ふわふわの彼

揺井かごめ

旅をするなら好きな人と

 僕の妻は、人間だ。

 何を当たり前の事を、と言われるかも知れないが、今の僕には重大なことだ。

 なんてったって、僕が人間じゃないものだからさ。

 人間じゃないなら何かっていうと、ぬいぐるみなんだ。冗談みたいだけど。

 元々の僕は普通に人間だった。ついでに言うと、数年前に死んだ。寝不足で身体が変になって、心不全でぽっくりだ。いやはや、不摂生でお恥ずかしい。恥ずかしさで言えば今の僕の状態も結構恥ずかしい。生きていれば四〇手前のおっさんが、可愛いクマのぬいぐるみになっちまってるんだから。どうやら僕は、幽霊になってぬいぐるみに取り憑いている状態らしい。地縛霊、と言っていいのか? 憑依? 憑霊? 詳しくないので分からない。

 妻は、僕が死んでからずっと独り身だ。まだギリギリ三〇代だし、美人だし、何より気丈で思慮深い、僕にはもったいないくらいの妻だ。僕としては早く良い人の一人や二人作って貰って安心させて欲しいのだが、それどころか、趣味の一人旅に拍車が掛かっている。僕はその度に連れ出され、名所でこれでもかというくらい写真に撮られ、帰ってきてからも思い出話を聞かされる。ぬいぐるみに話しかけるタイプの人じゃあなかったと記憶しているが、やっぱり、独り身の寂しさがあるのかも知れない。

 折角旅をするなら、好きな人でも連れて行きなさいよ、君さ。

 一緒に居られるのは嬉しいし、楽しそうな妻を見られて僕も楽しいけれど、やっぱりちょっと心配だ。


 ――――なんて、そう言っているんだろうなと思いながら、私は窓辺のぬいぐるみを見遣った。声は聞こえないが、ぬいぐるみの背後に見える若いままの夫は、くるくると表情を変えるので、見ていて飽きない。

 付き合い始めた日に買ってくれたぬいぐるみに取り憑くなんて、夫にしては粋なサプライズを受けてから、もう数年経つ。


 私の夫は、ぬいぐるみだ。

 私がそっちに行くまで、暫くは。

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ふわふわの彼 揺井かごめ @ushirono_syomen

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