RUST/BLADES-泥落の旅館-

のつなよ.exe

第壱話…泥落の旅館

 遠く霞む....溶けるように.....。

二人は殺し合い、血だらけだったが...一命は取り留めた.....それは奇跡と言わざるを得ないような見事な復活劇だったが....喜ぶ者は数少ない。

何故か?

二人は醜い泥だったからだ。


 とある国....

一軒の喫茶店の一つの丸テーブル...ワイシャツに膝上までの丈のスカートの少女と、シルクの帯を頭に巻いたもう一人の少女が、そこに座っていた。勿論対面二人席。

パクシィとエブリテ。

それが彼女達の名だ。

 因みにワイシャツにスカートの方がパクシィ、シルクの帯を頭に巻いているほうがエブリテだ。パクシィは声を何も発さず、何かを待っていた、エブリテはする必要の無いはずの警戒を解けぬまま、やはり待っていた。その何とも言えない絶妙に歯痒い空気を最初に裂いたのは一人の店員。

『ランチセットお持ちしました~ごゆっくりどうぞ~』

「ありがとうございます...」

そう返したエブリテに店員は優しく会釈すると、別に接客に行った。

エブリテは決意を固めると....

「君...二人で....旅にでも行かないか....」

 汚れ切った過去をどさくさに捨てる為に...彼女は無口で何を考えているのかはこの国に来て丸一日経っても分からない。そもそもつい先日にどちらも互いが理由で瀕死となったのだ...何考えているのかわからないのは断然こちらの方だ。

「........」

 やはり沈黙だけが返ってくる....。アプローチの仕方が分からない....クールを装うのは、若干コミュ障が入っているのを隠す為でもある。流石に場違いだったかと、内心思っていたが...次に聞いたのは意外な言葉であった。然し乍ら期待していた言葉でもあった。

「うん....」

「えぇ!?今....」

「いく....どういく?殺せばいいの?」

 パクシィは殺すことしか知らない....奴隷として雇われた彼女が、何故こうなってしまったのかは、彼女が狂種バーサーカーであることを除き闇の中だ。


 狂種バーサーカーとは、ヒトでもなく、妖精とも少し違う、希少な知的生物...。高すぎる戦闘能力を持ち、暴れだしたら屈服するまで止まらない暴走列車。その狂暴さ故に、国によっては人権すら与えられないこともある悲しき生きた兵器。

「殺しはしないよ....」

「ぐたいてき」

「うーん....具体的に?働くんだ」

「はたらく...」

「お金を稼いで資金を得るんだ」

「おかね....殺すの?」

「殺しはしないよ....真逆だ、作るんだ」

「つくる?」

「例えばこのランチセットのブレッド...美味しいから、食べたらハッピーになる。あそこの清掃員...街を綺麗にして...快適になって街の人がハッピーになる...」

「はっぴー?」

ハッピーと分かりやすく伝えたつもりだったが...つもりなだっただけらしい。

「嬉しいって....こと....かな」

「うれしい...はっぴー」

「殺すだけじゃハッピーになる人は少ない...と思うから...なにか確実にみんなが幸せになれるようにね」

「しあわせ?」

あ、やらかしたぁ~


 そうして暫く....


「はたらいてみる」

「よし....」

「なにではたらく」

「求人でも....探そうかな...」

「きゅうじん?」

「うっ....あとで教える...」

 エブリテとパクシィはこの国の役所へと向かう。無国籍でも働ける仕事がそもそもあるのか分からないが....取り敢えず、動くのである。人間、動くまでが大変。だが、行動力だけは並み以上にあるエブリテと、やれといえばやるパクシィにはイージーだった。

 さて、役所である。求人コーナーが作られており、中年のおっさんからシャキっとした青年まで”まばらに”居る...。ので、さらっとカウンセリングは始まった。

「あ...えっと....無国籍で身分も分からないような人でもできる求人ありますか?」

『少しお待ちくださいませ。』

そういって受付嬢はどしっと資料を繰り出すと...。

『そうですね....かなり少ないです。』

「そうですか...」

『少ないだけで有るには有ります。』

「あ、はい」

『町奥の旅館等いかがでしょうか。ここは先ほどの条件に合っていますが。』

そんなホテリエでその旅館大丈夫なのか...?と気になる事はあるが...

