コミュニケ
高野ザンク
ぬいぐるみは黙っている
たまきにとってそのぬいぐるみは“ライナスの毛布”だった。
だから、それがなくなったとなったら、俺は可愛い姪っ子のためには探してやらなきゃいけない。
お世辞にも造作が良いとはいえないコアラのぬいぐるみは、幼い時に彼女の母親、つまり俺の姉さんが露店で買ってやったものだった。10歳になるたまきは、俺の家に来る時いつもそれを持っていた。買ってもらってからもう5、6年は経つのだから見た目は古臭いし、耳のあたりは縫い直されている。
一度姉が洗濯をしたら、たまきが烈火のごとく怒ったことで以来、洗濯にも出さずにいるから衛生的にもあまりよくない。
両手にぬいぐるみを抱きしめて玄関で佇む彼女を見るたび、たまきとぬいぐるみはセットのようにも思えていた。
なくしてしまった場所はどうやら近くの公園のようだった。たまきを連れてそこまで行くと、拍子抜けするぐらいあっさりとそのぬいぐるみは見つかった。小学生の少年がそれを抱えてベンチに座っていたからだった。たまきは少年を見つけると近くに駆け寄って、そのまま突っ立っていた。
「とったわけじゃないよ。この子が俺にぬいぐるみを渡してきたんだ」
俺を保護者と思ったのか、少年は弁明するように言った。
「俺の友達が『ダサい』とか言っちゃったからさー、ゴメン」
少年はバツの悪そうな顔をしてたまきにぬいぐるみを差し出すと、彼女はそれを両手で受け取った。なるほど、ぬいぐるみのことをからかった奴がいて、この少年はたまきの味方をしてくれたみたいだ。だから、彼女は俺に御礼を言ってほしかったのだろう。
「かばってくれて、ありがとな」
俺は少年に向かって軽く頭をさげた。
「別にいいよ。友達が悪いんだしさ、それに……」
少年はたまきを見ながら言った。
「この子はいいヤツだから。っていっても、しゃべんないからよくわかんないけど」
それを聞くと、たまきは少し顔を赤らめて、ぬいぐるみをギュッと抱きしめた。どうやら、少年はたまきのクラスメートらしい。じゃあ、いろいろと思う部分はあるのだろう。俺は、彼をひとりの“人間”として話すことにした。
「君たちからしたら、たまきは普通じゃないだろう。でも、君の言うとおりいいヤツだと思うし、だから」
仲良くしてやってくれ。というのは違うなと思う。
「まあ、そういう感じでよろしく」
“大人”であるはずの俺が、小学5年生の“こども”に向かって上手く言えないことがある。言葉を使えるはずなのにもどかしい。ただ、少年は俺の気持ちを汲んでくれたらしく、コクリとうなづいた。
ぬいぐるみを取り戻した俺たちは、そのまま家に帰ることにした。きっと、これから先も、言葉を持たない彼女にとってはもどかしい日々が続くだろう。だから、俺は可愛い姪っ子のためにやれることはやろうと思う反面、どこかでそれを手放さなければならないともわかっている。
帰り道を歩きながら、たまきは俺にコアラのぬいぐるみを差し出した。顔は下を向いているが、ぐんと伸びた腕には、彼女なりの決意があらわれていた。
口がきけない彼女自身、これまでどこかぬいぐるみ的な扱いをされてきたのだろう。ただいつまでもそうしてもいられない。だからぬいぐるみを手放して、自分が自分であることを選ぼうとしている。
わかったよ、たまき。じゃあ、これはおじさんが預かっておくからな。
そうして、そのお世辞にも造作が良いとはいえないコアラのぬいぐるみは、俺の部屋の片隅で、今も俺とともに彼女の世界を見守っている。
〈了〉
コミュニケ 高野ザンク @zanqtakano
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