第2話

 密談から1か月が過ぎた。自分たちを取り巻く世界は相変わらずクソで塗り固められている。逆説的には何もしなければ同じ事が続くという現実の証明でしかない。


 突発的に反乱をやろうかと唆したマクスウェルだが、心に期す怨嗟を共犯者ラウルにも告げない事からもわかるように、決して短絡的ではない。どうせやるならば徹底的に仕留める為に段取りを取る事も苦痛ではない方だ。

 ……とはいっても、仲間集めなどのアレコレはすべてラウルに丸投げしているが。


 「西の山合いにオーガが出たって?」


 味気の無い、ただ古くなった穀物と申し訳程度の塩を固めただけの粗末な棒のような食事を無理矢理口に放り込んで、衛生的な配慮の欠片などない水で流し込みながらマクスウェルは目を輝かせた。

 このクソみたいな環境でも序列染みたモノは存在する。獲物が大抵の小物ならば本当の意味で救い様の無い捨て駒しか狩りだされない。国からの常軌を逸した連中に対しての細やかささやかにして唯一の配慮だった。


 そこそこ使える“駒”ならばなるべく長く利用する為に消耗は少なく――。


 それは偏に、戦う事を求める剣人ソードマンにとっては単なる暇な日々を作るだけの無駄な配慮だった。それがわかっているからか、問われた相手の女は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


 「オーガの可能性が高いってだけだね。先遣隊捨て駒が何人か戻ってこないって話だよ」

 「もう一波乱待つしかないか……」


 まだお声がかかる様な事態ではない。それがわかってあからさまにマクスウェルの肩が落ちた。欲を言えば知性の無い“蛮族”オーガではなく、知性と実力を兼ね備えた“魔族”オーガであってほしい。単なる狩り仕事か、心躍る死闘趣味かの違いはマクスウェルバトルジャンキーにとっては大きい。

 

 「……もし魔族オーガであっても君は出せないね」

 「なぜ?」

 「魔族である事はボクたちとしても望むところだが……君は手加減できずに殺ってしまうだろう?ましてや魔族だとしてもオーガ相手だと君は“噛み合い過ぎる”」

 「……少なくとも君よりはマシだという自覚があるよ、リア」

 「ボクより!?ボクはしがない研究畑上がりだよ!?」

 「だからさ」


 目の前で抗議の声を上げるボサボサ頭の女、“リア”ことフローリアもこのごみ溜めには似つかわしくない異常者の一人だ。彼女の事を一言で表すならば“マッド”という言葉に尽きる。カイ王国でも貴族層に生まれ、齢十代未満の頃から天才児として名を馳せ――そして紆余曲折を経て罪人の烙印と危険人物の烙印を同時に押されてこのごみ溜めへと堕ちてきた。ある意味でこの国で最も危険視され、有名な彼女だ。


  医術、薬学、錬金術、魔術、なんでもござれの天才だがいささか知的好奇心が強すぎる。このごみ溜めで彼女に逆らうと、もれなく人体実験の材料にされるという噂がまことしやかに囁かれているが、それは事実だとマクスウェルは知っている。彼女にとって魔族の域まで育ったオーガなど垂涎の実験体だろう。

 それはソードマンという珍しい種族故の実体験から知っている。


 だから、ラウルが真っ先に彼女を味方に引き込んだ時、マクスウェルは「付いた火があろう事か爆薬連れてきやがった」と内心冷や汗をかいていた。もっとも、彼女を味方から除外するという選択肢はマクスウェルにも無い……彼女を敵に回すにはある意味怖すぎるという理由だが。


 「酷いと思わないかい?ミミ」

 「お姉さまもマックスも自分の欲求に正直なタイプなので致し方ないかと」

 「おっふ……」

 「否定はしないよ」


 そしてリアが“ここ”へと堕ちてくる羽目になった直接的な原因となった少女は、そんな二人を纏めてぶった切った。リアよりもやや身ぎれいで整えられたショートヘアから堂々と2本の角が見えている。固有種族は不明だがこの国では忌み嫌われる魔族だという事は確定している。どういう訳か、彼女――ミミとリアは姉妹としての関係性を結んでいた。少なくともその関係性が仮初の物ではない事は、ミミの助命嘆願をし、監視という名目で共に堕ちてきたリアの行動からも――ミミの為にラウルの誘いにリアが乗った事からも知っている。


