第28話 【彼女の葛藤】後半

「あの、瀬那セナさん。抜け出して、ふたりで話せる?」

「え、あっ。す、鈴穣スズシゲさん……」


 放課後。学校祭の準備に慌ただしくなる教室の隅で、瀬那悠月ユヅキに話しかける。愬等サクラくんは準備班の買い出しでここにはいない。好奇心の目をかい潜って、彼女とふたりで空き教室へと連れ立った。

 大人しく着いてきた瀬那さんは、ここ数日間のような愬等くんを挟んで言い争っていたときと雰囲気が違う。どちらかといえば、以前の奥ゆかしいイメージの彼女に近い。威圧的に感じてしまっただろうか。たしかにこの状況は、呼び出して脅すシチュエーションと思われて仕方ない。


「瀬那さん。いきなり声かけて、ごめんね」

「え、あ……うん」

「ケンカとかしたいわけじゃなくてね、ちょっとお話しできたらって……」

「わかってる! ハルっ、す、鈴穣さんは、そんなことしない!」


 パッと顔を上げて瀬那さんが答える。が、すぐに目を逸らされる。

 もしかして私、彼女を怖がらせてる? 違う、そんなつもりはないの。そんな悪役みたいな嫌な人間じゃないと知ってもらわないと。


「私ね、瀬那さんに対抗心を燃やして、ヒドイ態度をとっちゃった……」

「…………」


 本音を打ち明ける。すっかりと変貌した瀬那さんの威勢にあてられて、あれだけの気持ちをぶつけられたから、私も遠慮のない部分を出してしまった。

 それはたぶん、制御の効かない気持ちが暴走していたのだと思う。


「瀬那さんを責めるつもりも、嫌味を言うつもりもないの。ただ、愬等くんを想うひとりとして、瀬那さんとも向き合いたい……」


 彼女に嫌われたくないと思うのは、わがままなのかな。すでに私が付き合っているから、それが難しい立場なのも理解している。同じ人が好きで、ひとつのパイを取り合うような関係に、円満な終わり方なんてないのかもしれない。

 だけど私は。愬等くんの魅力に気付く人を、嫌いになれない。どんな結末でも憎めるはずがない。叶うのなら何時間でも語り合いたい。


「私は、瀬那さんの好きも大事にしたい」


 瀬那さんの気持ちは生半可じゃない。本物だ。

 私が彼女の立場だったら。家族という関係になり、世間体や、けして壊せない繋がりが生まれてしまって、それでも諦められないくらい好きだったら……。

 ちょっとした変化では、きっとなにも変えられない。見た目も思い切って変えるし、今まで見せたことのない一面を曝け出してでも、関係のリセットを図る。なにもかもを捨てる覚悟が必要になる。