「他には...?」

『他には皮剥ぎ職人、埋葬業などがありますが....。』

「あ、旅館でお願いします」

 伝票を受付嬢から受け取ると、そこに名前を書き入れた。後はこの伝票を旅館の主人に提出すればよい。丁度いいのでその旅館で夜を過ごそうかと考えたが...。現在使っている宿のチェックアウトが面倒臭いので(行動力は有るといったが...)、今回は諦めた。


 翌日...地図を頼りに例の旅館へと向かう...チェックアウトはしっかり終わらせておいた。...山の麓、入る直前に一つの建物があった。二階建てで横に軽く長い...。土壁で木造。ここが旅館で間違いないだろう...が、予想していたよりずっとオンボロだ。まぁ...採用条件から薄々気付いてはいたが....。

「ごめんください...」

........。

これ、人は居るのだろうか...何かしらのモンスターが喰う為に求人を出しているのではないか?ここまで来て裏が気になるが....やはり今更感がある...。ぼーっと着いてくるパクシィの手を引いて、もう少し奥へ....。

がたっ!!!

「ッ!!」

 腰に吊っている洒落た筒に手をかける。その様子を見てパクシィも腿に撒いたバンドに手を当てる。

『あ〜れ〜....』

がたっごととっ!

 散らかった通路から倒れる様に現れたのは、一人の老婆。エブリテは一瞬思考が止まったが、短い理解の後にその老婆に駆け寄って....

「だ....大丈夫...ですか?」

"大丈夫か?"と言いそうになったのを急いで敬語に直して言う。

『あぁ...ありがとねぇ....滅茶苦茶に散らかってるもんでねぇ....』

普通におばあちゃんって感じか?

事実、この老婆はただのおばあちゃんだった。

『珍しいねぇ...こんなところに来てくれるなんてねぇ...部屋はスカスカよ...好きな部屋で...』

「違い...ます...働きに来た...です」

『えぇっ!?』

 老婆...女将はたいそう驚いた。それはそれは驚いた。1ヶ月前になんとなく登録した求人で、まさか本当に人が来るとは...と。

『こんなところでいいのかい....?』

「あうところ、ここしかない」

パクシィが珍しく口を開く...

「そうなん...ですよ...無国籍なので...こう言うのも少し嫌なんですが...ある程度稼いだら辞めるんです...けど」

『いいの、いいの...来てくれただけで嬉しいんだよ...まるで天使様だねぇー...なんだか可愛い2人ですし...この旅館も少ししたら辞めようかとねぇ...思っていた頃なのよ...それで良いかと聞くのはこちらの方なのよぅ...』

「はっぴー?」

『そうね...! ハッピー...!!』

「ならはたらくワタシ」

「私も同じく...」


 おばあちゃんさんいわく..."おねがいしたいこと"が、あるという...ないようは...ワタシたちにそうじしてほしい...だった。そうじ...ごみをけせばいいの....?ワタシにもできるはずね...。

 そうして箪笥タンスを前にし、腿に巻いたバンドに付いた棒を手に持つと...バンドから引き抜く....そしてクッと力を入れると...紫の結晶がその棒から急速に伸び始め、瞬く間に二振りのダガーへと成長する。その二刀を大きく振り上げ、羽交い絞めにされた。

「ステイだ....ステイ」

「なぜ」

「壊してハッピーにならないものだってある...手で移動するんだ。集結地点はあそこ....。ダガーは女将さんの前で使わない...いいか?」

「わかった」

 そう...てでもつのね?....なにかをえるためにはかいするのでなく....いちどとりだしたそれを、またつかうのね?なら、きずはいけないわ....。

 パクシィは箪笥に手をかけると....狂種由来の怪力と狂種とは思えない繊細さで、其の小さい手の平による圧力問題を無視した不可思議なパワーバランスを発揮...。軽々と傷つける事無く持ち上げ、指定された場所まで動かした。何も知らない女将が見たら腰を抜かしてしまうだろう光景ではあるが、幸い女将はそんな事にはならず、それどころか『がんばってねぇ...!』と小物の断捨離をしながら応援していた。

「負けてらんない....!」

 エブリテは意気込むが、箪笥等の大型な物資は片っ端からパクシィが運んでしまうので、渋々小物の整理をする事にする。いるモノいらないモノを其々それぞれ女将によるふるいにかけ、パクシィに負けず劣らず働き回った。