 「状況が進めば、私かラウル、あるいは“ルマ”が行くことでしょう」

 「まあ、妥当な人選かなぁ……」

 「いや、ミミが出るならば君もついていくだろう?リア。全然妥当じゃない」

 「大丈夫です。マックス」


 ミミは表情の乏しい顔を心なしか引き締めて、腰に差していた珍しい魔導銃をゴトリと音を立ててテーブルの上に置いた。


 「私がちゃんと仕留めます」

 「ダメじゃん」

 「暴走した姉を」

 「ボク!?」

 「ミミ。今度はちゃんと頭を狙って。そこが弱点だから」

 「誰だって弱点だよ!」

 「わかりました」

 「……ミミ。あとでちょーっとお話しましょうか」


 表情の起伏は乏しいが、きちんとユーモアを弁えている。義姉に対して結構辛辣な辺りは信頼の表れか、はたまた本音かはわからないが、それだけでもこの二人の距離の近さは嫌でもわかる。


 「まあ、ともかく、その辺りはいずれ出撃命令が下るでしょう……おそらく、ラウルとルマに。

 「……ああ、残念だ、ミミ」


 彼女があえてそう明言したという事は恐らくそういう事なのだろう。ミミはこのごみ溜め内でも屈指の斥候職でもある。明言するという事はかなりの精度を持った状態のはずだ。

 あるいは今ここにラウルともう一人の仲間ルマが姿を見せてないという事は……。


 「そういえばマックス。貴方が陰で請け負っている仕事について、少々小耳に挟んだのですが、」

 「ミミの小耳は大きいね」

 「一応斥候職ですから。それと話の腰を折ろうとしないでください」


 はいはい、と両手を挙げてマクスウェルは降参した。彼女との容赦と配慮の無い軽口のたたき合いは嫌いじゃないが、やりすぎると背後から撃たれかねないほど怒られる。

 

 「で?なんだって?」

 「マックスが追っている、。そろそろ街中から正規兵が増援されるようです」

 「へぇ……それはまた、」

 「今の所、捨て駒も捨て駒、どうでもいい犯罪者上がりや、素行の悪い者が被害者のようですが……

 「……成程。ありがとう。しかし、正規兵が来るとなると、少しだけやりにくくなるなぁ」

 「現場は大変だね。ボクの研究も試行錯誤トライアンドエラーの繰り返しだけど、こうも回り道をするものかと思うよ」


 マクスウェルとミミのやり取りを白々しいと隣でリアが鼻で笑う。


 「そりゃ、確実に仕留めなければこっちがやられるからね」

 「……誘ってくれたラウルに感謝したい気分さ。君を敵に回さなかった事はボクとミミにとって僥倖だ」

 「そっくりその言葉を返しておくよ」


 含みのある会話に満足したようにマクスウェルは微笑み、立ち上がった。


 「出撃命令でないとしたら、多分、からのお呼び出しの理由はそれかな?先にミミから聞いちゃったけど、そろそろ行ってみよう」

 「……育ちのいい剣人と思っていたけど、本性の片鱗だけで寒気がする程の禍禍しさ。本当に君が敵じゃなくて良かったよ」


 去っていくマクスウェルの背中に向けて小さくリアが呟き、ミミが微かに頷いた。



 「遅かったな」


 国家規模で見ればぞんざいな扱いを受けているが、この基地内だけで言えばマクスウェルの立場は決して悪い物ではない。剣人という徴集を受けるべき事実を隠していた罪と、国にとっての都合のいい戦力として仕立て上げられる為にゴミ溜めに来たが、ラウルたち他種族や他の犯罪者と比べると本来ならば本営寄りの立場だ。訪ねると、当然のように通された部屋には大きな執務用のデスクとそこに座る恰幅のいい男が一人で待っていた。


 「少し進捗の確認がありましてね。バティスタ隊長」

 「今更よせ、“隊長”などと白々しい」


 元々がかなりの悪人面を凶悪に顰めてバティスタは手を振った。野心的で貪婪にして悪辣――故に、この基地の隊長に飛ばされてきた評判の悪い男だ。横柄的な態度ではあるが、尊大ではない辺りは憎めないとマクスウェルは思っていた。そして能力的も悪くはない。