 違う自分になるのは、とてつもなく勇気がいる。それだけ瀬那さんも必死だった。

 その気持ちは、痛いほどわかる……。


「……だけど、私の好きな気持ちは、絶対に負けたくないって思ってる。瀬那さんの言うとおりだよ。期間限定なんて日和った考えはもうやめる」


 だから、という期限のついたポジションを逆手にとって、それを脱ぎ捨てる覚悟を決める。

 彼の大事な人にも、誠実になりたい。正々堂々、瀬那さんと競争して、その上で彼に好きだと思ってもらえる自分になりたい。


「お互いに悔いの残らないよう、本気で好きを伝えようよ」


 しかし。その思いは届かない。


「無理」


 顔を伏せた瀬那さんは、一言で切り捨てた。


「無理、無理無理無理……っ!」


 地面を向いたまま、彼女はわなわなと身体を震わせる。


「瀬那さん……」


 そう、だよね。瀬那さんにとって私は、大好きな人をろうとする敵に映っているのだから。

 むしろ火に油を注ぐ、カノジョの立場を利用したマウントに思われたかもしれない。

 今さら仲良くなりたいだなんて、おこがましい考えだったんだ……。


「でもね、瀬那さんの」

「はぁぁあああっ! ほんっとうにムリ! 無理無理、尊すぎて死ねる!」

「…………えっ?」


 瀬那さんはガバッと頭を抱えて、現実逃避するみたいに首を振る。彼女の口から吐き出された言葉は、私の想定しないものだった。


「いやもう顔が大正義すぎて見てられない……っ。てか優勝! どんな実を食べたらそんな風になれるわけ?」

「……えっと」

「もしかして悪魔と契約してる? チートコード教えて? デザイナーベビーとして遺伝子操作されて生み出されたとか?」

「ふ、普通の家庭の生まれだよ?」


 私の理解が追いつく前に、彼女は早口でまくしたてる。


「正気に戻ってみたら……この前からうち、だいぶヤバイこと言ってたよね?」

「あの、今もヤバい感じだけど……」

「しかも推しにケンカ売るとか、マジでイキリすぎた」

「推し……?」

「そうだよ! ずっと前からうちの憧れっ! 好き好き大好き超愛してる!」


 瀬那さんはグッと距離を詰めると、私を真摯に見つめて一息に告白した。


「……しかも内面まで、本当に天使だし。私のカレシに手を出そうなんていい根性してるね、って脅された方が、よっぽど気が楽だった……」


 そこでようやく、彼女の葛藤に気付く。


「それが瀬那さんの、本音?」

「うちなんかがハ……鈴穣さんを相手に戦うなんて身の程知らずだけど……。でも行方だけは、絶対に譲れない……っ」


 瀬那さんは涙をたたえて、それでもまっすぐに私の目を見る。

 小さな身体を震わせて、彼女のギュッと握った拳が必死の想いを伝えてくる。


「瀬那さん——」


 彼女も、私と同じなんだ。やっぱり、同じ。

 単なる気まぐれでも、曖昧な嫉妬でも、所有欲でもない。ラブコメにしたいなんて、一ミリも思っていない。

 他のことが見えなくなるくらい。後先考えるのが、どうでもよくなるくらい、愬等くんが大好きなんだ。


「瀬那さん。私ね、実は負けん気が強いから、どんな相手でも勝ちにいく覚悟だよ」

「えっ?」

「いつも一緒にいられるなんて羨ましい。愬等くんのことを私よりもずっと深く知ってて、本当に悔しい。私よりも愬等くんを見ていた人なんていないと、自惚れてたの。だから瀬那さんは、ものすごく強いライバル……」