『次は箒で掃き掃除ねぇ』

女将は三本、箒を持ってきた...。エブリテは一本貰うとパクシィは二本手に取った。

『あらあら...私のが無くなってしまいましたねぇ...うふふふ』

「あぁっ...すみません....!」

『いいのいいの...! まだまだ箒は有るわよ』

「これ使っててくれさい! 予備の場所は...?」

『くれさいって....ふふ...そこの物置ですよぅ...!』

「承知ッ!」

たったったったったった.....。

 軽い身のこなし、最低限の接地で物置に到着。一個余分に箒を持って来ると...女将に渡した...。

『ふふふふ....ありがとねぇ』

「いや...すまない...です」

 ペコォと頭を下げると...作業に取り掛かった。黙々、着実に埃を取り払って行く...。と、その時の事だった...!

『ひゃぁッ!!』

 女将が倒れたのだった。その理由は...飛び上がりの瞬間速度は優に時速300キロは越える6cm程の黒い弾丸...。その影は力強く...靱やかに跳ね上がる....!

 むし、おばあちゃんさんのひめい。おばあちゃんさんきけん。おばあちゃんさんワタシのあるじ...だがー...しようふか。ぶき、ほうき。はいじょかいし、むし殺す。

しゅがっ!

 ぼーっとしている印象を吹き飛ばす恐ろしいインテンシティで接近。其の黒い弾丸を二本の箒で叩き挟むと、豪腕に任せるまま床に投げつける....。例の虫は胴と頭が散り散りになりかけたが何とか形は保った...が、ショックには耐え切れずそのまま死に絶えた。パクシィは急に動いた反動で再び虚脱タイムに入る。

「女将さんッ!手当を...」

『いやぁ...そこまでじゃあないんだけどねぇ....ふふふ』

 女将はエブリテの肩を借りつつ、ゆっくり立ち上がるや否やこう言った。

『そろそろ休憩にしましょうかねぇ...!』

「いいの...ですか?仕事中....ですが....」

『いいのいいの! ....休むも仕事の内なのよぅ...うふふふ』

「....では.....ほら、君もだ....」

「....うん........」


 休憩の時間となった...

 今見れば随分広くなったロビー...ロビーでいいのだろうか?まぁそんな事はいい。そこの客用のソファに座らせられると、目の前のテーブルにお菓子が出された。

『是非頂いてねぇ』

「あ....はい」

ぱりぱり...

「もう食べてるのか....」

 ぼーっと食べている相棒の頭をなんとなー軽く小突いてから、自身も欠餅かきもち(※おかきの事)に手を伸ばして口へ運ぶ...。醤油の香ばしい香りが吹き抜ける...。美味しい。そうして女将さんは対岸の椅子へと座ると...。

『いきなりなんだがねぇ?...この宿を辞める時はこの宿を華やかにしたいの....』

「はい....」

『手伝ってくれるかしら...?』

「勿論」「うん」


 承ったものの...「華やかにする」どうすれば華やかなのだろうか....。花飾れば良いのだろうか...

エブリテが軽く考えていると...。

「はなやか....!」

奥の部屋からパクシィが現れる...。

「ッ!?」

パクシィがなにかをやらかした訳では無い。そう着替えただけ....。だが....

「何処からその服を....」

「もらった」

「貰ったって?」

「おばあちゃんさんに」

 少し前までのワイシャツにミニスカスパッツの彼女は消え、煌びやかな着物を身につけたていた...。

 所謂和服だが...。この世界に日本なんて国は無い故、"和の服"...和服という表現は使えないので説明に困る....が、どうも調べてみると着物 from 和服らしい...。考えるだけ無駄だったようだ...。話を戻す。

 パクシィの黄金の髪がその着物と妙にマッチして...なんだろうか....可愛らしい。これで狂種バーサーカーだと言うのだから...世の中は不思議である。少し唖然としていたエブリテだったが...

