第27話 【彼女の葛藤】前半

 その人しか見えない現象に、名前ってあるのかな。

 盲目の恋? 本当にその人だけが見えているわけじゃない。ただ、周りはぼんやりとして、一人だけに焦点が合う感じ。勝手にオートフォーカスされて、くっきりとして見える。表情ひとつの変化がやけにはっきりとわかる。どんなに遠くにいてもたくさんのヒトの中に紛れていても、直感に引っ張られるように見つけられる。

 好きな人は、だから特別なのかもしれない。


「私、愬等サクラくんと付き合ったんだ……」


 祝日の月曜日。私らしくもなく、朝からずっとベッドの上でダラダラしている。勉強する気も、トレーニングする気も起きない。寝ても覚めても頭を巡るのは昨日の出来事……。

 夕焼けに染まった展望ビルで、


『愬等くんのことが大好き。……私と、付き合ってください』


 ふたりで眺めた夕陽があまりに綺麗すぎて、完全にムードが出来上がっていて、勢いのまま告白してしまった。

 そして返事は……まさかの。

 その場で答えてもらえるとは思ってもみなくて、ガクガクする足を必死でえた。怖いときもそうだけど、嬉しすぎると膝が震えるみたい。あれだけ体幹を鍛えてきたのに、まるで意味がないくらい。家までの道のりも、夢の中にいるみたいで。足どりがふわふわと軽やかだった。

 これからは好きを秘めなくてもいい。カノジョの特権で今までより気楽にデートも誘える。一緒に登下校したり、手を繋いだりして、その次は……? 考えちゃってもいいの!?


「どうしよ……夢じゃない? どうしたら証明できるの。つねったとしても痛みを感じる夢って可能性もあるよね」


 つねりすぎたほっぺはもはや痛みを感じない。もうずっとこんな感じ。なにも手につかない。片想いしていた間は、彼のことを思い浮かべるだけで幸せだったし、どうすれば近付けるだろうと悩んでるだけであっという間に時間が過ぎた。だから今の状況は、エンディングに辿り着いてしまったせいで気が抜けてしまったのかも。

 そう。愬等くんと付き合うことになった。


「……余計なことも、言っちゃったなぁ」


 だけど私たちの関係は、期間限定だ。


『で、でも! お試し期間でいいから』


 咄嗟に口を突いた言葉だった。あまりにシチュエーションが整っていて……白昼夢のような出来事が重なって、整い過ぎてしまった。どんな想いを伝えても非現実の延長線にある気がして。

 気がかりのひとつを持ち出して、私は自らハードルを作ってしまった。


「ううん、違うよね。……エンディングじゃなくて、ここからがスタートだよね」


 そう、まだ終わったわけじゃない。今はまだ、カレシカレジョという仮の肩書きが付いただけ。感情の深層に行き着いてもいない。確かめ合う大事な作業がまだ残っている。

 の気持ちを確認するまで。そして、その上で彼に選んでもらわないと、ちゃんと祝福された気分にならない。

 愬等くんをもっと知りたい。きっと、まだ一部しか知らないんだ私は。もう見つめるだけじゃない。彼と深く関われる権利を得て、ようやく新しいスタートラインに立ったんだ。


 少女マンガのような恋愛をしよう。障害に負けず、正々堂々と戦って、悩んだり泣いたりしながら二人で乗り越えていく。固い絆で結ばれた、ずっと憧れた理想の恋人関係になる。

 私の初恋物語は、ここからはじまる——




 はずだったのに。

 こんな展開は予想もしなかった。


「……それで、今日別れるんだよな?」


 翌日の教室。私がみんなの前で愬等くんとの関係を告白したとき。

 目の前に立った女の子の正体に、すぐには気付けなかった。こんな可愛い子、クラスにいたっけ。いきなり牽制された混乱もあったけど、すると隣の愬等くんがその子の名前を呼んだ。親しさのわかる呼び捨てで。

 クラスメートの瀬那悠月セナユヅキさん。数えるくらいしか会話した覚えがないけれど、こんなに情熱的な行動をする人だっけ?

 しかも愬等くんの婚約者って。そんな展開を予期する方が難しい。


「期間限定なんて日和った女に、行方はやれないね」


 私に思惑があったのは事実。だからそこを指摘されると、まんまと裏目に出てしまう。愬等くんを試そうとしたバツが下ったのかも……。


 もやもやとした一日を過ごして、その夜に、愬等くんから電話で事情を聞いた。彼女と愬等くんは昔からの幼馴染で、今は一緒に暮らす家族、義理の姉弟きょうだい。まさかこんな行動を起こすなんて、愬等くんも想像しなかったみたい。


 それでも、あの態度はやりすぎだよね?

 私と愬等くんが付き合ったことだって、なんだか冗談のような空気になっていた気がする。瀬那さんがまるで真のヒロインみたいに登場してきて、私はただの噛ませ犬。そんなのおかしい。私だって、本気なのに……!

 彼と付き合う前に妄想したことがある。愬等くんの好きな人になれたとして、もっと好きな人が現れてしまったらどうしよう。

 そのときは、朝になるまで妄想が勝手に盛り上がって、いつの間にか相手を倒してたけど。

 もしかして、これは普通の恋愛ストーリーじゃないの……?




 次の日も、私の心は落ち着かない。


「瀬那さん。そこ、私の席だよ」

「ハァ? ここはうちの席なんだが?」

「いや、僕の席だよ。というか僕の膝」


 愬等くんの膝の上で、平然と座る瀬那さんに声をかける。

 あれ私、なんでムキになってるんだろう。ううん、当然だよね。だって、愬等くんは私のカレシだもん。


「愬等くんの膝はカノジョの指定席なの。事前予約制だよ?」

「ダブルブッキングじゃん? てか、もう別れたんじゃないの?」

「別れてない! 絶対に別れないっ!」

「あの、ふたりとも落ち着いて? クラスのみんなの目が……大罪人を睨みつける目になってるんだよね… …」


 愬等くんが口を挟む。困った表情もそれはそれで貴重だけど。


「ねえ愬等くん。愬等くんは、私のカレシだよね?」

「行方はうちのモノだよな?」

「……鈴穣スズシゲさんのカレシで、ユヅキの家族だよ」


 ちょっと待って! 愬等くん目を覚まして、ラブコメしてる場合じゃないよ!


 ……えっ、この状況って、そういうことなの?

 そんなおもしろい空気感で、恋のライバルとどっちつかずな主人公を取り合う関係なんて、イヤだ。

 私の気持ちをラブコメなんかにしない。本気の恋愛に、絶対に戻してみせる。



—————


長くなりましたので分割します。次話も同時更新です。

ここまで2500字、後半は5000字です。どうぞお付き合いください。

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