わ、私の娘がまだ・・・!!

与方藤士朗

わ、わしの娘がぁぁぁ・・・!

 謎の小説家・52歳。1969年生れ。

 幼少期より鉄道少年として名をはせ、何と小学5年生で地元にある国立大学の鉄道研究会に「スカウト」されたほどの人物である。

 彼は幼少期、歴史漫画や科学漫画程度しか読まず、アニメもあまり見ていない。

 順当とは言えないまでも、彼は現役でその大学に入学した。

 少女が活躍するアニメを見ている人を、思いっきり批判していた時期もある。


 しかし、そんなミイラ取りが、ミイラになる日がやって来た。それも、特大の。

 なんと彼、卒業する頃より、それまで観ていなかったアニメを見始める。


 いい年の大学出の男性が観始めたのは、なんと、セーラームーン!

 彼が大学を出る頃、突如彗星のごとく現れ、一世を風靡したあのアニメである。

 そのことで彼は、一躍、世上の有名人? になった。

 彼の母親が相当呆れていたことは、これまた、公然の秘密である。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 さて、そんな彼が今観ているアニメは、何と何と! プリキュア!

 毎週日曜朝のその時間、彼は、携帯電話(スマホ)の電源を落として、プリキュアというアニメ番組に集中しているのである。

 そればかりでは、ない。

 その裏番組の報道番組のスポーツコーナーに出演している元野球選手の要領で、プリキュアたちに、なんと、「喝&あっぱれ」までしている。その野球選手とは、彼の少年時代のスーパースターのチームメイトで同級生でもある。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 さあいよいよ、ぬいぐるみがやってきた。

 場所は、貨物列車を除く全列車が停車し、新幹線も通る駅の前。

 そこには、大手の家電量販店が入店している。

 その家電量販店には、3階におもちゃ売場がある。

 彼は時々、そこに行く。


 かつて彼は鉄道模型もしていたが、すべて売ってしまっている。

 ここには、彼が所持していたような鉄道模型類は、ない。

 でも、彼はそこにやってくる。

 なぜかは、もう、本人の名誉のために申すまい。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 彼はその日、おもちゃ売場にやって来た。

 見る場所はただ1か所。

 もちろん、「プリキュア」と書かれた場所。

 そこには、2体だけ、ぬいぐるみが残っていた。


キュアフレンズぬいぐるみ キュアパパイア


 幸か不幸か、半額の値がついている。要は、在庫処分。

 彼は、逡巡した。

 2体とも買って帰るべきか。それとも、1体だけ?

 このまま、あきらめて帰るか?


 彼は、いわゆる懐メロもカラオケで歌う。

 藤山一郎という歌手のとある歌の歌詞が、頭をよぎる。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 意を決した彼は、そのうちの1体を手に取り、レジに向った。

 そして、会計を済ませた。

 その日彼は、近くの行きつけの居酒屋で一杯飲んで、帰った。

 そして、自宅にそのぬいぐるみを飾った。

 いたまないようにとのことで、袋に入れたままで。

 ただし、絵付の商品タグだけは、外して別の場所に飾った。

 そこに描かれた絵も、彼の言うところの「娘」なのである。

 それを彼が、飾らずに捨てるなどということはあり得まい。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 部屋の中が、幾分明るくなった感じがする。

 その夜彼は、再び、逡巡した。 

 あの「娘」も、手元においてやらねば・・・。

 廃棄処分されるのも、かわいそうだ。


 彼の机の上には、目覚まし時計がある。

 これは、セーラームーンに出てくる「ちびうさ」の目覚まし。

 ピンク色のキャラクターのこの時計、声がこもらず、よく響く。

 30年近くたった今も、現役なのである。 


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 さて、翌日。

 やっぱり、気になってしょうがない。

 彼はその日の夕方、またも、あの店に行った。

 行く場所はもちろん、おもちゃ売場。

 目標はもちろん、自分の「娘」のぬいぐるみ!


 幸か不幸か、まだ、買われても下げられてもいなかった!


 彼は迷わず「娘」を手に取り、レジへ。

 そして迷わず、楽天ポイントカードを提示し、電子マネーで決済。

 昨日と、いや、いつも酒を買う時と同じように、会計を済ませた。


 その日も彼は、いつもの居酒屋に行って酒を飲んで自宅に戻った。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 昨日と同じように、同じぬいぐるみを、彼は別の場所に飾った。

 今度は、彼の父の遺影の隣である。


 明治時代の侠客の如き父の遺影の横に、プリキュア少女のぬいぐるみ。

 黒の着物の侠客の左横には、オレンジ色の少女。

 そして目の前の机には、パソコン。その横に、ピンク色の目覚まし時計。


 照明を変えることなく、わずか2000円ほどで、部屋はさらに明るくなった。

 そんな、気がする。気のせいでは、ないはずだ。

 

 机の周りには、何本かの作家氏の眼鏡が置かれている。

 サングラス用の他は、すべて丸眼鏡で、しかも、全部、セルロイド製。

 彼には、金属アレルギーがあるから、金属フレームはNGなのである。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 先にやって来た彼の「娘」の横には、白い猫のぬいぐるみもいる。

 これは、セーラームーンに出てくるアルテミスでは、ない。

 街中の交差点でたまたま落ちていて、拾ってきたものである。

 オレンジ色の「娘」の横には、白い猫のぬいぐるみもいる。


 金属アレルギーは特に関係ないが、「超合金」のおもちゃは、1体もない。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 今日も彼は、「娘(=隠し子)」のみのりんことキュアパパイアのぬいぐるみに見守られつつ、ちびうさ目覚ましで時間を確認しながら、創作活動=仕事に励んでいる。


へびのあし

 彼の母親は、そんな息子にプリキュアをやめろなどとは、言わない。

 すでに、セーラームーンという「前科」もあるから。

 もう、「手遅れ」だと思っていることは、想像に難く、ない。

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わ、私の娘がまだ・・・!! 与方藤士朗 @tohshiroy

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