前のパン屋さんのこだわり食パンよ」

「ああ! あの! この前テレビで紹介されてたぞ!」


 結構テレビ見てるんだな宇宙人。

 もしかしたら俺よりも見てるんじゃあないか?


「中華料理といえば!」


 おばさんが急に俺へ振ってきた。

 え、中華料理? 範囲広くない?


「遅いわね。エビチリ、麻婆豆腐、青椒肉絲ちんじゃおろーすよ!」


 そうなの? 他にもたくさんあるじゃん。この店の売り上げトップスリーかな?


「つまり! 麻婆豆腐と青椒肉絲ものせてあるのよ」

「一皿に美味しいものがたくさん盛られていて嬉しいぞ!」


 カレーのトッピングとしておかしくないか。ごはんに麻婆豆腐はもう麻婆丼だし。青椒肉絲もどうなんだ。すぺしゃるだから看板メニューを集めたかったんだろうけどさ。


「忘れちゃいけないのは

「忘れそうだったぞ!」


 すでに大騒ぎしているもんな。主役がたくさんいる状態。

 でも、スペシャルドラゴンだから、カレーが主役じゃないと。


「このカレーはね、ダンナのおかあさん――うちの姑さんの味と、うちの味をかけ合わせて作った特別な味なのよ」


 あ。

 話が戻ってきた。


「姑さん、たまに店に来てくれてたのよ。それで、ある日、とっつあんのカレーを食べて。『隠し味が足りない』って言って、お鍋にお味噌をドーンと入れてった」

「「味噌!?」」

「これがとっても美味しくて、お客さんにも好評でね。中華料理屋なのに定番ランチメニューにも昇格したの」


 おばさんが涙ぐんでいる。

 今のエピソードの中でなんか泣けるところあった?


「一昨年、姑さんが亡くなられて」

「なんと……悲しいな……」


 泣けるポイントここか。


 おばさんは目頭を押さえながら「みんなにもっとカレーを食べてほしくて、スペシャルドラゴンカレーをチャレンジメニューとして考えたのよ」とまとめた。


「そうか……我のようにチャレンジしに来るものな」


 それにしてもカレーの上に乗せすぎじゃん? いいの? 味の邪魔にならない?


「できたよー!」


 とまあ、オチがついたところで完成したようだ。

 カウンターに置かれる山盛りのカ……カレーというか、牛カツとエビフライの主張が激しい、謎のすり鉢。


「我の胃袋は宇宙に通じているからな! 思い出もまとめて美味しくいただくぞ!」

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カリーバッドエンド 秋乃晃 @EM_Akino

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