 瀬那さんの好きも大事にしたい。

 こんなにも必死で、強くて重い気持ちを抱えた相手に。そんなの、思い上がりもいいところだ。

 私の方こそ、慢心があった。

 だから、


「ライバルに遠慮なんてしない。愬等くんが嫌になるまでカノジョでいるし、たとえフラれても諦めない。気持ちが完全に振り向くまで、私の全力で好きにさせてみせる!」

「鈴穣さん……」


 瀬那さんの目に、小さな火がともる。本来の彼女は、こんなにも意志の強い瞳をしている。


「……うん。うちも負けない。いくら鈴穣さんが天使でも、遠慮しない。堕天使にしてやるよ!」

「ふふっ。私も、絶対に負けないから」


 振り出しに戻ったようで、まったく違う。

 お互いの気持ちを確かめ合って。

 私たちはひとつ進んだ関係になった。


「そういえば瀬那さん。さっきから、ハルカって呼ぼうとしてたよね?」

「いや、ハルカ様だけど」

「あ、うん。それはやめてね?」


 こういう彼女の空気感は、愬等くんとどこか似ている。


 ふたりきりの放課後。私と彼女は存分に語り合った。愬等くんの良いところも、ダメだと思う部分も。少しスケベな面や、ときどき垣間見える深い優しさも。

 瀬那さんの話を聞いて。理想の愬等くんじゃなくて、本当の愬等くんをもっと知りたいと、本気で思った。

 そして、ライバルとの間に約束事を結ぶ。

 瀬那さん——ユヅキとの契約。張り合っても、邪魔立てしてもいい。お互いに後悔しないよう、本気でぶつかり合うこと。


「いくら推しでも、ううん、めちゃくちゃ認めてるからこそ。ハルカに手加減はしないから。覚悟しとけー?」

「うん……望むところだよ!」


 私は負けず嫌いの自負がある。今までも、どんな局面でも努力を怠ってこなかった。

 これが私のやり方。同じ人を好きになったのだから、それでも正々堂々と戦うよ。




 だから、もうひとり。焚きつけないといけない相手がいる。


 帰り支度もせず、ボーッと席に着いているカノンに声をかける。


「カノン、今日の放課後は愬等くんと勉強しないの?」

「えー? ほら、明後日学校祭じゃん? そっち優先っつーか、勉強なにそれ美味しいのって感じ」


 嘘ばかり。必死に頑張っているの、知ってるんだから。

 カノンは急に意味もなく忙しない動作を見せる。当日班の私たちに課せられた事前準備なんて、せいぜい忘れ物チェックくらいしかないのに。


「最近、愬等くんと喋ってないね」

「そー? ユクエ準備班で忙しそうだし? あたしもキモチが忙しいっていうか」

「遠慮してるんだ?」

「えっ?」


 志々芽叶望シシメカノン。カノンはいつでもまっすぐ。忌憚ない気持ちをぶつけてくれる、一生大事にしたいと思える親友。

 隠し事ができるほど器用じゃないことを、私は知っている。


「私と愬等くんが付き合いはじめてから、なんだか他人行儀な気がするの」

「そ、そんなことないケド? てかハルカの彼ピは、あたしにとって一線越えた仲だし」

「一線引いた、でしょ。そんなの、今さら水臭いよ」


 カノンと愬等くんの関係なんて、見てたらわかるんだから。

 目の前のカノンは、そこで周りをキョロキョロと窺う。近くにだれもいないことを確認して、


「ホントは、ハルカに言いたいコトあった」

「なぁに?」

「……ユクエが好きならさ、なんで協力させてくれなかったの? ハルカこそお水くさいじゃん」

「夜のお仕事してそうに言うね」


 ダメ、いけない。いちいち言い間違えにツッコんでいたら、カノンのペースになってしまう。

 私の覚悟が揺らがないうちに、彼女の本音を引っ張り出さないといけない。


「だって、頼んだら卑怯でしょ?」

「……卑怯?」


 カノンは眉をひそめる。彼女に卑怯という言葉は似つかわしくないけど、その意味くらいはわかっているよね。


「カノンに、そんな辛いことをさせたくなかったの」

「え……トモダチに協力すんだよ? べつにあたし、ツラいとかないし」

「ウソ」


 私は一言で切り伏せる。本当にそう思っているなら、せめて目を逸らさないで言ってよ。


「いいんだよカノン。隠さなくて、いいのっ」

「……なんで? だってハルカのカレシ……」

「期間限定のね! たぶん、カノンよりも私の方が、前から好きになってた。だから先に行動させてもらった。私は遠慮しなかったよ」


 夏休みあたりからカノンが愬等くんを気にしていることは、なんとなく気付いていた。

 それは本人はまだ気付いていない、些細な心の変化だったと思う。だけどいつも一緒にいて、その視線を追っていたら。反応する表情を見ていたら、嫌でもわかってしまう。

 そして同じように、ずっと見つめていた彼の気持ちも。まだ揺れ動く前の、それこそ無自覚の機微に……。


「私は、正々堂々と勝負したいの」


 自分の感情を信じてひた向きに行動してきた。好きな気持ちを抑えることは、私にはできない。ユヅキとも誓った、本気でぶつかる覚悟。

 このままいけば、カノンはどこかで自覚のない我慢と後悔に苦しむことになる。そのときはきっと、私たちの大切な関係に亀裂が入ってしまうだろう。


「学校祭が終わったら、愬等くんにもう一度告白する。今度は期間を限定しないよ。ずっと一緒にいたいって伝えて、彼にもそう思ってもらう」


 私は本当にわがままだ。こんな状況でもまだ、祝福されたいと願っている。後顧の憂いを断ちたくてカノンを、ユヅキも。愬等くんまで巻き込んで片をつけようとしている。


「だからカノンも後悔しないでほしい」


 伝えるべきことは伝えた。あとは、彼女が決めるだけ。


「……や、あたし。ユクエのコト好きとかないから」


 カノンは、まっすぐに私の目を見て、答えた。


「あ、カン違いしないでね。ハルカのピだからじゃないよ? 単純に……顔? タイプとはちょっと外れてるっていうかぁ。もちろんブサイクとかは思ってないんだケド——」

「……うん。そうだよね。たしかに、愬等くんはカノンの好みじゃなかったね」

「そそ。でも、ハルカとはホントお似合い。ふたりとも性格超いいし、存在がペアルックじゃん?」

「あはは、なにそれっ」


 そう。カノンがそのつもりなら、私はもう知らない。

 あなたの揺れ動く瞳を、わかってて無視するから。


「じゃあ、応援してね?」


 学校祭まで、あと二日。愬等くんの時間はもう渡さない。



——————


たいへんお待たせいたしました。

次回の更新は、『5/3 水曜日 22時ごろ』を予定しています。

また、ずいぶんとお待たせすることになります。予定より早く公開できるよう頑張ります。


あとジャンルを、ラブコメ→現代ファンタジーに変えてみました。

どちらも本筋なのでまた戻すかもしれませんが、最初の部分を読む人が混乱しないのはファンタジーなのかも。

今まで通り、ファンタジーもラブもコメディも両立させていきます。


宣伝ですが、5分ほどで読める一話完結ショートショートを書いています。

『お約束にキビしい杜若さん』

https://kakuyomu.jp/works/16817330655275390884

とくに意味のないクロスオーバーですが、同じ高校の設定です。

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魔法ギャルの“契約”を破棄してやりたい でい @simpson841

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