パラダイス イン ザ ダーク 魔剣ハ乱舞ス 

北星

第1話

 「 俺たちの“楽園”はどこにあるんだろうな?」


 夜の帳に隣にいた男の声が溶けて消えた。珍しく弱気だとは思いつつも、そんなこと知るかとマクスウェルは心の中で呟く。


 ただ、一つだけ言えるのはここは俺たちの楽園などではないという事実だ。普人族を中心とする人族と魔族の縄張りの境界線に存在するからこそ、人族至上主義がまかり通るこのカイ王国。自分たち異端の者たちが生きるにはあまりにも窮屈だった。白目で見られ、虐げられ、自由などは無く、行きつく先は冷たい土の下か使い捨ての駒。

 それでも自分らはまだマシなのだろうな、とマクスウェルは思う。使い捨ての駒扱いでも死ななければ使い捨てにはならない。そしてたまに居るのだ。ごみ溜めみたいなこの世界で異常進化を遂げたかのような連中が。


 「“剣”にそれを問うか、ラウル」

 「マックス。お前にとっては戦場こそが楽園か?」

 「……そこにしか居場所が無いのならば、多分そうなんだろう」

 「他の連中と違って物静かだけど相変わらず……本当に相変わらず他の誰よりも静かに狂ってるな、お前は」

 

 剣を持って生まれ、剣と共に生きる剣人ソードマン。生まれた時から戦う事のみを背負って生まれた身のマクスウェルとしてはそうとしか言えなかった。強制徴収という手段はともかく……軍人であることに否や無い。

 “剣”としてしいていうならば、 斬る相手が気に食わないという程度だ。


 「じゃあ、お前にとって楽園とは何なんだ?」

 「普通に生きられる場所、か?」

 「なんで疑問形?」

 「……普通の定義がもうわかんねぇから」


 どうしようもないな、とマクスウェルは小さく笑った。隣にいる友人ラウルは元々は他所からの流れ者だったと知っている。カイ王国に来てどれほどの時間が経ったかはわからないが大分染められているようだ。

 特に魔族とのハーフの彼にとってこの国は地獄も同然だろう。彼のようなハーフは特にどこの国にも居場所が無い類の存在だが、更にこの人族至上主義の軍事国家に辿り着くとは何とも……。


 それでも彼はマクスウェルが認める“異常個体”の一人だ。なぜか同室の自分にはこうして弱い所を見せる事があるが、腕っぷしも度胸も――そして何より人を惹きつけるカリスマ性がある。だから、こうしてラウルが弱音を吐く時は決して慰めたりしない。

 ただし、焚き付けはする。この男が燃え上がった時が一番楽しい事態になる事を知っているからだ。


 「……もう無理じゃないか?」

 「言うな……マックス」

 「なら、私が言えるのは『突き抜けてしまえ』って事だけだよ。楽園が無いなら創れ。普通に生きられないのならば、異常に生きてしまえ。燻っているぐらいならば――高らかに夢物語を謳って戦って死ね」

 「おい」

 「私は剣だからな。戦えれば――……ん?」


 外では微かに馬蹄の音がした。おそらくこの街の司令部から何か命令でも下りた模のだろう。同じ軍属でもあっても街の中にいる正規軍と街の中に自由に入る事が許されず、外壁外のスラム街みたいな場所に宿舎がある自分たちに連絡が来るときは大抵馬蹄の音が響く。


 丁度いいタイミングだ、と嘯くマクスウェルに暗い笑みが浮かぶ。手を伸ばした事で暗い部屋にカチャリと愛剣が鳴った。


 「さて、どうする?」

 「どうするって……っ!?お前……斬りに行くつもりか!?今ここで」

 「冗談だと?」

 「冗談にしてもそれは流石に最ッ高にイカれてるぜ」


 ラウルが引き攣ったように笑った。なんで単なる愚痴からここまで話が飛んでいるんだろうかと頭を抱えたい気分だ。普段は物静かで他人にあまり興味を持たないタイプだったこの同室の友人の狂人振りを見誤っていた感がある。


 だけど、

 だが、


 斬り込み過ぎた彼の回答が最適解かもしれない、という思いが自分の中でも否定できなかった。少なくともこのままでは何も変わらない。摺り潰されて、使い捨てられる。


 「……やるなら初手として悪くない手だ」

 「だろう?悪くないだろう?どうせ君はどこに行っても同じ扱いだ。そして……私もそうだ」

 「だから国を滅ぼして新しく創れ、か……清々しいまでの暴論だな」

 「剣は問われ、剣は答えた。ただそれだけの話さ。別に私は行きつく先が楽園だろうが地獄だろうがどうでもいいのさ」

 「………………」


 あまりにも暴論。絶句するラウルを他所に、マクスウェルは暗い瞳を少し和らげて自らの半身でもある剣に目を落とし、強く握りしめた。

 