『エブリテさん?こちらへどうぞぅ...』

「.......」

 あの女将が今どうして呼んだかに気付く...。ザ・可愛らしい服という物を来たことが無かったから...少し恥ずかしい気もするが....意を決し襖を開けて奥に飛び込んだ。

 ちょっとして...青を基調とし、ところどころに金を振り撒いた着物を身に付け...ほんの心ばかり頬を赤く染めて現れた...。

「はなやか....!」

「むぅ......」

 女将が再び目に写った時、彼女はこう言った。

『あなた達は仲居さんなのですから、お客様がいらしたら暖かい笑顔で挨拶をしましょうねぇ』

「それなのだが...ですが」

『はぁい?』

「大変失礼ながら...きゃく...お客様は来るのでしょうか...」

『なんだぁ...そんなことです?大丈夫ですよ?さっきパクシィさんに手伝って貰いましたからねぇ』

「???」

『じゃあこれ読んでおいてちょうだい....』


 がらがらがら....

『ごめんください....復活したと聞いて...』

『いらっしゃいませ...ほら、あなた達も』

「いらっしゃいませ....」」

『笑顔で !』

笑顔.....

えがお.....

「んぐ....」「.....!」

 エブリテは頬の筋肉をぴくぴくさせ、パクシィは...もう凄い表情で....二人そろって口角を全力で上げる。

「いらしゃいませ....」」

『.....えーと.......旅の者だが...今日は空いてるかな?』

『空いてますよぅ....ほら、どちらか案内を頼みますよ?』

「じゃあ...私が....!」

なんだか何もしていないような気がして済まないエブリテが直ぐに声を上げた。

『あ、こうしましょう! エブリテちゃん....エブちゃんでいいかしら?がお客様の案内を....パクちゃんはお客様がもっと増えたら増援を...それまで挨拶をお願いしますねぇ....。あ、二人共やっぱり笑顔しなくても大丈夫ですよ』

「....了解!」「はい....」

ここからは少しの間、分かれての作業となった。


「ここをこう....曲がってこの部屋が.......えっと....」

『大丈夫....?』

「こ....こちら小礼ショウライの間でございます....なにか....えと.....」

『お、おちついて......』

「すぅー....はぁー....なにかあればお呼びくださいませ....」

だしゅっ!(その場から立ち去る音)

『は、速い!?まるで稲妻だ....あ、そういえば....食事について聞いてなかったなぁ....いっちゃったし...』

しゅったっ!(着地音)

「はい...どの様なご用件で....」

『うあっ!?』


「いらっしゃいませ....」

『あら...かわいらしい仲居さんだこと....』

『今日入った新入りさんなんですのよぅ....パクちゃんって呼んであげてくださいねぇ...ちょおっとだけ表情が弱い子だから....笑顔は見れませんケドねぇ...』

『へぇ....ねぇパクちゃん!スマイルしてみてよ!絶対可愛いって』

「おかみさん、しなくていい、いってた。」

『ちょっだけ....ね?お願い!』

「それではっぴー?」

『ハッピーよ!』

「わかった...」

ぐぉ(表情を表す音)


 二人の少女が全力で、それぞれに課された任務をこなしていった....。食事場での夕飯作りや、布団の敷き出しなどである.....。この日の成果としては...12ある部屋のうち11部屋が無事に埋まり、1日目にして満室で、素晴らしい結果である....。ちなみに残りの一部屋は...エブリテとパクシィが住む部屋で、働いている間はここに住んで良いと女将が貸し出したのだ。夜ご飯は別で女将が用意してくれた焼き魚(切り身)....。骨が無く、エブリテはラッキーだと思った....。きっと明日もいい日になる.......。

 現在、時刻は午後9時.....居候部屋にて....。

 エブリテは戸惑っていた....。前回、2日だけ泊まった宿では、二人それぞれ別の部屋を借りていた...、しかし今回は一室である。エブリテは一つの部屋の中に二人いる状況で寝た事が無い.....。何故なら彼女は盗賊....依頼されれば殺し屋.....。寝るという最大級に無防備な状態を他人と過ごす事はできなかった....。辞めたい、と思っても....心に刻まれた習慣としてそう動いてしまっていた。....が、今回ばかりはしょうがない....この放心少女に身を預けよう...と....。布団を敷いて、こっちが私...あっちが君....と場所を決め......。そして.....そして.......二人で温泉へと向かった


 ざふぅうん.....。

 露天風呂.....こういう風呂に入るのは初めてだ....。あっても、基本シャワーで済ませていた....理由は部屋と同じ....。

「........はぁ~」

そんな声を思わず漏らしてしまう.....。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 真似してパクシィもそう言う...。湯船に浸かったら”はぁぁぁ”っていうものなのだと彼女は思ったからだ....。それを見てエブリテは少し微笑んだ....無論自分では気づかずに...。貸し切り状態のせいで、広い浴槽にたった二人が肩身を寄せ合って入っていた.....。というのも少し違うかもしれない....。そう、鉄道の二人席に独り座っている時、相席となって、少し端に寄って隣に座ったような距離感だ。あの何とも言えない...荷物取られたくないなぁ....みたいな距離感....。自分がパクシィの肩に頭でも乗せれば、この距離を埋められるのだろうか....自分が進めていないのが原因なのだと....。エブリテは勝手にブルーになってしまった。

 ばしゃっ!

