俺はかわいいの下僕

蓮水千夜

俺はかわいいの下僕

「ただいま〜! くぅーりぃ」


 仕事終わりの金曜日。全ての疲れを払うように、俺は癒しの元へと抱きついた。


 くりくりしたかわいいお目目に、ふわふわのボディ。ぴょこんと飛び出た小さなお耳が特徴の熊のような生き物のぬいぐるみ。それがくぅーりぃだ。


 俺はくぅーりぃと出会い、かわいいは癒されると知った。それ以来、俺はコツコツかつこっそりとかわいいもの買い揃え、今一人暮らし中の俺の部屋はかわいいで溢れている。


 正直、マジでめちゃくちゃ癒される。


「俺は、かわいいの下僕だ……」

 くぅーりぃを抱きしめながらしみじみ呟いていると、突如玄関のベルが鳴った。


「えっ!? こんな時間に誰だ?」

 宅配とかは何も頼んでないはずだし、やばい。何か少し怖くなってきたな。


 恐る恐る玄関の覗き穴から覗いてみると、そこにはよく知る後輩の顔があった。


「立花!? どうしたんだこんなところまで?」

 すぐにドアを開けると、立花は一瞬安堵したような、だがすぐ少し驚いたような顔に変わる。


「あっ、いや、後藤さん、今日会社にこれ忘れてましたよね?」

 そう言って差し出されたのは、パスケースに入った俺の免許証だった。


「あれっ、俺免許証落としてた!? でも明日でもよかったのに」

 普段の通勤は徒歩だから基本使わないし、まぁでも大事なものだからすぐ持ってきてくれたのか?


「よく考えれば、それもそうなんですけど、後藤さんが会社出てすぐだったから間に合うかなって思って追ってたら、後藤さんあっという間に家まで着いちゃって……」

 そう言って、少し照れたような顔で頬をかく。


「気づいたら、家まで来ちゃいました」

 はにかみながら笑う顔が思ったよりかわいくて、俺は思わず見惚れてしまった。


 かわいいって。俺より身長の高い男相手に何を言っているんだ俺は。


 そんな思考を吹き飛ばそうと頭を振っていると、おずおずと言った感じで立花が問いかけてきた。

「後藤さん……、あの、そろそろ聞いてもいいですか?」


「えっ?」


「その、ぬいぐるみ……」

「あっ? えっ?」


 その瞬間、俺は自分の左腕に目を落とした。

 あまりのフィット感に気づかなかったが、俺はくぅーりぃを抱いたまま玄関のドアを開けていたのだ。


「っ〜〜〜〜!!」


 思わず声にならない悲鳴を上げ、俺は咄嗟に立花を家の中に引きずり込んだ。


「い、今、見たことは、忘れてくれ!!」

「え、無理です」


 えぇっ、無理なの!? しかも即答!?


 この、玄関でぬいぐるみ抱き事件の後、俺と立花の関係はまさかの方向に大きく変わってしまうのだが、このときの俺にはそんなこと、微塵もわかるはずがなかった――。

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