 「ただ……人である私の部分から『憤れいきどおれ』と声がする。救いを祈る声と無力を嘆く声が歌うならば、この剣を掲げて進めと、舐めた真似をしてくれた“敵”を斬れと」

 「……お前のそういう部分は初めて見た」

 「種族的な特徴なのか、普通の人より“そういう部分は薄い”と自覚はあるけどね。では、改めて君の質問にあえて明確に答えようか――“楽園などこの世に存在する訳が無い”。我慢しろ、と。そんなありきたりの回答で良かったかい?」

 「良くはねぇな、良くは」

 「ならば何を悩む?」

 「…………」


 火は付いた。暗闇に浮かぶラウルの緋色の瞳を見て、マクスウェルは確信した。


 「創ってみるか――楽園」

 「ならば私も戦うとするか。すべての屑同胞共の為に」


 ここならば監視の目も緩い。ここは他種族も、異端児も、犯罪者も一括りに“劣等種”の一言で見下される。反乱される事を考えてはいるだろうが、「反乱されても抑え込める」という奴らの自負が付け入る隙を与えてくれる。


 「ただ、言い出しっぺは君だから頭は君だぞ、ラウル」

 「……言い出しっぺはお前のような気がするけどなぁ?」

 「さっきも言ったけど、私は楽園云々なんてどうでもいいのさ」 

 「……戦えればそれでいいってか?」

 「いや?」


 確かに種族の本能的には闘争は求めているが、とマクスウェルは前置きして虚空を睨みつけた。

 “人よりそういう部分は薄い”――さっき言ったセリフは絶対に嘘だという自信がある。怨毒は人一倍持ち合わせている自信がある。


 何故自分がここにいるのか。

 何故自分がこんな目に遭っているのか。

 何故両親が、兄弟が――家族が囚われなければならないのか。

 

 全ては剣人として生まれてしまった自分の所為であり――そして、こんな国だからこそ、強制的にこうなる事を恐れ、マクスウェルが剣人だという事を国にひた隠しにしていた両親の所為でもある。


 救いを祈る声も、敵を呪う声も全て自分の声。


 だからこそ、一人の人間として、一振りの剣として断ち切るべき目標と定めている。それが、剣人マクスウェルが誰にも言いたくないもう一つの理由だ。


 剣人としては不純かもしれないが、純粋にこの国に滅んでほしい程の怨嗟という化け物を心の奥に飼っている。その為ならば友人の悩みに乗るフリして唆すなんて訳はない。

 いずれ一人でもやっただろうが、その“いずれ”は何時になっただろうか。切欠になったのはお互い様だった。


 「……そうだね。戦いに理由を求めるのは人としての私の部分だ。だが、戦いの果てに訪れる理想なんて求めてはいないんだ」

 「よくもまあこんなおっかねぇ魔剣があったもんだ……」

 「魔剣……魔剣ね。まあ、否定はしないよ」


 怨嗟は漏らさない。だけど、感情が無いわけじゃない。この身体には血が通っている。

 たとえ血まみれの道を歩く人生であり、剣生だろうと。その先に魔剣と恐れられようと。


 「さて……明日から忙しくなるかな?ラウルは」

 「おかげさまでな。数人口説けば終わりだろうけど」


 話を切り替えたマクスウェルは黙って頷く。雑な扱いの果てに心が折れてしまったモノも沢山いる。罪を犯してこちらに来た者は、必死で街中の連中に縋り付こうとする奴が主流だ。話をして味方になって邪魔なだけならばまだマシな方で、そんな奴らは下手に話を持っていけば街中の連中に売るだけだろう。

 狙うは頭と腕と性格の振り切れている異常な奴らのみでいい。なんなら魔族でもなんでもいい。人族と違って完全実力主義な分、魔族の方が話が早い。

 敵でも何でもいい。共に敵を討つならば。


 「楽園、か……」


 うまくいった時、後世では決して楽園という名前では言われないだろうという確信がある。神様たちも顔を顰めるか大爆笑するかのどちらかだろう。自分と同じようにこの国に怨嗟を抱えている程度かと思いきや、思った以上に遥か上の目標だった。


 もしかしたら上手くいくかもな、とマクスウェルは心の奥で思った。大言壮語と笑われる程のスケールの大きさに惹かれる者もいるだろう。それはそれで面倒な事が多くなりそうだが、どうせならばうまくいった方がいい。

 その時はラウルに頑張ってもらえばいいかとマクスウェルは頷く。


 ラウルは戦いの先にある理想を持っていた。マクスウェルはそんなものいらないと嘯く。

 マクスウェルは戦う理由があった。ラウルは戦いの切欠になる理由を求めた。


 似て非なるクズ同士、肩を並べて共犯として戦うにはそれで十分だった。

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