 急にパクシィが顔面を熱い水面に叩き付ける....。

「おいっ!ちょっと!!」

パクシィはのぼせていた。


 直ぐに浴衣に着替えさせ、背負って部屋まで戻り...布団に寝かせた。団扇うちわで仰ぎ、熱が落ち着くまで待つ。冷や汗をかいていたパクシィの肌は、途中でスゥっと汗が晴れた....。そしてスー....ス―....と寝息を立て始めるのだった。エブリテもまた、汗をかいてしまい、シャワーでも浴びようかと思ったが....。そんな現実的な思いより、”ホッとした”という感情的な思いが勝っていた....。ご馳走をたらふく食べた子猫のような....彼女の安らかな寝顔をもう少し、あとひと時.....眺めていたくなったが.....明日は早い事を思い出すと、あかりを消して、自分の布団へと入った。

「アナタは.......あた...かい........」

「?」

「すー.........すー............」

「..........」

振り返る事無くゆっくり目を閉じた.....。


 がちゃ......

『朝ですよぅ....あらら』

 時刻は5時丁度。女将が起こしにきた。小声で朝を伝える常套句を言った直後にうふふ....と微笑んだのは......。エブリテの背中にパクシィがくっついていたからだ...。そして、

「....朝か......って、うワァ!?」

女将の声を下げる意思のジェスチャーを見てボリュームダウン....一旦冷静になる...。

「あさ....」

続いてパクシィも覚醒し、ゆっくり伸びをすると起き上がり....

「はたらく.....きょうもはっぴー」

と、一言。

 冷静に....というか思考が止まって頭が冷えていただけだったが....直ぐに温めてエブリテも起床。女将に昨日同様、気付けてもらい、客人の為の朝ご飯作りを始める...。魚を捌くのだが、パクシィにやらせればミンチ確定なのは目に見えているので、エブリテが行う。尚、刃物を持つとスイッチが入ってしまうため、炊飯などの刃物無しの作業をしている。

『こんな感じでねぇ、切り身にするんです』

「....了解....!」

すすすすすすす......

『骨は抜き取ったかな?』

「そんなむご.....いいえ」

うっかり違うのを想像してしまったが、気を取り直して...

『魚というものは大体この辺り....よぉ......に骨があるのよぅ....あるとないとじゃストレスが違うからねぇ....』

 老婆老婆と少し見縊みくびっていたが....まさか骨の位置をここまで完璧に覚えているとは....。確かに昨日食べさせて貰った焼き魚は骨が無かった....かすすらも残さずに.....!!包丁一本でこの技術スキル....一体何と闘っていたのだろうか、この老婆は......。きっと優秀な暗殺者アサシンだったに違いない....。何故女将になったのだろう......。

「こんな特技があるのに、何故女将を....?」

『.....?そんな、私が元暗殺者みたいな言い方してどうしたんだい?』

「いや....」

『あらら...しょうがないねぇ.....ふふふふふ』

 触れてはいけない所に触れてしまったのか....?老婆の不適な笑みに反射的に腰に手を添えるが....今は青龍刀を持ってきていない....。やられてしまう......。

「あらら....驚いちゃったかねぇ?冗談よ冗談!.....それとねぇ、女将として料理を振る舞うときに頑張って身に着けたのよ」

うふふ....と温かい笑みをする.....。どうやら勘違いのようだ。

 ところで青龍刀と述べたが、薙刀に似た武器の青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう:ではなく、柳葉刀りゅうようとうの方である。

