スキル〈ぬいぐるみ操作〉ファンシーすぎて使いづらいんだが
嶋野夕陽
スキル〈ぬいぐるみ操作〉ファンシーすぎて使いづらいんだが
人には一つだけスキルが授けられる。
しかしそれは役立つものばかりではなく、場合によっては人から後ろ指刺されるようなスキルであることもある。
だから10歳の誕生日でスキルの神託を受けても、基本的にはむやみにそれを吹聴したりはしない。他人にスキルを尋ねるのもマナー違反だ。
小さなころから街を守る騎士に憧れ体を鍛えてきた俺は、なんでもいいから騎士として役に立つようなスキルを望んでいた。魔法の才能でも剣の才能でも、なんなら体が丈夫とか、足が速いなんてものでもよかった。
しかし俺に託されたそれは、とてもじゃないが人に誇れるようなものではなかった。
男らしく、かっこいい騎士。
それに憧れていた俺は、スキルの一切について口を閉ざし、それからもただ体を鍛え上げることだけに専念したのだった。
「あの人の筋肉すげぇ……。 もしかしてスキルが〈筋肉がつきやすい〉とかなのかな」
巡回中に住民の声が耳に飛び込んできて、俺は思わずそちらを睨みつける。きっとものすごい形相だったのだろう。住民が怯えた声を出して逃げ出してしまったのをみて、俺は首を振って自分の態度を反省する。
騎士たるもの、弱いものに優しくしなければいけない。
騎士の十訓を心の中で暗唱していると、突然女の子の悲鳴が聞こえ、人々がざわめきだした。
事件の予感に、俺は人をかき分けて悲鳴の下へ駆けつける。
「おいいいい、ちっ、近寄るんじゃねぇぞぉ! き、きたら、こ、こ、子供を殺す! く、くしゅ、くすり! 早く持って来いって言ってんだろぉおおお!」
明らかに正気とは思えない目をした男が、女の子を抱えて首にナイフを突きつけていた。最近街で流行っていると言われる薬に溺れたあわれな男に違いない。
興奮させないように両手を上げて近づくと、男がやたらとナイフを振り回し唾を飛ばす。
「くんなよぉ! 誰だぁ、騎士なんか呼んだやつはよぉ。もう殺す、殺すこの子供殺すぞぉおお」
街中で騒いでいれば騎士が来るのは当然だ。何を馬鹿なと思ったが、男の中ではそれが常識らしく、話が通じそうにはない。
「俺が人質になる! その女の子は離してやれ。ほら、武器も捨てた!」
剣を外して地面に投げ捨てても、男の興奮はおさまらない。
「そんなこと言ってよぉ、お前あれだろ! スキル〈鋼鉄の皮膚〉とかもってんじゃねぇぇかあ? 騙されないぞ、殺す、俺を騙すならぁ、ころすころす!!」
男がナイフを振り上げる。
スローモーションになる景色の中、俺は涙を流す女の子とその腕に抱かれたクマのぬいぐるみを見た。
騎士になりたかった俺よ。
自分のイメージと女の子の命どちらが大事なんだ!
自分を叱咤した直後、走り出しながら俺は叫び声をあげていた。
今まで使ったこともないスキル〈ぬいぐるみ操作〉をどう発動させたらいいのか、俺にはわからなかったのだ。
「うおおお〈ぬいぐるみ操作〉ぁあ!!」
女の子の腕の中にあったクマのぬいぐるみが急激に膨張したかと思うと、左手でナイフを受け止め、右手で男の頬をぶん殴る。
その動きは、俺がいつもやっている徒手格闘の動きに類似していた。
男が吹っ飛び、空中に投げ出された女の子。
ギリギリに間に合った俺はその子を受け止めて、すぐに男の方へ向き直る。
そこには、巨大なクマのぬいぐるみに馬乗りになられて顔をぼこぼこに殴られる男の姿があった。ぬいぐるみの柔らかい手で殴られているはずなのに、見る間に顔面がはれ上がり、既に意識はないように見える。
「や、やめ、やめ〈ぬいぐるみ操作〉やめ!」
俺が慌てて叫ぶと、ぬいぐるみは見る間に元の大きさまで戻り、そこには気絶して顔を腫らした男と、ちいさなクマのぬいぐるみだけが残った。
シーンと静まり返る広場。
終わりだ。
明日から俺は後ろ指刺されて生きることになる。
『あの人、あの体つきでスキル〈ぬいぐるみ操作〉ですって』
『きっとお家でお人形遊びばかりしてるのよ』
『〈ぬいぐるみ操作〉なんてスキルを持っている奴は首だ!』
頭の中で勝手に湧いてくる俺に対する悪口に、退職し田舎で暮らすことを考え始めた頃、突然広場が歓声に包まれた。
「すげぇええスキルだ!」
「いえ、すごいのはあの人の勇気よ!」
「俺、あの人みたいな騎士になる!」
「スキル〈ぬいぐるみ操作〉? めっちゃかっこいいと思います」
予想外の反応に、呆然と立ち尽くす。
腕の中にいた女の子が俺の頬をつついてきてようやく我に返った俺は、ゆっくりとその子を地面におろしてやる。
なんだこの歓声は。
俺は、俺の〈ぬいぐるみ操作〉は、もしかしてかっこ悪くないのか?
女の子に袖を引っ張られて、ふらふらとしゃがむと、その子が俺の耳元でこう言った。
「ぬいぐるみ騎士さん、スキル、似合わないね」
真っ白になる頭。
再び頭の中で響く罵倒。
「でも、かっこいいから、私のお婿さんにしてあげる」
それから先何があったかはよく覚えていない。
女の子が何を言ったのかも覚えていない。
逃げ出すようにふらふらと宿舎に帰った俺はベッドに倒れ込み、その日にあったことはすべて忘れることにした。
あの事件街に出ると『ぬいぐるみ騎士』だとか、『サインください』とか言われるようになった。無視している呼び止められる回数は少なくなったが、十年たった今でも、たまにひそひそと囁かれることがある。
あれ以来一度たりとも人前でスキルは使っていないというのに。
あと俺はちょっと女の子や女性に近づくのが怖くなった。
まじめに働いていると、騎士に向いていないスキルを持っていても、部隊の隊長くらいにはなれる。
今日は俺の部隊に新人の、それも女性が入ってくるそうだ。
大臣の娘らしく、大切にするよう重々言い含められている。曰く『傷ものにしたらぶち殺す』だそうだが、そんなに気になるのなら、スキル〈大楯使い〉を持つ2番隊隊長にでも任せればいいのにと思いつつ、まじめな俺は素直に『承知しました』と頷いておいた。
部隊員は珍しい女性にドキドキしているようだが、俺までそんな浮ついた気持ちではいけない。
腕を組んで待っていると、角から隊服を着た女性が現れる。
その手には見覚えのある小さなクマのぬいぐるみ。
なんとなく見覚えのある顔立ち。
まさかそんなと思いつつ、引きつる表情をできるだけ抑える努力をする。
彼女は私の目の前まで歩いてきて、呼吸を感じるくらいまで顔を近づけてこう言った。
「久しぶりね、私のぬいぐるみ騎士さん。約束通りお婿に貰いに来たわ」
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スキル〈ぬいぐるみ操作〉ファンシーすぎて使いづらいんだが 嶋野夕陽 @simanokogomizu
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