NTR-寝取られ中学生玲司の受難-(七里田発泡)

 俺が由紀への好意をはっきりと自覚し始めたのは小学生2年生の頃だった。俺と由紀は幼稚園からのいわゆる幼馴染というヤツだ。それまで由紀を仲のいい友達としてしか見ていなかった俺が、異性として初めてアイツのことを認識するようになったのは、放課後の空き教室でクラスの男子から告白されている時の由紀の満更でもなさそうな表情を見かけた事に端を発していた。窓から差し込んでくる西日を背景にして、2人の黒いシルエットが浮かびあがる。幻想的で非現実めいた光景だった。

 

 その時、俺は陸地に打ち上げられてしまった1匹の哀れな魚になっていた。無機質なコンクリートの上で酸素を求め、跳ね上がることしか能の無い無力な自分をじっと見ている内にだんだんと息ができなくなるほど胸が苦しくなって、やるせない気持ちが心に重くのしかかってくる。直径10メートルも満たない狭い空間に告白する男と告白される女がいた。そしてその光景を廊下からただ眺めることしかできない俺がいるという奇妙な構図。何だか自分が酷く惨めに思えてきて、いたたまれなくなった俺は、男の告白に対して由紀がどう返事をするかも聞かず、足早にその場を立ち去った。


 結局、由紀は男からの告白を受け入れなかったらしい。


 俺はせっかく気づいた自分の気持ちに蓋をして、幼馴染という関係をダラダラと続けることにした。由紀は俺のことを1人の男として恐らく意識していないだろう。俺からの好意をきっとアイツは拒絶する。それまでずっと友達と思っていた相手から急に「好きだ」と伝えられた時、人はどういった反応を示すのか何通りか自分の想像の中でシミュレーションしてみたが、好意を受け入れてもらえるビジョンがまるで見えなかった。


 中学生になって俺は由紀を遠ざけるようになった。野球部に入部し、くたくたになるまで身体を動かすことで由紀の柔らかそうな肢体を意識の外へと追いやろうとしたのだ。しかしそんな俺の涙ぐましい努力に無下にするように由紀は俺に黙って野球部のマネージャーになった。


 俺が由紀のことを好きなように、由紀も俺のことが好きなのかもしれない。ここまでくるとそんな淡い期待を一瞬、抱いてしまいそうになる。しかし勘違いしてはいけない、と俺は自分に強くそう言い聞かせた。由紀は俺に好意を示しているわけではなく単に依存しているだけなのだ。今まで当たり前のようにいたはずの俺が急にいなくなったことに対して少しばかり混乱しているだけなのだと。


 やがて周囲の人間は俺と由紀が幼稚園の頃からの幼馴染だと知ると俺達の仲を冷やかすようになった。同じ部活に所属していながら俺はますますと距離を置くようになった。声を掛けられても無視を決め込み、俺は由紀をまるでいないもののようにして扱った。


「どうして私のことを、露骨に避けるのよ!」


「別に、避けてなんかねえよ」


「ウソ。さっきの休み時間だって、私が声を掛けようとした途端にどこかに行ったじゃない。それにこの前だって……」


「うるせぇな……」


「あんな奴ら勝手に言わせておけばいいじゃない」


「お前はそれでいいかもしれないかもしないけどな。こっちは迷惑してるんだよ。いいか。今後、みんながいる前で俺に話かけてくるんじゃねぇぞ。分かったな?」


 久しぶりに見た由紀の泣き顔に、胸がちくちくと痛む。俺だってこんな酷いことをお前に言いたくなかった。だけどこれは幼馴染という関係から脱却するために必要な儀式であった。俺は心を鬼にし由紀の存在を否定し、突き放した。


 自分が間違えていたのに気づいたのは中学生になって2年目のうららかな春のある日のことだった。由紀が男と付き合い始めるようになったのだ。しかもよりにもよってその相手が俺と同じ野球部の遠藤信一ときている。最低な気分だった。信一は補欠である俺と違ってチーム全体をけん引していくエースピッチャーであった。おでこのニキビが目立ち、容姿はお世辞にも優れているとは言えないが、彼の運動神経は他の誰よりも抜群に優れていた。