 さて、客人全員分の食事を作り上げ、長机に並べると、今度はその料理までお客様をエスコート...。美味しい美味しいと口を揃えて言うのを白米のお代わり釜の隣で聞き、密かにガッツポーズ。最初は魚を見て嫌がっていた子供が、かじりついてみては止まらなくなっていたのを見て、更に拳を握って軽く引く。朝ご飯も大成功だった。片付けの後に、残った白米と漬物を鱈腹たらふく食べ、次の仕事に移る。

『意外と大食いなのねぇ....!』


『なぁ!あの宿、どうだった?』『めっちゃ良かったよ!仲居さん綺麗だし....』『どっちが好みよ』『僕は....青い着物の娘かな....頑張ってる感じがいいなぁ』『ほぉ....俺は白い着物の娘だな!無口少女いいわぁ....』『気持ち悪い会話だなぁ.....へへっ』

 言葉の流れるスピードは侮れない....。口からぽろりと零れたその評価は直ぐに国中を駆け巡る。その結果、日に日に訪れるヒトは増えていき....倍率は高級寝台列車のように跳ね上がる....。エブリテ、パクシィはその日々の中で、今までの泥が落ちていく....と確信していた。旅に出るより....ここで働き詰めた方がよっぽど幸せハッピーなんじゃないかと...........。そして5日ほど経った時の事.....。一つの噂が、同じように国を駆け巡る.....。

 その内容とは....


『あの仲居、人殺しなんだってよ』


 たった一言....。


 旅館には国を出てけと書かれた手紙が多数届くようになり、石が投げられ窓は割られた....。客足は遠のき、外観と内観は以前より悪化した....。

「女将さん...私は出ていきます」

『そんな....認めた事みたいになってしまいますよ?』

「───それは........」

「わたしたちはひとごろしなのよ」

「おい....!?」

「これはすべてほんとうのこと」

「........」

「うそは、はっぴーじゃない」

「今までも結局....噓をついていたのに?」

「だから」

そう言うとパクシィが力の抜けた左手を握る。

「..................そういうことです.....。私たちは去ります....!!」

 エブリテは強く握り返すと.....。深くこうべを垂れ、予め纏めていた荷物を背負い、二人でその旅館を後にした......。『待って.....!』と背から老婆の声がしたが.....聞こえないフリ、知らんぷりした。


「もう、ここには帰らない.....」

「わかった」

以降二人がその旅館に足を入れる事は無かった。


 宿も取れぬまま、カラスが夜を告げる...行き着く果ても無いまま、国中を彷徨い歩く。最終的にまた同じ場所へと....。だが....戻るなんてのは思いつかなかった。少しの間立ち尽くしていた時だ....。

がやがや.....

音を聞き、とっさに身を隠す。

『今日も来て”やって”参りましたっ』『ひゅーひゅー』

そのヒトの群れの一人が、小声でそんな事を言った。

『ばっちり記録写影石に残しておけよ~!』『もう回ってるぜぇ』『おい!後で自警団に見せる奴だぜ?もう映してどうすんだぁ?』『おっとごめん』『いいだろ?やっちまおうっぜ!』『おう!そだなぁ.....今回はっ....この魔法書物!...それも第二類の火炎魔法さ!』『ひゅーひゅー』『それで?』『それで~.....このちょー陰湿な藁人形にくるんで!おりょかんを燃やしちゃいますよォ~!』『ひゅぅっ!おっかねぇぃ!』『早く~』『せかすなって!ま、もう待ちきれないんだっけっど!かうんとっ!』『3!』『2!』『1!』『ゼロッ!!』』』

ひゅっ!かっ!

首と胴が泣き別れになった藁人形が足元に落ちる....。

「ダメよ」

『なんだよおまえ!』『おい!こいつこの旅館の奴じゃね?』『ホントじゃーん』『人殺しには見えねぇけどな....気の毒に....ま、こいつの目の前で焼くのも悪くなぁい!』


「あぁっ....! 勝手にあんな所に......」

 パクシィのイカれたパワーなら、あの男3人を葬るのは造作もない事....。実際....そのままパクシィにぐちゃぐちゃにされてしまえと...心から思った....。しかし、こんな所でもしそんな事になれば....自警団は女将を拘束し、私たちを牢にぶち込むまで捕え続けるのだろう。