 「街中から――“ラース”から騎士が派遣されてくる」

 「今ちょうど聞いてきましたよ」

 「ミミか」

 「ええ」

 「あの小娘はどこから……まあいい。ならば話は早い。計画は次の段階へ進めるぞ」


 そして――彼もまた反乱の協力者でもある。呆れられながらもパサリと軽く放り出された書類には街の騎士団からの命令が書いてあった。


 「おかげで儂の評価はガタ落ちだ」

 「ここにいる時点で元からあったもんじゃないでしょうに」

 「まあな。貴様らには精々取り返させて貰おう」


 彼を取り込めた理由はこの貪欲なまでの野心だ。ここで反乱が起きれば隊長たるバティスタ自分の責任になってしまう――ならば毒を食らわば皿まで食ってしまおう。そう計算してしまう辺りが彼の恐ろしさだ。信用に足るかと言われると足りない。だが、彼のような保身的な人間は追い込まれない限り、利益を提示すれば当座の信用には足るのだ。


 「基地内の様子はどうだ?」

 「ピリピリしてますよ。少し監視を緩めれば暴動が起きるでしょう」

 「馬鹿は扱いやすくていいな」


 犯罪者や異種族が集まっている以上、この基地内で何かが起きない訳が無い。罪を犯している者たちはそれぞれ徒党を組み、暗黙の序列が存在する。

 そんな環境で数人が――それぞれの徒党の中でそれなりの地位にいる者たちが、あろう事か外ではなく基地内でされればどうなるか。結果は当然のごとく、彼らの中での抗争がし、治安が悪くなる。


 「同感ですが、騎士が来るのはもう少し後かと思ってました」

 「街のすぐ外に特大の弾薬庫があるようなものだ。こちらの異変に騎士が敏感になるのも当然だ」


 犯罪者上がりの連中がどうなろうとマクスウェルとバティスタは気にしない。むしろ、こちらの邪魔なので勝手に殺し合ってくれと思っている。ラウルという旗頭の味方になりうる異種族たちだけいればそれでいい。


 だから、きっかけを作った真犯人マクスウェルは彼らを斬る事に躊躇いなどない。精々、次の獲物を釣る為のいい生餌になってくればそれでいいと思っていた。


 「それに……貴様の手並みにも因るだろう、貴様がこんなにも破壊工作に長けていたともっと早く知っていれば……」

 「知っていたところで、貴方を頭に戴く事はありませんでしたよ」

 「……わかっておる。仰ぎ見られる者は真昼のように眩しいぐらいでちょうどいいのだ。上が儂や貴様のように薄暗いと夜のように下が委縮する」

 「随分と詩的な表現をなさる」


 薄暗い性格をした者同士、どす黒い笑みを交わす。彼を味方に付けられた事はかなり大きいとマクスウェルは思っている。彼の下には絶対つきたくないが、黒幕染みた男が一人いるだけで想定よりも遥かにやりやすくなった。


 「わかっていると思うが、まだ、騎士たちに手を出すなよ。悶着を起こす事すら控えろ。こちらの準備が整っていない」

 「勿論……で、そちらの進捗は?」

 「先ほどラウルとルマを派遣した。奴らが無事オーガを降してくれれば、計画はそのまま次へ移す。奴らが失敗した場合は……まあ、次手は既に考えてある。最悪、儂が解任される前にケリをつけてくれればそれでいい」

 「ラウルを出したのですか」

 「アイツが旗頭だ。アイツの下に人を集めるには本人が行くが筋だろう。精々振り回してやる」


 そう言ってバティスタは手元の地図をトントンと指で叩いた。現在、陰謀は順調に進んでいるとはいっても、彼我の戦力差は圧倒的だ。その中で、どうやって埋めていくべきか――バティスタの地図にはカイ王国内では微妙な立場の異種族の住む隠し里や、王国に歯向かう魔族の縄張り、蛮族の被害が多い地区が印づけられている。そういった者たちをどれだけ取り込めるかがこれからの鍵になる。


 戦場での戦力にはならないが、そういった情報を集めて戦略を立ち上げる事が出来る人材はバティスタぐらいしかここにはいなかった。


 「随分とありがた迷惑な振り回し方ですね。ラウルが泣いて喜びますよ」

 「ふん。これで奴がしくじったら、儂は何事も無かったように貴様らを斬り捨てるまでの事よ」

 「その頃にまだその首の皮が繋がってるといいですね」


 ラウルの外回り営業がどれだけ成果を結ぶか――そう考えたら、マクスウェルとバティスタの黒幕二人はやはり自分がトップにならなくて良かったと心から思いつつ、黒い皮肉を投げ合った。

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パラダイス イン ザ ダーク 魔剣ハ乱舞ス  北星 @Hokusei

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