「おい。今、マネージャーどっか行ってるからさ。見せろって信一」


「えぇーそんなに見たいんすか? もぉー。ちょっとだけですよ」


 練習が終わり俺が部室に入ると椅子に座る遠藤の周りに先輩たちが大勢集まる。


「元カレが来たぞ」


「やべーぞ。早く隠せ」


 先輩たちがわざとらしく大声で騒ぎ立てる。俺は彼らをしばらく一瞥し、平静を装って横を素通りしようとした。俺は野球部で浮いている存在だった。マネージャーの由紀に冷たい態度をとっていたため部員らの反感を買ってしまったのである。酷いイジメに発展することはなかったが、感じ悪いよなとか調子に乗ってるだとか、将来DVするタイプだな、とか陰で散々こそこそと悪口を叩かれ、あんなに好きだったはずの野球さえすっかり興味を失い、楽しめなくなっていた。『退部』の2文字が意識の隅っこの方で常にチラつき、頭から離れない。


『ん……ぁンッ……ひゃんっ……ちょっと変なとこ舐めないでよぅ……』


  突然、男に媚びるような甘ったるい声がむさ苦しい部室に響き渡る。何事かと思い音の発生源を見定めようと周囲をきょろきょろと見渡していると、示し合わせたようにクククッと押し殺すような笑い声をあげる先輩たちの下卑た視線に気づいた。それは俺を憐れんでいるような、小馬鹿にしているような目つきだった。


「あー先輩。勝手に再生しないでくださいよー。このタイミングで由紀が帰ってきたらどうするんですか? 」


 遠藤の手に握られていたケータイのスピーカーから女の嬌声が聞こえる。聞き間違うはずがない。それは明らかに由紀の声だった。その声色は俺が今までに聞いたことがないほど艶めかしさを帯びていた。男の情欲を掻き立てるような声に顔が血の気がひいていくのが自分でも分かった。自分の今の顔を鏡で見たら、きっと酷く蒼ざめた表情をしていると思う。


「あははははははっ。玲司の顔めっちゃ面白いんだけど」


「寝取られた人間ってあんな顔すんのな」


「人の、寝取るなんて最低だぞ信一。玲司が可哀想だとは思わないのかよ」


「寝取るだなんて人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺が告った時、由紀は誰とも付き合ってないってはっきりそう言ってたんですから。だから別に寝取ったわけじゃないですって。現に由紀は俺の告白にOKしてくれたわけですし」


「告白もOKしてくれて、おまけにハメ撮りもOKしてくれたのか。俺らのマネージャーってほんと気前が良いよな」


「小一時間くらい粘ったんですからね。先輩が撮ってこいなんて無茶言うからめっちゃ大変だったんですよ!」


「でも、お前だって興味がなかったわけではないんだろ?」


「それは……まぁそうですけど」


 遠藤は頬をぽりぽりと掻きながら左斜め下に視線を泳がせ、ちらっと顔色を伺うような視線をこちらに送ってきた。その口元にわずかな薄ら笑いが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。


『痛っ!!いったーい……もう少し優しくしてよ……』


『ごめんごめん。気持ちよすぎて、つい腰がヒクついちゃってさー』


『まだ……全部入らないの?』


『もうちょい。あっ、顔隠さないでよ』


『だって、こんなの恥ずかしいよ。ほんとに誰にも……みせないでね?』


『うん。絶対に見せない。由紀の悲しむ顔なんて俺だって見たくないからさ。何があっても絶対に俺が由紀のこと守ってやるよ。あぁぁ、やべー。スゲー気持ちいいんだけどマジで』


 流れ出る音声だけで小さな画面上で何が繰り広げられているのかおおよその予想はついた。ベッドの上に横たわっている一糸まとわぬ姿になった由紀を上から組み伏せる遠藤の姿が幻影のように浮かびあがってくる。


 想像すらしたくないのに、遠藤の手元から聞こえてくる由紀の喘ぎ声は俺を現実から決して逃そうとしなかった。


 先輩たちは食い入るように小さな画面内で行われている行為を見つめている。誰かがごくりと唾を飲んだ。そのあまりに異様で、醜悪な光景に熱いものが胃の奥から喉元までせりあがってくる。身体が俺にこの場を去るべきだと暗号を送っていた。


 新鮮な外の空気を吸うねばと思い、回れ右をして急いでドアへと駆け寄る。


「おい。玲司! 分かってるよな? このこと誰にもバラすんじゃねぇぞ。もしバラしたら……お前どうなるか分かってるよな? 」


 背後から遠藤の声が聞こえてくる。俺は部室を飛び出し、そして2度と部室には戻らなかった。陽気な春の陽光がグラウンドを燦燦と照らしている。


 了

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