KAC2023 書類整理

かざみ まゆみ

書類整理

「やばい、全然片付かない……」


 樺山は雑然とした自分のデスクを見つめて呆然としていた。

 自身の念願叶い、地域安全課から刑事課への転属が決まったところだった。

 しかし、課内でも一二を争う受け持ち案件の多さが仇となり、引き継ぎに苦労をしている。


「先輩みたいに天才的な記憶力の持ち主なら書類整理も簡単なんだろうか……?」


 樺山は高校時代の先輩である某探偵を思いだす。


 ――記憶力は関係ないか。


 その某探偵が貧乏ぐらしで、アルバイトもしている事を樺山は知っていた。


 ――弁護士を続けていたら、あの記憶力を遺憾なく発揮出来ただろうに……。


 彼が眠気覚ましに伸びをすると、その手が机の上の資料に当たってしまう。

 崩れた書類の山から、青葉大の生徒が起こした事件の資料が出て来た。


「そう言えば、この事件も先輩が犯人を取り押さえた事件だったな……」


 ――この事件も妙な事件だった。


 資料を見ながら樺山が首を傾げる。


 捕まえたストーカー犯人の言動が支離滅裂だったため、本部ではドラッグ中毒を疑ったのだが、薬物反応は一切検出されなかった。

 それどころか、ある時を境に犯人はまるで憑き物が落ちたのかと思うほど、取り調べに対して従順だった。


 しかし、被害者の同じ大学の女性に対し、重過ぎるほどの好意を寄せていた事は認めるものの、犯行は否認していた。

 それどころか、このストーカー行為から逮捕されるまでの記憶もないと訴えていた。

 もちろん、周りの証言や防犯カメラの映像など物的証拠も揃っている。

 本人だけが全面否認している状態だ。


「フゥー」


 樺山はもう一度大きく伸びをすると、気分転換に喫煙所へと向かった。

 夜更けの喫煙所には誰もいない。


「以前はこの時間でもヤニ吸っている奴がいたもんだけどな。禁煙か……俺もしなきゃいけないかなぁ」


 樺山家には先日、第一子となる男の子が誕生したばかりだった。妻が妊娠中は家での喫煙を控えて署内で我慢していたのだが、妻からは全面禁煙を勧められている。


 ――世知辛いねぇ。


 樺山が大きく煙を吹き出すと同時に、スマートフォンの着信音が鳴り響く。


「てめえ、どこで油売ってんだ? 机の上がグチャグチャじゃねえか! 早く片付けろ!」


 それは聞き慣れた課長の嫌味だった。


 樺山は大きなため息を漏らすと、吸いかけの煙草を揉み消し、重い足取りで喫煙所をあとにした。

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