 そんな心配を陰から見ているだけでしている自分が悔しくなってくる....。行動力も、その先を考えるが故に役に立たない.....その時、男はこう口を開いた。

『ねぇ、パクシィちゃん...だっけ?今からここ燃やすんだけど...さ........。ちょっと取引きしてあげるよ.....』

「とりひき?」

『そそ....パクシィちゃんが大人しく俺たちのお人形さんになってくれればさ....燃やさないでおこうかなぁっと』

「!」


 やめてくれ.....どうせ、碌でもない取引だとは思っていた...例えパクシィがその”お人形さん”とやらになる事を選んでも奴は燃やすつもりだ....。パクシィは融通が利かない...故に承諾してしまうだろう。そして今まで主人と過ごして生きていた本当に人形のような少女.....。”お人形さん”になってしまえば....こちらの声も届かなくなってしまうかもしれない......。

 然し物事は悪い方向へと進み続ける....。


 案の定、パクシィは頷く.....。やめてくれ.....

『じゃあこの藁人形持って....』

 ゆっくりと首無し人形を拾いあげる.....。やめてくれ、やめてくれ.......

『それを持って宿に入る....そして燃やしちゃって!』

 一歩進み、その少女は足を止めた。

『どうしたんだよ?』

「まえのあるじにかえらないといわれた」

『何の話だよ?』

「めいれいにはそむかない...」

『今の主は俺だぞ?』

「まえのあるじにしょうだくされていない....」

『はぁ?』

思いもよらぬ方向へと事が動いた。

「ワタシは....」

例によって融通が利かないその性格が.....澎湃ほうはいたる難にブレーキを施したのだ。

『ちぃ....めんどくせぇ.....』

 男は藁人形を奪うと直ぐに投げようとした....。この瞬間、何かしらの行動ができていないのが自分だけだとエブリテは痛いほど実感する。いつもぼーっとしているパクシィですら行動を起こした....。

 置いてけ堀は御免だ!!

「おい、何をしている!」

『あぁ!?』『二人目だ!』『役者勢ぞろいって感じだなぁ!』

「何とでもなるとか思って、流れるだけのカスは....私は放って置けない!!」

『なんだよ!人殺しが!ヒーローのつもりか?』

「.....ひーろー」

「そう....ヒーローだ!!」

『なんだよこのやべぇ奴.....頭狂ってんじゃねぇの?』

「狂ってるかもしれない....でも」

 腰に手を添え.....装飾された筒を抜く....紫色の結晶を吹き出し、顕現けんげんするは青龍刀。

「私はあんたほどぬるくは無い!!!」

どんっ!

 嵐のように爆発的に動き.....過ぎたるは静かに.......。男は叫びも上げずに倒れた。それを見るや、残り二人は腰を抜かす.....。一寸のズレなく同タイミングでのその腰抜かしは、一周回って芸術的であった。

「ミネウチって奴さ......」

『ば......ばば....バケモノッ!』『こ、この穢れがぁ.....!?』

「違うよ....ヒーローだ....私はヒーロー........自分と仲間を愛する、かよわ救世主メシアさ」

『....ひえぇえっ!!』』

 男二人は力を振り絞り立ち上がると、気絶した一人を置いて闇の中へ逃げ出した。見えなくなったその背中にあっかんべーをすると....。

「何言ってんだ...自分。...............行こうか」

「え


 一人の老婆が物音に気付き....提灯を片手に戸を開けると....一人の男がぐったりしていた....。

「あらまぁ.....どうしたもんかねぇ....」

 老婆は辺りを見回すが、特に何も無い....。だが、何の確信も無いが....きっと小さな守り神が旅館を守ってくれたのだと....そう信じる事にした。その後、老婆は男を宿の一室で手当てした。男は復活すると、そそくさと気まずそうにその場を去っていった。


 日が経ち、二人の少女が城門を出るための手続きをしていた.....。

『はい....ではここにサインを.....。』

カリカリ.....

「君も.....」

カリカリ.....

『確かに受け取りました.....。あぁ、そういえばこんなものが.....この名前の、こんな二人が....丁度あなた達の名前、あなた達の見た目の二人が来たら........と。』

職員がぱんっ!と手を叩くと.....何やら男が、荷物を持って現れた。

『エブリテ、パクシィさんでよろしいですね?』

「はい」「うん」

『私はこういうものです...』名刺を差し出す。

GUILDギルド.....。そんな大組織が何故私達に?」

『ちょっとした依頼人探しです』


 EXT                                                        

                             【泥落の旅館:完】

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