ぬいぐるみと彼氏
豆腐数
推しぐるみVSリアル彼氏
おかえんなさーい、と夕食の匂いと共に今日来訪予定であった彼氏の
「ウインナー乗せカレー作っといたよー。デザートにイモモチもあるから」
「肉肉しいカレー食った後にイモとか無理だろ。明日にしてくれ」
つれなく言いつつもちゃぶ台の定位置に座ったので、私はカレーをよそってあげた。私も隼人もお酒は飲まないから、飲み物は水。普段は麦茶とかジュースくらい出すけど、今日はカレーなのでシンプルな水が欲しくなるだろうというチョイスだ。
自分の分もよそって、食卓の端っこに「緑くん」を乗せスマホでパシャー!激写!
「おい」
「撮るだけだもん。撮ったらちゃんと片付けるしー」
言いながら私は、「祭壇棚」の中に「緑くん」の「1号」を入れた。そこには違うデザインの「緑くん」ぬいぐるみの10号機まで、今写真を撮った「緑くん」も同じく10号機まで収められていて、好敵手と睨み合うカード入れも未開封で置いてある。
SNSに「彼氏くんとおうちごはん」と書き込んでさっきの写真も一緒にUPして、今度こそ素直にいただきまーす。隼人はまだブスーっとしたまんまだ。
「怒ってないで、こないだ一緒に見たアニメの続き見ようよ。あの彼岸花咥えてた百合っぽいアニメ」
「そんなんで誤魔化されねーし」
私はこの百合っぽいアニメも、敵側のヤバイ緑髪お兄さんが一番好きだったりする。ちなみに「緑くん」は茶髪なので彼のジェネリックとして楽しんでいるわけではない。性格全然違うし。なんだかやけ食いみたいにウインナー乗せカレーを食べる隼人に、私は言ってやる。
「隼人んちだって部屋の壁エロゲでいっぱいじゃん」
「うっ」
隼人は胸を抑えてうずくまった。オタク臭い仕草。
「しかもベッドには水着姿の美少女抱きまくら置いてあるしぃ」
「アレは限定版についてきたから仕方なく……」
「付属はカバーだけで、抱きまくらクッションはついてこないのに?」
「……」
同じ言い訳を前に隼人にされたもんで、その抱きまくら同梱ゲームの詳細を調べたのだ。当然デカすぎてクッションまでついてくるわけもなく……。わざわざあの子のために買ったわけだ。エロゲの限定版はたまにばっかみたいに大きな箱になる事もあるみたいだけれど、限度や平均値というものがある。
大体エロゲというのは俗称。ゲーム分類としては恋愛シミュレーション、恋愛アドベンチャー。その趣味をすっぱり辞める日まで、たっくさんの二次元の女の子と恋愛し続けるわけだ。とんだハーレム王鬼畜王攻略王というわけだ。隼人ほど詳しいわけじゃないけど。
対して私が推してる「緑くん」の出身媒体は普通のRPGであり、乙女ゲームとかそういうものではない。最近出たスマホアプリで多少狙ってるんだろうなーって表現はなくもないけれど、隼人のやってるエロゲに比べたら可愛いものだ。作品内で友達以上になることはないし。
「……そりゃあ黄色いネズミだの茶色いウサギみたいなのだのの動物系ならいいよ? でも俺と正反対の陽キャチャラ男みたいなの目の前で推されてるとさ、イヤミみてえじゃん」
私の反論と視線に多少態度を軟化させるものの、不満をブウブウ言い続ける隼人。ホント男子って自分を棚に上げがちでやだなー。私だって初めて隼人の家行った時、棚の中のエロゲとベッドの抱きまくらカバー、全部駿○屋に送り付けたいの我慢してあげたのに。それに緑くんはチャラくないしー。見た目はそれっぽいけど努力家で優しくて真面目なんだから。
「……現実のチャラい見た目の人、なんか怖くて嫌だもん。隼人はオフ会行った時、あっ、同類だって安心感あったけど」
隼人は一言で言えば「オタクメガネ」ってやつだし、オフ会にもチェックの上着とリュックサックという格好で来た。一度もワックスとか使った事なさそうな髪にバンダナがなかったのは不幸中の幸いだ。とにかく、趣味は違えど気が合いそうな気配はあった。実際、隼人の貸してくれるアニメとかエロゲは私の趣味にも合ったし。
「大体男の人と付き合うの初めてだし、生身の赤の他人の人で抱きしめた事あるの隼人だけだし……あっ」
なんとあざといことを言ってしまったのだろう。隼人の貸してくれるエロゲに影響されちゃったのだろうか。
「それ、俺みたいなモテない拗らせ男がゴリッゴリにグッとくる台詞ってわかってる?」
隼人はオタクくさーい笑顔で私ににじり寄って来た。グッと抱きしめられる。唐突な包容にも関わらず、やっぱり安心感があった。ドキドキがないわけじゃないけど、触れられて怖くない、の方が社交的とは言い難い私には重要だ。思えば初めて触れられた時も、そんな安心に包まれていた気がする……どう見ても隼人も慣れていなかったのが良かったのかな。
私達、オタクだし交友関係狭いし、恋愛なんか社会人になって今が初めてだし。多分距離感も何も変なんだろうね。お互いお酒の良さもわかんなくて、好きな人が出来ても趣味は譲らなくて身体の一部で。
手のひらに収まらない背中を、私はギュウッと抱きしめた。背中に「緑くん」達の視線を感じたけれど、今は気にしない事にした。
ぬいぐるみと彼氏 豆腐数 @karaagetori
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